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セピアな思い出昼モッる話

1 : ◆kuriu7uP3. :04/02/09 18:38
セピアな思い出。感傷的な気持ちにさせてくれる話をうp汁!!みんなでしみじみ泣こうじゃないか!!

2 :大人になった名無しさん:04/02/09 18:41
2?

3 :大人になった名無しさん:04/02/09 18:48
やはりオレたちが小3のころの事件だ。
当時『ドンパッチ』というお菓子が流行した。
名前は覚えて無くてもみんな一度は食べたことがあるだろう。
それは一応キャンディーということになっていたが、実際はパサパサ、ポロポロとした粉だった。
口に入れるとツバで溶けてパチパチはじける炭酸粉。
そのパチパチぶりは激しく、たくさん食べると痛みすら覚える。
はじめはその刺激を楽しんでいたオレたちだったが、そのうち物足りなくなった。
刺激を失った遊びは男の牙を失わせる。もっと刺激を。
マサがドンパッチを鼻に入れてみよう。と言い出した。
自分の鼻の穴にドンパッチをどんどんつめこむ。
右の鼻がいっぱいになったらしく、左の鼻にも入れた。
そうとう刺激に飢えていたらしい。
とたんにマサの様子がおかしくなった。痛い痛いともがいている。
オレたちは笑った。アホだこいつ。
マサの苦しみようがだんだん激しくなってくる。
水で洗ってくるというマサをオレたちは止めた。水に溶けて、もっとパチパチするからだ。
しかたなく指でドンパッチをほじるマサ。が、鼻から抜いた指は血で赤く染まっていた。

4 :大人になった名無しさん:04/02/09 18:49
ドンパッチの破壊力はすさまじかった。鼻をぶち破ってんじゃないかと思うほどだ。
鼻血で溶けてさらにパチパチするドンパッチ。
マサの痛がりようはもはや尋常ではない。どうしていいかわからないオレたちは、とりあえずマサを保健室につれていった。
『また、あんたたちか今日はどうし・・・』
両方の鼻の穴からパチパチと線香花火のように 血を吹き出すマサを見て保健の先生が凍りついた。
『なにしたの!あんたたち!』いつもは優しい先生が怒っている。シュンとなるオレたち。
『・・鼻にドンパッチをつめました・・』オレたちはまぬけな答えを真面目にかえした。マサは鼻うがいをしてる。
『だれがこんなひどいことしたの!』
『・・マサ君です・・』
誰に怒っていいか困る先生。マサがアホすぎたのだ。オレたちは悪くない。どうやら怒られないですみそうだ。
甘かった。オレたちは学校にオヤツを持ってきた悪い子として、放課後、反省文を書かされていた。
世の中の不条理を子供心に感じ、むかついた。
オレはマサの反省文をのぞいてみた。
『ボクがドンパッチを鼻につめたせいで、みんなに迷惑をかけました。保健の先生にも迷惑をかけました。
なんでも鼻につめるのは悪いことだとおもいました・・・』
オレにはマサがなにを反省しているのかわからなかった。
余談だが数年前ドンパッチは復活していたのだ。
だが、パチパチ度はひかえめになっていて物足りなかった。
そのうち見なくなった。残念。


5 :大人になった名無しさん:04/02/09 18:50
小4の時の1月15日連休最初の日だっけかな?
いつものメンバー5人で俺の住んでたマンションで遊んでいた。
あん時はミニ四駆を廊下で走らせてて騒いでは管理人さんによく怒られたもんだ。
俺は改造が下手でいつも遅かった。そん中の香具師が肉抜きしてやるから貸してや
といわれて俺はどうしても1番になりたかったから貸して改造をお願いした。
休み終わったら学校に持っていくわと言われてかなり楽しみにしてた。
その休み明けそれが1月17日震災の日だった。
俺は電球の傘にぶつかって額を切ったがなんとか無事だった。
避難した公園にいつもの奴らが集まってくる4人揃ったが後1人こない。
心配になって4人とうちの親父とでそいつの家の前に行ってみた。
光景は悲惨なものだった。1階部分が見る影もなく2階しかなかった。
そいつの姉貴が2階で寝てたらしくて無事に出てきたがワンワン泣いていた。
「お母さん、お父さん、〇〇、何してんのよ早くねてらんと早く出てきてや。」
俺たちもその前で立ち尽くすばかりで何もできずそれぞれ親戚の家や知り合いの
家に避難することになってしまった。
そして2月に入っての新聞。死亡者名の欄にあいつと、あいつの両親の名前が載っていた。
俺はそれを聞いて地元にいったん戻った。2月20日の合同慰霊祭。あいつと対面したのはその日だった。
スプレー塗装が剥げてるボロボロのミニ四とメモをやつ姉貴が渡してくれた。
メモには「ちょっとオマケでスプレーもしといたで。これでお前もいっちょまえになれるな
次走るとき楽しみにしてるで」



「いつ走るねんや。アホが」涙で言葉はそれしかでなかった。

あれから9年、色あせてもう動くことはないだろうミニ四
今も部屋の机の上に置いている。


6 :大人になった名無しさん:04/02/09 18:57
娘が6歳で死んだ。
ある日突然、風呂に入れている最中意識を失った。
直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので
病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。

別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、
もはや俺にはその無神経に腹を立てる気力もなく
機械的に葬式をすませた。
初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた
地獄の黙示録完全版を観ることにした。
ワルキューレの騎行の曲を聴いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。
6歳にもなって活舌の悪い娘が、この曲を一生懸命覚えて歌っていたっけ。

ヒューイの模型だってクリスマスに買ってやるつもりだった。
女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、
服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。
学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし
成人式には、ちゃんと着物を着せてやるつもりだった。
女房と離婚してから俺は100%子供のために生きることにして、
必死にやってきたのに、この世に神様なんて絶対いないんだと知った。

7 : ◆kuriu7uP3. :04/02/09 21:19
>>3-4
アフォだな…こうゆうの好きだが泣ける話じゃないよね…
漏れが小さい頃、お小遣いをやっと貯めてミニ四駆のモーターを買いに行ったときの話。
あまりに嬉しくて走って買いに行ってた。もう柵とかポールとかをぴょんぴょん飛び越えて。
その時だった…ところかまわず走り続ける漏れの目の前に鎖の柵が!!
見事に足をすくわれた漏れはそのまま地面に顔をぶつけた。地面にできる血溜り…しかし漏れはそのままモーターを買いに行ったよ…w
店のおっちゃんは血だらけの口のまわりとそれを拭い続けて黒くなった右袖を見てかなり心配してた。漏れは「大丈夫です」といって店をでた。何が大丈夫だ…
そのあと親にこっぴどく叱られて病院に行った。何針か縫う始末…
……以上痛いアフォ話でした

8 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:21
>>5
>>6
ないた

9 : ◆kuriu7uP3. :04/02/09 21:22
>>5
泣けた…
。・゚・(ノД`)・゚・。
阪神大震災か…漏れは大阪だったから比較的被害は少なかったがやっぱ神戸とかはひどかったのか…


10 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:25
>初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた
>地獄の黙示録完全版を観ることにした。
(((;゚Д゚))ガクガクブルブル

11 : ◆kuriu7uP3. :04/02/09 21:26
>>6
泣けたよ…
娘は自分にはいないけどこれから始まるものがなくってしまうのはやりきれないね…

12 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:26
   ||
       ||     サキダツ フコウ ヲ
    |  ○\('A`)    オユルシ クダサイ            \
    |     ( )                     ギシギシ
   / ̄ ̄ ̄ ||  ̄                    アンアン/
          円


       ||          |     ボク オオキク ナッタラ ママト ケッコン スルンダ
       ||   ・・・・    | マァ コノコッタラ    ジャァ パパ ハ トナリノ オバチャント ケッコンスルカ   
    |  ○\('A`) ゚ o  ○     J( 'ー`)し    ('∀` )    
    |     ( )      |     ( )\('∀`)/( )       
   / ̄ ̄ ̄ ||  ̄    |      ||   ( )   ||         
          円      |


心から喜んでくれた小学一年

トモダチ 100ニン デキルカナ
    (⌒⌒)_      コノコッタラ    ガンバッテコイヨ
    ( '∀`)        J( 'ー` )し  ('∀` )
   □( )          ( )     ( )
     ||            ||       ||


お母さんからもらったバレンタインチョコ

オイシイ            ムシバニ キヲツケテネ
( '〜`)      J( 'ー` )し
(■)        ( ) 
  ||          || 


13 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:27
お金持ちじゃ無かったけど、毎年プレゼントをくれたクリスマス                        
    ☆                       ▲
   /\                     /■\ ワーイ オデンガー ダ!!
   / \ ドクチャン プレゼントヨ          ||
  /  \  J( 'ー`)し   ( '∀`)      ( '∀`)
   ̄|| ̄   ( )     ( )        ( )
   | ̄ ̄|     ||       ||        /\
    ̄ ̄

家族三人で行った初詣
      (/)
      (/)  
      ノ,,,,,,ヽ
        ナニ オネガイ シタノ?
__   J( 'ー`)し    ('∀` )  
\  \   ( )\('∀`)/( )  
  \_\  ||   ( )   ||   
\  |  |  パパ ママ ト ズット イレマスヨウニ ッテ
  \|  |
    ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       ||    o
       ||    ゚
    |  ○\('A`) ・・・・・・。    
    |     ( )                    
   / ̄ ̄ ̄ ||  ̄                   
          円


    |   
    |   ('A`】>      /・・・アッ、オフクロ             
   / ̄ ̄ヘヘ )~~~田    \ ハルヤスミ ダシ ジッカニ カエルワ


14 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:28
俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。
それで中学生の頃、恥ずかしいくらいにぐれた。
親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。
俺、親父のエロビデオとかかな?なんて思って見てみた。
そしたら・・・
病室のベットの上にお母さんがうつってた。
『〇〇ちゃん二十歳のお誕生日おめでと。なにも買ってあげれなくてゴメンね。
お母さんがいなくても、〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。
今頃、大学生になってるのかな?もしかして結婚してたりしてね・・・』
10分くらいのビデオテープだった。
俺、泣いた、本気で泣いた。
次ぎの瞬間、親父の髭剃りでパンチパーマ全部剃った。
みんなにバカにされるくらい勉強した。
俺が一浪だけどマーチに合格した時、
親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。
そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。
また、よく見てみたら。
ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。
お母さんは、笑いながら『情けないわねぇ』なんて言ってるんだ。
俺また泣いちゃったよ。
父親も辛かったんだろうな、
親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、
就職決まった時、
親父が『これでお母さんに怒られなくて済むよ』なんていってた。

俺このビデオテープがあったからまっとうに生きられてる。


15 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:33
僕のパソコンには、ずっと大切にしまってあるAAがある
いつか出せる日がくるまで誰にも見せない
それは僕の弟が作ったAA

病院で携帯電話の使えない弟は、PHSでメールをするのが唯一の楽しみ
ある日、僕は味ぽんを知った
病院内での、ささやかな誕生日
弟は銀色の端末を握りしめて満面の笑顔を浮かべていた

「兄ちゃん、これスゴイねん!色々見れるし掲示板も書けんねん」

弟は難しい操作も覚えて
いつか退院したらコロニナでポイントを増やすんだ、と言っていた
しかし、僕は知っていた
弟は、もう遠くのアンテナに電波を飛ばすことは無いと
「ねえ兄ちゃん、味ぽん動かへん」
午後の病室。元気のない弟と動かなくなった味ぽん
僕は、せっせとファームアップをした

「兄ちゃん…ゴムが…ゴムが…」
たまに僕がPCに繋いでいたのが災いしたのだろう
伸びきったゴムが充電を妨げて弟を悲しませた
「味ぽんも病院に入れなあかんな」
慰めようとすると、弟は言った
「病人が使こうてるから、味ぽんも体悪ぅなるんかな?」

残念ながら代替機は味ぽんではなかった
病院に許可をとって、僕は弟にパソコンを貸した
しかしパソコンは上体を起こさなければ操作が出来ない
「味ぽん早よぅ治るといいねぇ」
辛そうにキーボードを叩きながら弟が言った

16 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:34
修理の終わった味ぽんを持って駆け込んだ病室
弟は僕を笑顔で迎えた
「兄ちゃん!これ見てみぃ」
小さなノートパソコンに映っているのは見知らぬ端末
「新しい味ぽん出るんやて」
どこかのニュースサイトに大きく載っている
それは京セラのエアエッジホンだった

「良かったなぁ、出たらこれ買うてやるで」
「ええよ、味ぽんがあるもん」
修理の終わった味ぽんを受け取り弟は言った
「それに…兄ちゃん。もう無理するなて」
弟は小さな体で病気と闘いながら
それでも僕や周りに気をつかっていた、必死になって
「カッコええやんか、カメラも付いてる。これ買うたるで」
液晶画面を見るフリをして僕は涙を隠した

修理の終わった味ぽんを握りしめた弟
パソコンの「最近つかったファイル」をひらくと
ワードに可愛らしいAAが書かれていた
モナーが電話機を握りしめて、はしゃいでいるAA
「わーい京ぽんだー!」
弟の代わりにモナーがぴょんぴょん跳ねている

買うたるからな!絶対買うたるからな
だから、それまでは…

『今まで凄いくらい匂っていたキンモクセイが
              今日、ぜんぶ散ったみたいだ』

いつもの様に、日常の風景をメールで弟に送った土曜日
授業が終わっても返信はなかった
「おかん、どうしたんや?」
もうすぐ駅に着くという頃、焦った声で母が電話をかけてきた

弟の容態が急変した


17 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:34
ガラス張りの治療室
弟の口に透明のマスクがされていた
口が何かを呟いている
「お兄さんですか?」
ナースの問いかけにうなずくと、彼女は弟の手を見た
「電話機、放さなくて。それで『京ぽん』って何ですか?」
弟の手には味ぽんが握られていた
もう既にバッテリーが切れている
「弟が?」
「ええ『兄ちゃん、京ぽん…京ぽん』って。何の事です」

病院を飛び出した
あてもなく…ではない
日本橋へ向かった。電器街なら、電器街なら…

「んなもんないなぁ。正式に売る言うてないんやろ?」
「会社が知らん言うもん、こっちが知るかいなぁ」
「いつ発売?知らんわ。今欲しいんやろ、他のじゃアカンのかい」
「わがまま言われても困るわぁ、あるモンしか売れへんし」

どこの店でも同じだった
冷静に見れば、単に気の違ったPHSオタクにしか見えなかっただろう
何とでも思え
何とでも言え!

「なに言うてんの?モックもあらへんが」

大きな電器屋で、そう言われた
「モック…モックか!」
ジャンク屋に走った。少しでも似ているモックを探すんだ
道路脇に置かれた段ボールの中をあさった
ガラガラと安っぽいプラスチックの音が響く

弟の病室
夕方に治療室から移されていたらしい
「大丈夫なの?」
母に聞くと、泣き声を押し殺しながら首を振った
静かな部屋に、弟の心拍を伝える機械音だけが流れる
「兄ちゃん?」
僕の声を聞いて、弟が意識を取り戻した
「京ぽん、発売日やったで。1番で買うたで」
日本橋で見つけたモックを、そっと握らせた
「ホンマや、薄いなぁ…あ、カメラも付いてる」
手探りでモックを触る弟の手からは、もう血の気が失せていた
「目、見えへんの?」
弟の様子が少しおかしかった
「薬で朦朧としているみたいなんや」
母の、こんな悲しそうな声を初めて聞いた
「ホラ、画面きれいやで。オペラっての載せてるから
 普通のホームページも見れるんや
 なあ、ほら
 見てみ、これに、たくさんたくさんメール送るさかい
 掲示板で、ぎょうさん友達できるさかい…」

18 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:34
僕の握らせたモックは似ても似つかないものだった
もう弟の目は僕も、病室の天井も、暗い窓も見ていない様だった
それでも小さい唇には、うっすらと微笑みが浮かんでいる

モックを握る弟の手、その力が急に緩んだ
「兄ちゃん…ありがとな  …ほんまに」

機械の警報音は母の泣き声で消されていた
僕は、僕は…

なぁ
僕はこれから誰にメールを送ればいいんだ?
お前が送ってきたメール消せないんだ
なぁ
黙ってないで答えろよ
なぁ
言いたいことがあるんだよ
ごめんな。ごめんな。
「兄ちゃん…嘘つきだ」



       +
     +  +       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     ∧_∧    <  わーい京ぽんだー! 京ぽんだー
   br(´∀` )ワーイ ! |    何でもできるぞー
 +   ヽ    つ     \_______________
      (⌒_ノ
       し'ゝ ;;::⌒::


19 : ◆kuriu7uP3. :04/02/09 21:35
>>14
すげぇいぃ話だ…セピア最高…


20 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:35
味ぽん ・・・ (株)DDIポケットが提供する移動体通信端末「AirH”PHONE」の俗称。
         モバイル・Web・メール・通話を1台で行うことが出来る。
         現在日本無線(株)によるAH-J3001V、AH-J3002Vの2機種が発売されている
         (2003/12/01現在)。
京ぽん ・・・ 京セラ(株)より提供されるであろうAirH”PHONEの呼称。

「コロニナでポイントを増やす」
エアーエッジフォンでプレイできるゲーム「コロニーな生活」の事
PHSの位置情報を使うと、ユーザーがどれだけ移動したのかが分る
その機能を利用して、このゲームは端末が移動すると(遠くの基地
局アンテナに電波を飛ばせば)ポイントが増える
現在は「コロニーな生活2」が出ている
http://slashdot.jp/mobile/03/05/20/2353228.shtml?topic=31
http://www.klab.org/j/topics/news/press/031201-3.html

「兄ちゃん…ゴムが…ゴムが…」
日本無線のエアエッジホンは端末の下部(下記URL参照)にUSB端
子が付いておりPCとの接続ができる仕様になっている
しかし、そのゴムの材質が弱くすぐに伸びてしまうという難点があ
った。その為に充電器への収まりが悪く充電の妨げになった
(現在は材質が改善されています)

http://www.zdnet.co.jp/mobile/0304/17/n_ap4.html


21 :大人になった名無しさん:04/02/09 21:37
>>3-6 >>14-18 >>20
以上、某板某スレからの転載でした
長文多くて読みにくいかもしれないが、ご勘弁のほどを

22 : ◆kuriu7uP3. :04/02/09 21:44
>>21
サンキュ!!とてもいぃ話だたよ…
「兄ちゃん…京ぽん…」
悲しすぎるよ…


23 :大人になった名無しさん:04/02/11 23:19
こんな気持ち友達に言えないからココに書きます。
十年以上前に自殺した姉の死亡検案書を
ある事情があって、今目にしました。
私はまだ幼いと言うことで色々知らされていなかったことが
検死の結果に書き込まれていました。
何処でどんな風に何時頃死んだのか。事実が書かれていました。
一人で、どんなことを考えながら死んだのか、それはわからないけど。
薄い紙を見ながら号泣しました。
今まで姉のことを忘れよう忘れようとしていたけれど、
なんで、なんで一人で死んでしまったの。

私は今結婚して子供が今年小学校だよ。
平凡で幸せだよ。
だけどあの夜、何か私に力があったら
その場に走って行けたのでは?
その手を止めることが出来たのでは?
無理だとわかってても考えてしまうよ。

逢いたいな。


24 :大人になった名無しさん:04/02/11 23:21
全然泣けない

25 :大人になった名無しさん:04/02/12 10:51
俺が幼稚園児だった頃、担任は野暮ったい眼鏡の若い女の先生だった。
眼鏡をはずした顔を見せてくれなくて、俺たちがいくらせがんでも
「みんなが卒業の時に見せてあげるよ。」
って笑ってた。
んで卒園式。俺たちは小学校に行っても大して面子は変わらないし
新しい環境は楽しみだったし、何より別れが悲しいって良くわかってなかったと思う。
いつもみたいに笑って「卒園式」ってイベントに少しはしゃいでた。

式が終わって先生が眼鏡を取って見せてくれた。皆笑った。「へんな顔ー」
別におかしかったワケじゃないけど、はじめて見る素顔はいつもと雰囲気が違ったから。
でも先生は泣いた。
「みんなはたのしい?先生は嬉しいけど悲しいよ。」ってクシャクシャに泣いてた。

先生は結婚退職で俺らが最初で最後の生徒だったそうです。
もう二十年も前の話です。別れってこういうモノなんだって解った最初の思い出です。


26 :大人になった名無しさん:04/02/13 06:35
セピア!!セピア!!

27 :大人になった名無しさん:04/02/13 10:47
昨日帰りの満員電車でうんこ漏らしました。
その日はゲリだったのでヤバイかなぁ〜と思いつつ電車に乗ったんだよ。
自分が降りる駅の一つ手前で、なんと!人身事故で停車・・・
乗ってる間もうんこを我慢してたんで俺の顔は真っ青でやばい汗ダラダラだったと思う。
案の定、我慢できず脱糞・・・・・
まず、しゃがんで鞄に入っていたコンビニの袋を取り出しました。
俺の行動に周りはいい迷惑だったと思う。たぶんゲロを吐くと思われたと・・・
でも俺はなんのタメライもなくズボンとパンツを下げ、尻丸出しで
そのビニール袋に発射。。。
悪臭と周りの人達の驚きの眼差し・・・そして罵声・・・。
俺は顔をあげられない・・・けつをポケットティッシュで拭き、俺はしゃがんだまま・・・。
約1時間そのままだった・・・
やっと電車が動いた時、いままで罵声を言ってた周りの人が
「よかったな、はやくうち帰って風呂入れよ^^」
ってやさしく声をかけてくれた。
俺はあまりの惨めさ、恥ずかしさで泣いた。
でも本当は感謝の言葉で大泣きしていた俺がいた。

28 : ◆kuriu7uP3. :04/02/13 15:38
>>27
そのビニール袋にゲロ吐いてフィニッシュを決めてほしかったと言ってみる…


29 : ◆kuriu7uP3. :04/02/13 15:40
ビニール袋の中で揺れる下痢とゲロ…オレならたえられんな…

30 :大人になった名無しさん:04/02/13 15:59
そんなにやばいんなら手前の駅で降りろよ

31 :大人になった名無しさん:04/02/13 16:25
停車するなんて思わないんだからしょうがないじゃん。


32 :大人になった名無しさん:04/02/14 22:16
age

33 :大人になった名無しさん:04/02/14 23:07
でも 駅でないところで緊急停車した場合、いつも思うんだけど、
この中に1人は、いや1両に1人は、トイレ我慢している人いるんだろうなぁ
と思いつつ、自分の腹が痛み出す。(泣き

34 : ◆kuriu7uP3. :04/02/15 21:35
セピアきぼん

35 :大人になった名無しさん:04/02/16 14:47
>>33
漏れも思う。満員電車に数時間とか閉じ込められたら空気薄くなって気持ち悪くて
吐いてしまうんじゃないかとかね。もらいゲロとかね。

36 :大人になった名無しさん:04/02/22 23:07
あげ

37 :大人になった名無しさん:04/02/26 23:41
もう4年くらい前になる。俺が高校生の時の話だ。

部活が終わって、夕方6時ごろ、部室の鍵を返しに職員室にいくと、同級生
の女子が3人、先生となにやら話していた。そのうちの一人は泣いていた。
どうやら捨て猫を見つけたらしい。と、いうよりも高校の近くに住む若い男
たちが見つけ、農業・畜産系もやっているウチの高校に猫に詳しい奴がいる
のでは、と思い連れてきたらしい。子猫は近くの用水路近くで、、ビショビ
ショに濡れた段ボールの中で一匹、うずくまっていたらしく、かなり衰弱し
ていた。まだ、生後1〜2週間くらいだった。

その泣いていた女の子(以後Aさん)は、その子猫が可愛そう、また捨てた
奴に対する怒りで涙が止まらなかったようだ。優しいんだよねAさんは。俺
が結構な動物好きってことを知っていた先生が「○○(俺)、すまないが学校
ではどうすることもできない。動物病院に連れて行ってやってくれ。お金は、
先生がなんとかするから」といい、俺ともう一人の友達、Aさん達で近くの
動物病院にいった。



38 :37:04/02/26 23:42
続き
幸い獣医さんたちもとてもいい人で、なんと無料で診察してくれた。子猫は獣医さ
んの用意したミルクをゴクゴク飲んで、さっきより大分元気になったようだった。
その日はAさんが猫を連れて帰ることになったが、獣医さんは「今は一時的に回復
したけど、衰弱が激しかったからもしかしたら長く生きられないかもしれない」と
言っていた。でも、Aさんは子猫を家に連れて帰り、アドバイスを参考に一生懸命
世話をしたらしい。

翌日「よくミルクも飲むし、元気になったみたいだよ」とAさんがいっていたが、そ
のわずか2日後、子猫は死んだ。夜に急に鳴かなくなり、そのまま静かに息を引き取
ったらしい。Aさんは自分のせいだとまた泣きまくっていた。それみて俺も泣きそう
だったよ。俺んちがマンションじゃなきゃ交代で面倒みたかったよ。でも、子猫は幸
せだったと思うよ。少しでも暖かくしてくれた人に巡り逢えたんだし。悪いのはAさ
んじゃないよ、捨てた奴だ。動物は飼った以上、途中で捨てちゃダメだ。同じ命ある
ものなんだから、大切にしなきゃな。当たり前のことだが、命の大切さについて改め
て実感させられたよ。長々とゴメソ。

39 :大人になった名無しさん:04/04/29 10:58
ageてみる

40 :大人になった名無しさん:04/05/02 04:05
ふと気がつけば、もう随分と昔の話。

学校帰りに東武のデパ地下を通りかかると、丁度パン屋でメロンパンが焼きあがったところだった。
試食させてもらうと中々美味かったので、俺はオヤジへの土産と自分の分の二つを買った。
甘いものが好きで子供舌なオヤジの事だから、多分メロンパンも好きだろうと思ったのだ。

当時、オヤジはガンの手術を受けた直後。家のベッドで療養していた。
衰弱して手足を満足に動かせないオヤジに、俺はメロンパンを千切って食べさせた。

「うん、美味いな」
「だろ?だから思わず買ってきたんだって。もっと喰う?」
「……いや、いい」

オヤジはメロンパンを二欠片しか喰ってくれなかった。
ちょっと拍子抜けして、俺はほぼ二個のメロンパンを平らげた。


それから数ヶ月。
転移したガンにやられ、オヤジは51歳で天国へ長期出張。
通夜・葬式と慌しく時間が過ぎ、やっと一段落した時、俺は初めてお袋にあの時のメロンパンの話をした。
そこで初めて知った事が二つ。

オヤジはそんなにメロンパンが好きではなかったという事。
あの時、既にオヤジは口から食べ物を摂取できる状態ではなく、
たった一片のメロンパンでさえ食べるのが苦しかったはずであるという事。


オヤジは無理してメロンパンを食ってくれたのだ。断ってしまって、俺が傷つかないように。


メロンパンを見せた時の「おぉ!」という声と笑顔。
「喰う?」と聞いた時にも躊躇い無く「喰う」と答えてくれた。

思い出して、涙が止まらなかった。


一昨日、職場のおばちゃんが美味しいメロンパンを買ってきて、俺におすそ分けしてくれた。
俺が思わず涙ぐんだ理由をおばちゃんは知らない。



長文スマソ。

41 :大人になった名無しさん:04/05/07 00:45
>>40
俺も父親をガンで亡くしてるから父の姿と重なって…泣いた・゚・(つД`)・゚・。
墓参り行こう…

42 :大人になった名無しさん:04/05/07 00:46
つかsageんでいいね…

43 :大人になった名無しさん:04/05/21 08:10


44 :大人になった名無しさん:04/05/21 13:04
泣ける話じゃありませんが


親父が東京に出張中倒れて
築地のセイロッカ病院に運ばれた。
大学の下見で京都にいた俺は
近いから(実家は広島)行って親に言われて急行した。
その時一緒にいた医学部志望の連れは
「セイロッカって全国的に見てもかなり有名だから大丈夫なんじゃない?」
と言っていた。
案の定ロビーは全面大理石で受け付けもIT化されていて何故かほっとした。
でも会社の人に誘導されてエレベーターに乗ると下行きのボタンを押した。
その瞬間すべてを悟って
たったB1までがとても長く感じた。


こういう体験したひといますよね?

45 :大人になった名無しさん:04/05/21 15:13
 僕は小さい頃に両親に捨てられて、いろいろな所を転々として生きてきました。
小さい頃には「施設の子」とか「いつも同じ服を着た乞食」とかいろんな事言われました。
たまに同級生の子と遊んでいて「○○君の家に行こう!」とかなっても、僕が遊びに行くとそこの家のお母さんが
「○○君と遊んではいけないっていったでしょ!」とそこの家の子供を叱ってる声が聞こえ、僕を汚い物を見るよう
な目で「○○は今日遊べないの・・」というようなことが日常茶飯時でした。
 僕は弱い人間なので、そんな事が重なるうちに独りでいる事が一番傷つかず、一番楽なのだと思いました。
けど、僕にも言いたい事は一杯あった。汚い服、同じ服着ていても僕は、僕は人の物盗ったり、傷つけたりはしてない。
両親はいないけど、僕にはどうする事もできないんだよ!僕だっておとうさん、おかあさんが欲しいんだよ。
 僕はなるべく人と接しないように生きてきた。自分の精神、心を守る為にそうせざるを得なかった。独りで生きていく、
誰にも迷惑をかけずに・・・
 高校に進学した時だった。朝学校につくと僕の机に「死ね」「乞食」「貧乏神」「親無し」等あらゆる悪口が書かれていた。
僕は目の前が暗くなった。僕が何かしたのか?僕がなにか・・・・ただ立ち尽くすのみだった。
 その時僕の目の前から机が無くなった。クラスでも人気者のYが僕の机をかかえあげていた。僕は机で殴られるのかと
思い、目を閉じた。「いくぞ!」とYがぶっきらぼうにいい廊下に出て行く。僕はあとに従った。Yは技術室に行き、紙やすり
で僕の机の落書きを消し始めた・・・・Yはただ一言だけ「つまんない事に負けんなよ。」と言い。黙々と紙やすりで落書き
を消している。「放課後もう一回ここでニス塗ろうぜ。そしたら元どおりだ。」といってにっこり笑ったYを見て僕は泣いた。
Yは照れ笑いをしていた。

Yは6月に結婚する。おめでとう。君がいなかったら今の僕はいない。恥ずかしくて面と向かっては言えないけど、
幸せになって欲しい。そしてこれからも親友でいて欲しい。今まで本当にありがとう。

46 :大人になった名無しさん:04/05/21 15:18
45です。泣ける話では無いうえに、初めての投稿で、改行も滅茶苦茶。ごめん。

47 :大人になった名無しさん:04/05/21 15:40
俺はじいちゃんが死んだ日、会いに行けなかった。
次の日の朝、かーちゃんから電話で聞くまで知らなかった。
俺以外、孫は全員集まったらしかった。

俺に連絡が来なかったのは、じいちゃんの意思だったという。

孫が集まった時、かーちゃんは俺に連絡をしようとしたらしい。
でもじいちゃんは、あいつは呼ばなくていい、最期に会えないのは残念だが、
あいつはわかってる、あいつのために呼ばない方がいい、約束したんだからな。
そう言ってかーちゃんを止めたらしかった。

俺はその日、就職の最終面接だった。
小さい頃からじいちゃんが機械をいじってるのを見て育った。
自然と俺も機械いじりが好きになった。
将来はじいちゃんみたいになりたい、そんな約束を確かに子供の頃にじいちゃんとした。
じいちゃんはそのことを覚えてくれてた。


葬式の翌日、採用通知の電話があった。
俺、約束守ったよ。
じいちゃんは喜んでくれてるだろうか。
何言ってやがる、お前なんかまだまだ、といつもの口調で小言を言ってるんだろうか。
遺影に手をあわせながら、心の中で話しかけてみた。

でもじいちゃんには直接報告したかった。
その日初めて泣いた。
涙が止まらなかった。

48 :大人になった名無しさん:04/05/21 16:10
>>46
いい友達だね。

ガンカレ!

49 :大人になった名無しさん:04/05/21 16:48
>>45
うかつにも泣いてしまった
がんがれ!

50 :大人になった名無しさん:04/05/21 18:13
ue-----n


51 :大人になった名無しさん:04/05/23 02:39
良い話じゃなくてすまん

漏れが14歳のとき、両親が険悪になった
私は長く一人っ子だったのもあって
結構、母親に甘えてたと思う、でもそれが
すごく表に出にくくてわかりにくい子だった。
9のつと10はなれた弟と妹がいるから、って言うのもあったし、
どうも子供らしくない子だといわれてて、何とか子供らしくしようとがんばってた

14の冬の夜、両親の喧嘩の声がした
あわてて止めに入る。両親が好きだった。
母が言った
「うるさい、あんたのせいで別れる判れないって話になってんのよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
すごく衝撃だった
両親は、また喧嘩を始めた
私はそのまま寝に帰った、涙は出なかった

数日後、夜中に喧嘩の声が
もう止めにいかなかっが、聞こえてきたのは
「下の2人は欲しい、A(漏れ)はいらない」
「俺だってAはいらん、下の子は渡さない」

自然に涙が出てきて止まらなかった
結局、離婚して、子供3人父の元に残った
私は・・・それを機会に一人暮らしをはじめた

52 :大人になった名無しさん:04/05/23 02:44
>>51
あ・・自分でも忘れてた
母が数日後失踪して離婚をするまで、漏れ中学行きながら
下の子と父親の食事と家事やってたんだ
買い物も学校帰りに行ってたなあ・
友達と遊べないのとクラブやめたのが悲しかった
で、離婚になって開放と

53 :大人になった名無しさん:04/05/23 06:32
>>51-52
辛い思い出背負ってるんだな・・・グスン

54 :大人になった名無しさん:04/05/23 07:00
>>3-4
ワラタ
大笑い。
ここ、泣ける話じゃなかったの〜?

55 :大人になった名無しさん:04/05/23 16:23
>>53
ありがとう
俺はまあ良いんだけどね、もう大人だし。平気
不思議と年をとるごとに胸に刺さる

だから、世の中の親は、子供、大事にして欲しいなって思う。
親から否定されるとさ、
自分全体が存在しちゃいけないんだって思っちゃうんだよ
無条件に愛してくれる人に嫌われたわけだからね。


56 :大人になった名無しさん:04/05/29 19:38
涙age

57 :大人になった名無しさん:04/05/30 15:19
>>44
お父さんの臨終に間に合わなかったんだね。
私もいつかそんな日を迎えるんだろうな・・・(泣)

58 :大人になった名無しさん:04/06/03 17:49
(´・_・`)セピア・・・

59 :大人になった名無しさん:04/06/06 00:40
(つд`)

60 :大人になった名無しさん:04/06/09 04:01
|ω・。) ジーッ

61 :大人になった名無しさん:04/06/12 00:24
>>46
一生の内に親友はそう何人もできない。大事にしろ。それと、早く
家庭を持て、いいもんだ。守るものができると人間強くなれる。


62 :大人になった名無しさん:04/06/15 17:17
。・゚・(ノ∀`)・゚・。

63 :大人になった名無しさん:04/06/18 03:08
低レベルですいません。
ただ誰かに知って欲しくて
全部読み終わった頃、勝手に手が進んでました。



僕は構わない。
好きである思いは嘘じゃない。

どうせ時間が忘れさせてくれる。
初めて付き合った彼女が良い例だ。
すぐ忘れられた。
このままズルズル付き合って行くのは悪い、
と言う気持ちは、その時確かにあった。
でも、今回も同じだ。

ズルズル付き合わせるのは相手に悪い。
もう相手に心はないんだぞ?
夢をかなえて輝いてる。
邪魔するな。
だいたい好きなのはなんでだ?
もっと彼女が知りたいのか?
自分に振り向かせたいからか?
自分が可愛いからだろ?
相手の気持ちを尊重も出来ないのか?
・・・。
大丈夫だ。
女は五万といるんだろ?
自分取り戻せよ。
悪魔の声じゃないぞ。
まだまだ自分を磨けるよ。
磨く必要もあるんだよ。

相手の幸せを願えよ。
お前より良い男なんて五万といるよ。
彼女は幸せになるさ。
男なら必ず振り向く。
可愛いし
優しいもんな。
でも、お前が彼女を好きなら
彼女は不幸になる。

彼女が優しいからだ。

64 :大人になった名無しさん:04/06/23 01:52
。・゚・(ノ∀`)・゚・。

65 :がちょーん:04/06/23 20:46
今は誰にも話せるんだけどな。
俺の母は、腰骨が曲がってるん それも左に強く。
で、荷物や買い物カゴを持って歩く時は、
体を左右にヒョコヒョコ揺らして、バランスを取るため腕を振って歩くん。
重い買い物カゴの時は、力を入れているのか口をすぼめてヒョコヒョコ歩く。

小学生の頃、クラスのヤツが 
お前んちのかあさんと、くねくねとタコ踊りをしてからかってきたん。
俺は止めろって・・・ケンカになって、結局先に手を出した俺が悪者になったよぅ。
まあ、ケンカになった原因は? と先生に聞かれても 言えないもんだわ。
「**君が、くねくねとタコ踊りをして 母のまねをしました」なんてさ。

それから中一に進級し新設校が出来て校区も変わって
クラスは、ほとんど顔の知らないヤツばかりだった。
俺は絶対に母の事は内緒にするんだ、誰も家に呼ばないと決めた。

だが、ばれてたんだよな これがさぁ。
学校の帰りに角を曲がったら、母が買い物カゴ もう片方には「スイカ」を下げてんだよ。
これがまたもう、ヒョコヒョコ歩くなんてもんじゃないよぉ。
これが、他人なら「僕、近くまで持ちますよ」って感じだぁ。

66 :がちょーん:04/06/23 20:47
今は誰にも話せるんだけどな。(その2)

で、ちょっと回り道とか隠れながら後ろ姿をみて
家の近くまで来たら、近所は俺の母だってんのが知ってるから
そこから、手伝うとするかって。

ががーん、、クラスの**美と**子が、話し掛けてるやん。**美ってちょっと気に入ってるんだよな俺的に。
ありゃりゃ手伝って スイカまで持って、おっ俺んちの前までやんか トホホ。

スイカが出てきた夕食後、
「安かったから買ってきたんだよ」 「重かったけどね」 「あんたのクラスの女の子・・・」
聞きたくないちゅうのー
えっ?「あんたのクラスの女の子・・・」ってなんだよ? 話せよババァ!

途中で、スイカ持ってくれてね 聞いたらあんたと同じクラスの**美さんと**子さんだったの。
「明日、会ったらお礼言ってね」 お礼言ってね・・ お礼言ってね
なんちゅう事聞くんじゃぁ〜 クソババ とオモタヨ。

で、翌日 人目の付かない時に「かあちゃんが、ありがとうって言ってたわ」って言ったんだよ。
それなのに、いきなり「あんた、オカシイんじゃないの!!」
「こそこそ、後ろからみてたでしょ 絶対オカシイよー」
「普通さぁ、持ってあげて一緒に帰るとかしない?」
**美まで、
「**君がさ、前にあれ お前のおばさんじゃない?って言ったら知らない人って言ったよね」
「サイテ−だわ、信じらんなーい、サイテェ−」

俺、泣いたよ 自分の心にさぁ。
**美に「サイテ−」と、言われたのも泣けたよ。(つД`)
まあ、それから完全に開き直って出合ったら「あっ、俺のかあちゃんだ」って言い出したけどね。
あれから、10年・・・・今でも片思いだった**美に「サイテ−」と思われていたら 泣けてくるわ。

今では、俺とつるんでヒョコヒョコ歩くクソバ じゃなくお袋がイトシイわ。

67 :大人になった名無しさん:04/06/24 00:37
>>65-66
自分や身内のハンディを伏せたがるのは皆一緒。
**美さんも今は当時の君の心境を理解してるよ。
精一杯、親孝行してくれ。


68 :大人になった名無しさん:04/06/29 21:44
。・゚・(ノ∀`)・゚・。

http://life5.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1087142511/14-

69 :長文スマソ・・・:04/06/30 21:42
「更年期障害だよ」
去年の10月に妹からお袋の体調が良くないと連絡があり、電話したときのお袋の答えはそれだった。

それから一ヶ月もしないうちにお袋が入院したと連絡がはいる。
病名は「子宮ガン」

「ガンか・・・・」
そう思ったものの、子宮ガンは克服した話をよく聞いてたので軽く考えていた。

入院からすぐに手術し、あとは抗がん剤治療で退院を待つのみと思ってた矢先、お袋の体に異変が表れた・・・尿が体内に溜まり始めた
原因は執刀医の手術ミス・・・
手術中に尿道を傷つけたらしいが病院は再手術までの2週間それをほったらかしに・・・

2度目の手術でそれを改善するはずだったが、術後も体内に尿が溜まり、後日もう一度同じ手術を・・・
しかし、改善されず、更には腸閉塞を引き起こし、左足が麻痺を起こして動かなくなった・・・

親父と妹が医者に詰め寄り、なにをしたのか文章で書かせた。
そこには手術ミスのことも書かれていた。が、後日、その病院の院長から「書き直させてくれ」と言われるも断固拒否の態度を示す。すると院長は「責任を追及するならこれ以上の治療はしない」と言い出した・・・

お袋のことを考えるとしばらくはこのままがいいと、親父も妹も静観することに。

度重なる手術ミスに病院側は大学病院での手術をすすめ、大学病院で手術を受けることになった。

が、大学病院で行われた手術でも改善されず、再度腸閉塞を起こすことに・・・
鼻からイレウス管入れて一週間絶食。管が抜け、点滴と水分補給開始するもそれによって再発・・・

それから約2ヶ月絶飲食
その間に腫瘍が3箇所みつかる・・・
造影剤入れて検査するも大腸の大半を犯されていてもうお手上げ状態・・・
大学病院側から言われたことは
「開腹し、腸の使えるところをつなぎ合わせて食事がとれるようにするか、小腸から人口肛門をとりつけるか、ただし食事は難しいよと、それかこのままか・・・」
そう言うも病院側は「大腸のつなぎ合わせ・・・これはまず無理です」と・・・・
しかしお袋は手術を希望した。2ヶ月も耐え続けてる絶飲食から開放してほしいと親父も妹も、俺も願った・・・
再度造影剤を入れ検査するも病院側の回答は「成功する可能性はない」と・・・

このまま体力尽きて死んじゃうのかなって、半ばあきらめてたよ・・・

でも、お袋は数%の可能性があるならやってほしいと何度も頼み込んだ・・・・たとえ手術が成功しても命が助かるわけじゃないことも知ってるのに・・・

そんななか、大学病院の院長という人がアメリカから帰ってきて、担当医から話を聞いたらしく
執刀医を院長が勤めることに!

手術は先月の14日・・・
ただし、開腹してもすぐ閉めるかもしれないし、検査によっては中止もありうると・・・



70 :長文スマソ・・・:04/06/30 21:43
14日過ぎても親父からも妹からも連絡はなく、連絡もとれず、病院の連絡先も知らず、心配になって遅ればせながら今月の27・28日で覚悟を決めて帰省し、妹と共に病院へ・・・
病室に到着、そこには・・・お粥だけど食事をとるお袋の姿が!

妹はやっと話してくれた
「使える大腸が30Cmしかないのをむりやりひっぱってつなぎ、人口肛門もちゃんと着け、手術を成功させたんだ」と、院長はすごいよ!!って

その話を聞いてさ、生まれて初めて心の底から人を尊敬することができたよ。同じ医者でもこの差はなに?
術後院長はまたアメリカに戻ったんだそうな・・・・一言おれいぐらい言わせて欲しかった^^

で、28日に病院を退院し、療養する病院へ。
病院のベッドでお袋に
「なにして欲しい?」
って聞いたら
「売店でどんべぇ買ってきて欲しい」だって(笑
まったくしょうがねぇなぁ〜って思いながら買ってきて、飛行機の時間が迫ったため「また来るから少しは元気になれよ」と悪態ついてこっちにもどる。

帰る間際に担当医から今後の話をされ、
抗がん剤の投与を開始するかもって言われ、もしかしてって思ったね^^

で、今日妹からメールが入った
「今日から痛み止めが麻薬に替わりました」と・・・・

カウントダウンが始まっちゃったね・・・・


71 :大人になった名無しさん:04/07/01 05:47
中学3年の時俺は真樹という女の子に好かれていた。
真樹は「勉強教え」てとか「一緒に帰ろ」などと言い
ことあるごとに俺に話し掛けてきた。
休み時間などは俺のことを見つめる彼女の視線を感じたりもした。
当時の俺はオクテでビビリだったので気恥ずかしさと
どう対処したらいいのかわからず、素っ気無い態度を
とっていた。
そして卒業式の日彼女に一緒に写真を撮ろうと言われ
並んで写真を撮った。彼女はうれしそうだった。

半年後高校の帰り道に彼女とばったりと出会った。
彼女は女子高の制服に身をつつみ、少し大人っぽく見えた。
俺は 「よう」と言い、彼女は 「久しぶり」と答えた。
3秒の沈黙のあとどちらともなく「じゃあ」と言ってすれちがった。
その時俺は彼女のことがとても好きなことに気づいた。
俺は彼女を振り返ったが、彼女が振り返ることは無かった。

彼女とはそれっきり会わなかった。


72 :大人になった名無しさん:04/07/06 00:47
(´・_・`)

73 :大人になった名無しさん:04/07/08 22:26
・゚・(ノД`)・゚・。

74 :大人になった名無しさん:04/07/10 00:26
(つд`)

75 :大人になった名無しさん:04/07/15 00:42
(´・ω・`)

76 :大人になった名無しさん:04/07/15 21:17
>>27 アッハッハッハ アーッハッハッハッハ

77 :大人になった名無しさん:04/07/16 21:42
ライフガードの新しいやつは飲むと泣ける

78 :大人になった名無しさん:04/07/19 12:25
>>27 ワロタ

79 :大人になった名無しさん:04/07/19 19:09
>>27が一番泣ける

80 : ◆mI/4ExosiA :04/07/19 23:04
ばかやろーいつ自分が>>27のようになるか分からないんだぞ!

81 :大人になった名無しさん:04/07/26 16:19
遅レス
>>46さん、ステキなお友達がいて羨ましいです。
恥かしくて面と向かっていえない気持ち、良くわかるけど
思い切って「あの時は有難う」っていってみようよ。 Yさんも、46さんももっともっと
良い関係になるはずだよ!

もっと遅レス>
私が始めてセピアにきた時、たまたまこのスレが1番上にあったんですよ。まだレスも30くらいだった。
で、何げに開けたらいきなり>>3のカキコで大うけ。 ある意味凄く泣けるけどw

「マサくん鼻にドンパッチ詰め込み事件」というだけで教えた相手が大うけしてくれます。
それでセピア板を知ってもらい、今では一緒にほのぼのしたりもらい泣きしたり。

82 :大人になった名無しさん:04/07/26 22:07
泣ける話ではないけど、思い出したのでちょっと書かせてください。

小中大と普通に仲のいい友達がいたんだけど、なぜか高校のときは
積極的でない性格からか友達があまりいなかった。でもクラスメイト
はいい人ばかりだからイジメられたとかはなかったし、話も普通に
してたけど、何かクラスに居ずらい感じだった。で、そのクラスに
背の小さな子がいたんだよね。その子は結構かわいくてどんな人
にも優しかったんだよね。俺が一人で椅子に座ってると向こうから
話しかけたりしてくれる。彼女は俺のことは何とも思ってないと
思うけど俺は優しい彼女が結構好きだった。
看護学校に進学したから今は看護婦さんになってるだろうな。
まあ、あんなに適任な人はいないと思うよ。

文章になってなくてすまん

83 :大人になった名無しさん:04/07/27 15:31
>82
なんかホンワカ…。(^ー^)

84 :大人になった名無しさん:04/07/28 07:20
>>82
              /  \―。
            (    /  \_
             /       /  ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ...―/          _)  < ちんちん シュッ シュッ シュッ!
        ノ:::へ_ __    /      \_____
        |/-=o=-     \/_
       /::::::ヽ―ヽ -=o=-_(::::::::.ヽ

85 :大人になった名無しさん:04/07/30 00:56
(。・o・)ノ゙

86 :大人になった名無しさん:04/08/01 02:27
今日(正確には昨日)夢を見ました。
高校時代の彼女の夢でした。俺は入学式で一目惚れしてしまい、告白してOKもらった日は嬉しくて嬉しくて眠れませんでした。
夏休みに入る頃頭痛がひどくなり、学校も休みがちになりました。
脳腫瘍でした。夏休みに手術、その後もリハビリを続け、思うように動かない体でしたが杖をつきながら何とか学校へ通っていました。
俺もできる限りの事をしたつもりですが、彼女の頑張りに毎日頭が下がる思いでした。
3年生になってすぐの5月、彼女は帰らぬ人となりました。
なぜ急に夢を見たのか。でも久しぶりに会えてうれしかった。今度墓参り行かなきゃと思います。
乱文、スレ違いすいません。


87 :大人になった名無しさん:04/08/01 15:46
・゚・(ノД`)・゚・。
ttp://pukapuka.or.tp/cgi/img/puka3970.swf



88 :大人になった名無しさん:04/08/02 14:59
>>6って改竄されてるじゃん・・・・・
元は30代板の泣けるスレだよね。
つか、なんで6歳の子供が地獄の黙示録を楽しみにするんだ。

89 :大人になった名無しさん:04/08/04 00:26
(´・_・`)

90 :大人になった名無しさん:04/08/07 18:40
(=´o`)ふあぁ

91 :大人になった名無しさん:04/08/08 15:11
>>45よ、見てるか?
どこかの板でコピペされてたよ。ここ読んでてビクーリしますた。

なんか泣ける2ちゃんねるに保存されそう。

92 :大人になった名無しさん:04/08/08 23:57
泣けない話だとと思うんですけど、、、
私は中学の頃すごく仲の良い子がいて、ぁ!その子Yって言うんですけど。
何をするにも、どこに行くにもそのYと一緒だったんです。
2人でおそろいの服とか着て
「うちら双子だよね」とか言っちゃたりして…。
ある時、私とクラスメイトの子がけんかしたんです。くだらない内容で覚えてないんですが、、、
私は、その子に結構ひどい事とかたくさん言っちゃったんです。。
そのクラスメイトの子とは、すぐ仲直りしたんですけど、
Yとクラスメイトの子が仲が良かったせいか今度はYが私のことを怒っていたんです。
最初は、何で怒ってるのか、何でムシされるのか、
意味わかんなくってすごい混乱しました。
お互い口をきいた最後の日が3年になった初めの日でした。
そして、卒業式。
約1年間ずっと悩み続けて、最後の日、桜の木の下で謝りました。
「ごめん」
私は涙が止まらなくって、一言しか言えなかったんです。
そしたらYは、
「うちこそごめん。だけど、もぅ一回友達ってのは無理だよ。うちは、Mのこと許せない」
それだけ言ってみんなのところに戻って行きました。
1人桜の木の下で、泣き崩れました。
ごめんね…Y
うちは、Yのことずっと好きだったよ。
少しの間だったけど私の人生で一番の友達だよ


93 :うああ ◆HlfkSRjtZU :04/08/11 14:54
うああ

94 :大人になった名無しさん:04/08/17 23:09
( ^・ェ・)ノ

95 :大人になった名無しさん:04/08/18 21:58
私は何故か不良に目をつけられやすい人間だった
最初は仲が良くても後から何かしらの原因で喧嘩をしてしまうからだ
と言っても自分が悪くは無いというのは断言できる
不良が勘違いして怒ってメールを送ってきたのに対し、つい悪口で返してしまうのだ
ちなみに不良はM(私)とA(友)が自分のことを無視していると勘違いしているらしい
その不良は物凄い勢いでこっちの悪口を言い回すから不良側の人間全員が敵だった
ある日友達だと思っていた人や、自分と全く関係ない人に呼び出された
そして「K(不良)に何かしたらこっちにも考えがある」と言ってきた
勘違いもいいところだ、と私はイライラしながらその話を聞いた
少しそいつらを睨んでいたかも知れない
Aはそいつらが居なくなった後に暫く泣いていた
Aが泣いているのを見てそいつらが突然私は許せなくなった
だから仕返ししに行こう、と言ったのにAが止めた
今度は何故か自分が泣けてきた Aの前では泣きたくなかったのだが

96 :大人になった名無しさん:04/08/18 22:00
家に帰りKからメールが自分の携帯に来ているのに気づいた
そこには案の定悪口が綴られていた
だからつい私はこう返事を送ってしまったのだ
「今後一切私と縁を切ろう」と
そしたらKもOKした 最後まで嫌味をつけるのを忘れずに
それから数日Kと仲直りする夢ばかり見た
起きたときにそれが夢だと分かると酷く悲しかった
そんな私にとどめを刺すようにAとKは仲直りした
私はそれを聞いてAに裏切られた気持ちになったがそれでもAは大切な親友で
失いたくなかったからその件については深く追求しなかった
しかしAはどんどんKを取り巻く周りの人とも仲良くなっているのを見て
私は本気でAに嫉妬した でもそれでもAと仲良くし続ける自分が嫌いだった
あんなメール送った自分が悪いんだけれど まるで取り付く島が無かった
Kがある日私に当たって「あ、ごめん」と言ってきたときどれだけ感動したか
その言葉には悪意も嫌味もちっとも感じられなかったから
でも自分たちはもう元には戻れないのだろうとその時から分かっていた
Aとは今でも大親友だけど遠い存在になってしまった
Kは昔、自分のことより人のことを思う優しい人だったのに
何が彼女をこうしたのか私にはわからない
Kとまたバカな話したいと思うのはいけないことだろうか

泣けない話でスマソ

97 :時計台 ◆evxc3E3GDw :04/08/19 13:11
セピアな思い出といえるか分かりませんが、こんなAAいかがでしょう。

    |
    |('A`)       
   / << ) ̄ ̄ ̄ ̄ 




    |              <ドクチャン ゴハンノ シタクガ デキタヨ
   Σ('A`)
   / << ) ̄ ̄ ̄ ̄ 




ヒサシブリニ カエッテキタンダカラ
アナタノ スキナ カラアゲ イパーイツクッタヨ
サァ タント オタベ

J( '∀,`)し( '∀,`) ∴ (∀,` ) トオチャンノ カテイサイエンノ ウデモ アガッタロ
( ) ( )/ ̄ ̄ \ ノ



98 :時計台 ◆evxc3E3GDw :04/08/19 13:12

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            o
           ゚
          ('A`)
      /⌒⌒⌒⌒⌒ヽ
     // ̄ ̄ ̄フ /
   / (___/ /
   (______ノ




          (A` )
      /⌒⌒⌒⌒⌒ヽ
     // ̄ ̄ ̄フ /
   / (___/ /
   (______ノ


99 :時計台 ◆evxc3E3GDw :04/08/19 13:13

          ('A`)
      /⌒/ ⌒\⌒ヽ
     // ̄ ̄ ̄フ /
   / (___/ /
   (______ノ


__
 毒 |        ・・・。
 家 |    (` )
 墓 |  ∴ ノ( )
──┐ ∀  」L




__
 毒 |
 家 |
 墓 |  ∴  ('A`) ・・・・・・。
──┐ ∀  << )


100 :時計台 ◆evxc3E3GDw :04/08/19 13:13

オマエハジマンノムスコダ

('∀`) J('ー`)し カラダニキヲツケルンデスヨ
 毒 |          
 家 |          
 墓 |  ∴  Σ('A`) トオチャン・・・カアチャン・・・
──┐ ∀   ノノZ乙


101 :時計台 ◆evxc3E3GDw :04/08/19 13:14

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            o
           ゚
          ('A`)
      /⌒⌒⌒⌒⌒ヽ
     // ̄ ̄ ̄フ /
   / (___/ /
   (______ノ





    |     オレ・・・モウイッカイ マタガンガッテミルヨ・・・!!
    |  (´∀`)
   / ̄/(   )レ ̄ ̄
       L L


102 :大人になった名無しさん:04/08/21 16:09
     zzz… 
         ハ,,ハ ,, ,,
        (,,-。-),,c)~



103 :大人になった名無しさん:04/08/21 19:33
ごめん、時計台さんのAAみて涙が止まらない。

104 :大人になった名無しさん:04/08/26 02:04
一昨年の盆休み、妻と長男、次男、長女の4人は、仕事の関係で
2日遅れで出発する俺よりも一足先に、俺の実家に帰省するため
我が家を出発した。
『お父さん、新千歳には4人で迎えに行くからね!』
このとき、これが最期の言葉になるとは予想だに出来なかった。

その2日後、俺は関西空港発の飛行機で新千歳へと出発した。
約2時間のフライトを経て、飛行機は新千歳に到着した。そして、
俺は家族が待っているであろう、到着口へと向かった。しかし、
そこにいたのは妻と3人の子供ではなく、俺の弟だった。しかも、
顔は完全に青ざめている。弟のただならぬ雰囲気に、俺は思わず、
『おい、○○(妻の名前)たちはどうした? 子供たちは?』
人目も憚らず叫んでしまった。そんな俺を抑えるように弟は、
『兄貴、今から俺の言うことを聞いてくれ! 義姉さんたちの
 乗ったクルマが交通事故に巻き込まれた。4人はすぐ病院に
 運ばれたが、全員が意識不明の重体だ。俺が運転するから、
 病院へ急ごう。札幌の△△病院だ!』

そう言うが早いか、俺は弟の運転するクルマに乗り込み、4人が
担ぎ込まれた病院へと急いだ。クルマが道央道を走っている間、
俺は“何らかの間違いであってくれ!”と祈り続けた。しかし、
クルマが北広島インター近くの病院に到着したとき、その祈りは
既に届かないものになっていた。

105 :104:04/08/26 02:34
104番より続き)

看護師に案内され、救急救命処置室の横の部屋に通された俺は、
一瞬、我が眼を疑った。横1列に並べられた4台の寝台には、
妻と3人の子供が、顔に白い布をかけられた状態で眠っていた。
1人ずつに声をかける。そして、肩を揺り動かす。子供たちに、
『おい、起きろ! 小樽の水族館に行く約束じゃないのか?』
などと声をかけるも、誰一人として返事をしてくれなかった。
妻37歳、長男12歳、次男9歳、そして、末子の長女7歳…
4人はあまりにも突然に、俺の傍から旅立ってしまった。後で
聞いた話では、事故は妻たちの乗ったクルマが青信号で進行中、
エスティマが信号無視で交差点に進入して、妻たちのクルマに
激突したとのこと。しかも、かなりの速度超過であったうえ、
運転していた男は強い泥酔状態だったという。次男と長女には
ジュニアシートを着用させ、妻と長男もシートベルトを着用し、
安全運転を心掛けていたにも関わらず、4人は命を奪われて、
しかし、男は軽傷で済んだのだから、俺は現在でも、その男を
殺してやりたいと思っている。

その日の夜、大阪から妻の両親と弟一家がやって来た。各人の
最愛の娘、孫、姉、従兄妹を一度に亡くした悲しみは大きく、
4人と対面した直後から、亡骸に取り縋って泣き叫んでいた。

106 :104:04/08/26 03:06
105番より続き)
事故の翌日、俺は4人の亡骸と共に、関西空港に帰って来た。
妻と子供3人の故郷である大阪で通夜・葬儀を行うためである。
通夜・葬儀には親戚一同は基より、4人と親交のあった人など、
およそ500人が駈け付けてくれて、4人の死を悼んでくれた。
通夜・葬儀の日、俺は不思議なくらいに涙が出で来なかったが、
葬儀の後半、3人の子供の同級生と先生ら、およそ100人が
『ともだち賛歌』(『リパブリック賛歌』を基に、子供向けの
歌詞をつけて編曲した合唱曲)を合唱してくれたときになって、
俺は47歳という年齢を忘れ、人目も憚らず号泣してしまった。
家族を亡くした悲しみ以上に、友達の死を心から悼んでくれる
幼い子たちの姿に、感動を覚えてしまったためである。葬儀も
終わり、いよいよ出棺というとき、同級生らは涙を流しながら
(3人が通っていた小学校の)校歌を唄って、最後のお別れを
してくれた。その姿にまた、俺は号泣してしまった。こんなに
素晴らしい友達に巡り会えたことが、子供たちにはせめてもの
救いになったと思う。あの日から2年が経ち、先日、3回忌の
法要も済ませたが、同級生たちは今も折りを見て、子供たちに
手を合わせに来てくれる。1人で塞ぎ込んでしまう日もあるが、
子供たちのことを忘れないでいてくれる子たちの存在が、俺の
心の支えである。


107 :大人になった名無しさん:04/08/26 16:09
小学校5年の時、東京から三橋ってゆー子が引っ越してきた。
なんか都会な感じやったから、ひとめぼれしちゃって。
私は2組やったんやけど、三橋は3組に。でもクラブ活動がバスケットで同じに・・・☆
3組にはゆーちゃんっていう、積極的な女の子がいて、ゆーちゃんも三橋にひとめぼれ。
三橋は女の子には別に興味ないって感じだったからそんなに心配しなかったけどね。

ゆーちゃんの三橋への思いは、学年の皆が知ってる事実になっていった。
本人の前でも「○○(三橋の下の名前)〜!!!」ってベッタリやったし。
そんなゆーちゃん、ハイハイって感じの三橋見てるだけで、なんか幸せやった。
その時は、今みたいに変な気持ちとか全然ないから、「もし両思いになったら・・・?」
って自分と三橋が二人っきりでデートするのを想像してもなんか気持ち悪いなーて思ってて。
まさにあの三橋がいて、私がいて、小学生やったってゆーので幸せやったんやと思う。

けど、6年生の12月中旬公立中学の制服採寸の時、ほとんどの子が採寸してるのに、
三橋はグラウンドで一人サッカーしてた。友達みんな採寸いってるからね。
私は「なんで三橋採寸しーひんのかな??」って思ってた。

その一ヵ月後くらい。
めずらしく三橋が三日連続で学校休んでたから、ゆーちゃんにさりげな〜く(私の気持ちばれんように)
「三橋カゼなんかな〜??寂しいやろー?w」って聞いたら、
「知らんの?○○、中学から東京戻るんやで。休んでんのは、私立中受けるため!」

ささやかで幸せな毎日は一生続くと思ってたのに、やっぱりずっとってわけにはいかへんかった。
2月14日、本当はいっぱい喋ったりしたいのに、「ゆーちゃんからもうチョコもらったん?」
こんなしょーもないことしか言えへんかった。三橋は
「そういうこと言わないでよ」って苦笑い。
卒業式まであと一ヶ月ちょっと。時間はあっという間に過ぎていった。

卒業式。三橋に会える最後の日。卒業証書授与で、自分の名前が呼ばれて、三橋の名前が呼ばれて、
最後に合唱。泣きながら、今が一生続けばいいのにって願った。
その後、教室行って荷物取って校庭に出ようとしたら、手洗い場に三橋が一人でいた。
「もう絶対今しかない」って思って、話し掛けた。

私 「東京の中学戻るんやろー?ゆーちゃん言ってはったわぁ」
三橋「そうだよ。」
私 「中学入ってもバスケ頑張ろな!」
三橋「うん!もう皆に会えないの寂しいけど・・・」

それだけの会話やった。
それでも私の胸に、あの時のことが鮮明に記憶されてる。

当時のゆーちゃん情報では、三橋のお父さんの会社の本社は東京やったらしく、
一時関西に赴任しただけで、もう今後こっちで住むことはない予定やったとのこと。

もう二度と会うことはないのかな。
泣ける話ではないね、ごめん。

108 :大人になった名無しさん:04/08/27 00:19
中学の時に好きな人がいた。
クラスも部活も一緒で、よく席も隣だった。
あたしは、結構な問題児でちょくちょくケンカ起こしたり、呼び出されたり…
でも、あたしは泣き虫だったからよく泣いてた。
その人は、教室で1人ボロボロ泣いてるあたしを見て
「なんかあったか?俺でよかったら話し聞くよ」っていつも言ってくれた。
あたしの悩みを全部聞いてくれて、解決してくれた。
「俺にまかしとけ」っていっていろんなことをしてくれた。
あたしもその人の話を聞いたし、その人と沢山のことを語った。
そんな、その人が大好きだった…
だけど、ある日の部活帰りに友達と2人で歩いてたら、横を救急車が通った。
その時は、べつになにも気にしてなかったのだけど
その日の夜、連絡網が回ってきた。
「Sくん(その人)が交通事故で亡くなりました。」
夢だとおもった。
信じたくなかった。
あの笑顔、あの声、あの優しさ…まだ覚えてる。
ドラマみたいだけど、あたしの初恋の相手は死にました。
あたしの想いを伝えることなく。。。

こんな話じゃなけませんね。ごめん!でも、すっきりした!!


109 :大人になった名無しさん:04/08/27 12:29
>>108
ネタっぽい

110 :大人になった名無しさん:04/08/27 22:22
従兄の母が死んだ。
従兄の母とは暫く前に会ったキリだ。
機械に疎いので、以前買ったと言うauの携帯に着うたをダウンロードしてやった。
そうしたら、とても喜ぶんだよ。
着信音に設定して、本当に鳴るか試すからかけてみてって言って…
言われたとおりにかけたら、着うたが鳴って。
とても嬉しそうに笑ったんだよ。
それで「また今度来るからその時にまたダウンロードしてね」って…
結局その携帯にダウンロードされた曲はそれしか無かった。
「君こそスターだ」をダウンロードするんだったんだろ?
何で逝くんだ。アホか。

111 :大人になった名無しさん:04/08/27 23:42
>>108
。・゚・(ノ∀`)・゚・。

112 :大人になった名無しさん:04/08/27 23:49
昔はわしももてた

113 : ◆iEmkazApcQ :04/08/27 23:51
捕手としての出場数・守備機会では、田口<田村。
昨日帰りの満員電車でうんこ漏らしました。
その日はゲリだったのでヤバイかなぁ〜と思いつつ電車に乗ったんだよね。
自分が降りる駅の一つ手前で、なんと!人身事故で停車・・・
乗ってる間もうんこを我慢してたんで俺の顔は真っ青でやばい汗ダラダラだったと思う。
案の定、我慢できず脱糞、脱糞、脱糞、だっぷん・・・・・
まず、しゃがんでカバンに入っていたコンビニ袋を取り出しました。
俺の行動に周りはいい迷惑だったと思う。たぶんゲロを吐くと思われたと・・・
でも俺はなんのタメライもなくズボンとパンツを下げ、尻丸出しで
そのビニール袋に発射。。。
「ビチビチ ビチビチ ビチ〜」と俺の尻から
「ボサッ ボサッ ボサッ」と袋へ落ちる
悪臭と周りの人達の驚きの眼差し・・・そして罵声・・・。
俺は顔をあげられない・・・尻をポケットティッシュで拭き、俺はしゃがんだまま・・・。
約1時間そのままだった・・・
やっと電車が動いた時、いままで罵声を言ってた周りの人が
「くせーんだよ、はやくうち帰って風呂入れよ\△/」
ってやさしく声をかけてくれた。
俺はあまりの惨めさ、恥ずかしさで泣いた。
でも本当は感謝の言葉で大泣きしていた俺がいた。

114 :大人になった名無しさん:04/08/28 00:36
その人はいっこ上の先輩で同級生、後輩からも「たくちゃん」って呼ばれてた。
初めて話したのは小学校の運動会の時。俺の小学校は全学年ごっちゃまぜで行われる。
俺は青組みだった。その中に、明らかに体のバランスのへんな人がいた。それがたくちゃん。
たくちゃんは障害で生まれつき身長があまり伸びない。「小人病」らしい(本当にこんな病名あんの?)
たくちゃんは初対面の俺らにも明るく話しかけ、同級生にも人気があった。
それを気に俺はたくちゃんと仲良くなった。たくちゃんは俺んちの近くの団地に住んでいて、そこには
小さな公園もあった。そこは俺らの遊び場だった。ミニ四区やハイパーヨーヨー、ポケモン・・・・
学校が終わると、上級生も下級生も皆がそこに集まった。たくちゃんは話がうまく、誰にでもやさしい
初めて公園に来るグループにも積極的に話しかけてやる。俺たちはかなり仲良くなった。たくちゃんは
中学に上がると、部活などで公園にくることも無くなって一年間ぐらい会わなかった。
やがて俺も中学にあがったが、なんとなく知らない上級生といるたくちゃんには話しかけづらく
前みたいに楽しく話すようなことはなかった。関係は変わったがたくちゃんの身長は変わらなかった。
中学の卒業式の時に見たたくちゃんは俺の腰あたりに頭があった。そのうちたくちゃんは地元も高校に進学した。
一年後俺はたくちゃんとは違う電車で15分ぐらいのとこにある高校に進学した。
それからずっとたくちゃんのことなんて忘れていたと思う。
高1の二学期も、もう終わるかという頃、俺は地元の友達と遊んでた。皆で歩いていると、たくちゃんの通う学校の
前に同級生らしき人とたくちゃんがいたが、様子が少し変だった。

115 :続き:04/08/28 00:36
たくちゃんが一人前を歩き、その他何人かが後ろを歩く
嫌な予感は当たりたくちゃんはそいつらに後ろから小突かれたり、チビだのと言われていた。蹴られたりもしていた。
俺は、心臓がかなりバクバクして何故か焦った。どうしていいか分からなかった。すると、一緒にいた俺の友達がたくちゃん
のほうへ走っていって、後ろの奴にいきなりとび蹴りをした。そのあとは、俺も参加してもうごちゃごちゃの大乱闘。
本当に奴等が許せなかった。明るいたくちゃんがイジメをうけている、このことに本当動揺した。悔しくて、許せなかった。
喧嘩は泣きながら向かっていく俺らにビビって相手が逃げた。大勝利。この後、たくちゃんと久しぶりに少し話した。
2日後ぐらいに、10人ぐらいのDQNが学校帰りの俺を駅で待ってた。何発か殴られて、MDと携帯壊されて金取られた
乱闘に参加したほかの奴等のとこにも来たらしい。奴等は俺の名前を知っていた。
何故かはすぐに予想できた。たくちゃんが話したんだろう。けど、怒りとかは無かった。
親は腫れた顔見てびっくりしたが、大事にはせずその日はすぐに寝た。
そして、次の日たくちゃんは死んだ。地元の文化ホールから飛び降りて。遺書なんかはなかったらしいが
たぶん裏切った俺らに合わす顔が無いと思ったんじゃないかな。たくちゃん優しいから。
何で、んなこと気にしたんだよ。脅されたんだろ?俺らの名前なんかいくらでも言っちゃえって。
そんなこと気にしあうような仲じゃないだろ、バカ。


116 :大人になった名無しさん:04/08/30 11:59
この世は無常なり

http://www.shikoku-np.co.jp/news/news.asp?id=20040727000204
岐阜県郡上市大和町の ★東海北陸自動車道★ の平山トンネル(1413メートル)の北側出入り口付近で、
(中略)県警高速隊の調べでは死亡したのは、岐阜県白川村荻町、会社員、山本衛さん(48)、
★▽妻美加枝さん(39)▽長女麻理さん(16)★


http://www.hokuriku.chunichi.co.jp/toyamaoffice/hietsu/index1-4.shtml
「とても不安でした。病院に間に合わないんじゃないかと…」。
★岐阜県白川村の主婦山本美加枝さん(37)★が振り返る。
★十五年前★、真冬二月の深夜に産気づき、夫の車で同県高山市内の病院まで約二時間かけて走った。
「道がしみてて(凍っていて)滑って危なかった」。山本さんは病院に着いてすぐに分べん室に入り、★無事女児★を出産した。
「あのとき ★東海北陸自動車道★ があれば、病院も近くなり、道も安心で、あんなに焦らないで済んだのに

117 :大人になった名無しさん:04/08/30 12:37


       m (^^) m     モミ モミ



118 :大人になった名無しさん:04/08/30 16:24
>>110
。・゚・(つ∀`)・゚・。

119 :大人になった名無しさん:04/08/30 16:44
>116
よく見つけたな。。

120 :大人になった名無しさん:04/08/30 19:20
>>114・115

本気で泣いた。モニターかすんでみえないよ。

先に告白。私はどうしてもどうしてもチショウの子が受け付けないんだ。
ガキの頃のトラウマとだけいっておく。詳しく書くのはスレ違いだから。
だから、読み出しはチショウ話かと思って透明アボンしようとした。
本当にごめんなさい。 読んでよかった。

小人症は本当にある病気。(通称ですが)
でも大概体が小さいだけで頭は凄く良かったりするんだよね。
たくさんは、(私が「ちゃん」というのはしつれいなので)
自殺なさってしまわれたけれど、あなた達が全力で自分を苛めてる奴らに
つかみ掛かっていってくれた事、すごく感謝していると思います。

121 : ◆ssjoUJVw4Q :04/08/31 10:39
     ___    __
    |\   \.  |\   \
    |  \   \.|  \   \
    |   | ̄ ̄|\  | ̄ ̄|
   /\  |    |  \|    |
  /.    \|.     ̄ ̄     |\
  .|          |____/    ヽ
  |.       ●   |    / ●  |  < その後>>27は家に帰り何食わぬ顔をして
  ヽ.         |  /     /     妻の作ったカレーを食べてましたとさ♪
   ヽ、        レ  __/____   
     `''-、、...,,,_...!-‐''' ̄   ̄        ̄~`''ー-.、_ '
       ,,r‐'"      ,r-ー、..,,,,r''""゙`ヽr-、,、_    ~`ー、
     ,r''"     r'~゙ヾ'"          "  ヽ,_      ゙ヽ,
    ,r"      ,r"~                  `'ヽ,、_    ゙:、
   ,i"     r'"                       ゙''j     ゙:,
  ,!     ,i'"   _,,,,,,,,_         _,,,.___,.,  __,、,   "ヽ,    l,
  |    ,r'.;:'"~:::"::::::::::::::~`''''ー―::::'''''"::::::::::::::::~~::::::::゙''"`ー:'''':、   |
  i,   ,r'::r:::::ヾ;::::::::::ヾ;;;;;ソ::、::ソ:::::(;;;;シ:::ヾ::::::,r':,r、:::::::::::::::::::::::::::゙i   ,!
   ゙i  !;:::::ヽ'''::::::::::::::::::::::::::::::::::::::シ:ヾシ:::::::::::::::〉::::::::'''''シ:::::::::::::::::ノ ,:'
   ゙i、 ゙i、:::::::::〈:::::::::ヾ:::::::::::::::::::::::`ー''"::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,r" ,r'
    ゙ヽ、゙ヾ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ーミ;;;:::::::::::::::::::::::::::::::::::,,r'" ,r'
      ゙ヽ、~゙ヾ;:::::::::::::::::::::く:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,,,r''",,r''"
         `ー-ニ_ー--、::::::::::::::::::::::::::::::::::::_,,,,,,r‐'二.:r''"

122 :大人になった名無しさん:04/08/31 17:42
     ___    __
    |\   \.  |\   \
    |  \   \.|  \   \
    |   | ̄ ̄|\  | ̄ ̄|
   /\  |    |  \|    |
  /.    \|.     ̄ ̄     |\
  .|          |____/    ヽ
  |.       ●   |    / ●  |  < その後>>27は家に帰りコンビニ袋から漏らしたウンコを
  ヽ.         |  /     /     ご飯の上にかけてを食べてましたとさ♪
   ヽ、        レ  __/____   
     `''-、、...,,,_...!-‐''' ̄   ̄        ̄~`''ー-.、_ '
       ,,r‐'"      ,r-ー、..,,,,r''""゙`ヽr-、,、_    ~`ー、
     ,r''"     r'~゙ヾ'"          "  ヽ,_      ゙ヽ,
    ,r"      ,r"~                  `'ヽ,、_    ゙:、
   ,i"     r'"                       ゙''j     ゙:,
  ,!     ,i'"   _,,,,,,,,_         _,,,.___,.,  __,、,   "ヽ,    l,
  |    ,r'.;:'"~:::"::::::::::::::~`''''ー―::::'''''"::::::::::::::::~~::::::::゙''"`ー:'''':、   |
  i,   ,r'::r:::::ヾ;::::::::::ヾ;;;;;ソ::、::ソ:::::(;;;;シ:::ヾ::::::,r':,r、:::::::::::::::::::::::::::゙i   ,!
   ゙i  !;:::::ヽ'''::::::::::::::::::::::::::::::::::::::シ:ヾシ:::::::::::::::〉::::::::'''''シ:::::::::::::::::ノ ,:'
   ゙i、 ゙i、:::::::::〈:::::::::ヾ:::::::::::::::::::::::`ー''"::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,r" ,r'
    ゙ヽ、゙ヾ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ーミ;;;:::::::::::::::::::::::::::::::::::,,r'" ,r'
      ゙ヽ、~゙ヾ;:::::::::::::::::::::く:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,,,r''",,r''"
         `ー-ニ_ー--、::::::::::::::::::::::::::::::::::::_,,,,,,r‐'二.:r''"

123 :大人になった名無しさん:04/08/31 19:21
>>121-122
おまいのレスはこっちだな。
http://that3.2ch.net/test/read.cgi/sepia/1075809025/l50


124 :さち:04/08/31 19:45
知障の子ねぇ、 
私が子供の頃近くに居たんだ、「たか君」やっぱり優しかった。
子供会で、張り切って歌ったり明るい子だったわ。
公園で小さい子がころんで泣いた時、一生懸命助けてあげてたり
よく、お母さんと買い物なんかお手伝いしてた。
いきなりの雨の日は、駅で傘を持ってお父さんを待ってたのも知ってる。

数年ぶりに、バスの中で彼を見たのは高一の春、バス通学になれた頃
彼も、バスでどこかの施設に通っているらしかった。
相変らず一人で歌をいきなり歌いだしたりしちゃってる。

降車合図のボタンを、さわってる内に押しちゃって
当然バス停で止まり、その時降りる人が誰も居ないのよね
運転手が「押した方いませんか?」
どこかのじいさんが「こいつだ、こいつが押したんだ!」って怒鳴ってた。

どこかのお母さん、自分の子供に
「親の言うこと聞かないと、ああいうふうになるんだよ」って言ってるのが聞こえた。

「たか君」何も言わない。また歌を歌ってるし。
なんだろう? 私 バスを降りてからポロポロ涙が出てきた。

たかくん、押しボタンを押したとき声が小さかったけど
「すみません、間違えました」って独り言のように言ってたの。
お母さん、それは違うんじゃないですかって言えば良かったのかな?

小さい頃のたか君、からかわれたり 悪口言われた時
一人で歌を歌っていたのを思い出したよ。


125 :大人になった名無しさん:04/09/01 04:58
121は自分だが122は私ではありませんよ?
私の文章がアラシに見えたのなら申し訳ありませんでした。

>124
ごめんなさい。自分でもなんとか過去のトラウマ、克服したいと思ってる。

126 :125:04/09/01 05:06
>>123
すみません!!!私宛のレスだと思ってしまった・・・
121にライブ2チャン登録済みの透明あぼんNGワードが入っていたようで
最初から表示されなかったため
盛大な勘違いを… 重ね重ね申し訳ありませんでした。・゚・(ノД`)・゚・。

127 :大人になった名無しさん:04/09/02 11:40
>>124
あなたも本当に優しい人なんだね。
そういう気持ちをいつまでも大切にね。

128 :大人になった名無しさん:04/09/02 11:40
>>124
あなたも本当に優しい人なんだね。
そういう気持ちをいつまでも大切にね。

129 :大人になった名無しさん:04/09/02 20:45
>>120
ありがとう

130 :大人になった名無しさん:04/09/03 02:42
僕は今まで生きてきた中で親友と呼べる奴が5人いる。
そのうち4人とは今でも連絡取り合っているが、僕が初めて出合った親友Tとはもう
かれこれ12年連絡がとれないでいる。
Tは最高に愉快で優しい奴だった。Tは決して恵まれた環境ではなかったが、いつも
明るくニコニコしていた。そんなTと僕はいつもつるんで遊んでた。
夏休みもあと3日で終りという時だった。いつものように虫網を持ち近所の山を探索していると
Tがいきなり「俺たちはいつまでも友達なんよな。ずっとかわらんよな・・・・」と言い、
僕は「当たり前や、いつまでも友達に決まってるやん!なにいっとんの?」といったまま僕は固まった。
Tが泣いている、大粒の涙をボロボロこぼしながら泣いている。。
「おい、どうしたん?なんね?」Tはただ泣いていた。
僕もそんなTを見て泣いた。Tは「おおきに。ありがとな・・・」と何度も何度も言った。
その夜Tの家族は居なくなった。借金が原因だったらしいことはずっと後に知った。

T元気か?僕達はずっと友達だ、今も変わらない。僕の心の中には真っ黒に日焼けして、やんちゃな笑顔
を浮かべてるTがずっと居る。そしてあの日二人でとったカエル石は僕の机の上に今もあるよ。
なんも知らん人から見たらただの石ころだけど、僕にとっては宝石だ。元気でいることを祈る。
そしていつの日かまた会えると信じてる。


131 :大人になった名無しさん:04/09/08 03:50
消防の頃、
当時の餓鬼大将に頼まれ自分が持っているゲームソフトを売ろうとしてた。
半ば脅迫気味に。
しかし、それを母親が知り、必死に止められた。
金のトラブルに巻き込ませたくなかったのと、
それがきっかけで金ばかり求める人間にさせたくなかったとのこと。
母はこう言った、
「そんなに金欲しいなら、ママがこのゲーム買い取ってあげるから!」

あとから一人で布団の中で泣いた、
自分使えもしないゲームなんか買い取ってどうすんだよ…。

こんな自分は、
未だに学生をしていて、今度は大学院も希望している。
大学院入試にむけた予備校の授業料も払わせてしまっている。
いつまでもすまない、
金を惜しまず応援してくれてありがとう。
必ず受かってみせる。
そして、まだ母が行ったことない海外旅行をいつかプレゼントしたい。

132 :大人になった名無しさん:04/09/11 01:57:31


133 :大人になった名無しさん:04/09/11 18:00:15
 (´;ω;`) 

134 :大人になった名無しさん:04/09/12 04:00:22
家族モノのドラマや番組で、必ず夏休みに旅行に行ったり
遊園地に行ったりする場面がある。
うちは両親の実家は同じ市内にあって車で行けるし、親戚もほとんどが市内か
近県に住んでいたせいか田舎がなく、両親も遅い結婚&子供ということで
休みだからって家族でどこか出かけた思い出がない。
最近になって親がテレビでそういの見て
「うちはどこへも連れていってあげなかったね、友達は家族旅行とか行ってただろうに、
全然親らしいことしてあげてなかったね」
と寂しそうに言う。
家族でどこかに出かけるのが親らしいこと??それは違う。
子供の頃日曜になると普段料理なんかしない父が作ってくれる
野菜炒めがおいしかったし、両親の実家が家から近かった分、
おばあちゃんとの時間を多く過ごせたし、
旅行なんか行かなくても十分楽しい子供時代だった。
他の子が旅行とか遊園地行ったからって羨ましくもなかった。
親には感謝の言葉しかありません。

135 :大人になった名無しさん:04/09/12 07:47:30
>>92
漏れも中の頃同じ様な事あったよ。
でも漏れの場合はこちらは全く理由がわからずに無視されて「ああ… こういう人間だったんだな…」とか思って、こちらも全く話さなくなってしまった。
でも心ではそう思いながらも、何度も仲直りとか一緒に遊ぶ夢をみた…
でもこの前同窓会に行ったらそいつ死んでた。事故死だって。
結局なんで嫌われたかもわからずに行ってしまった。
でも…漏れの人生でそいつ以上の友達は二度と現れなかった。

スレ汚しスマソ。

136 :大人になった名無しさん:04/09/12 15:45:23
あの日、新人で入社したときの事だった。祖母は末期の癌だった。
新人だということもあり周囲に遠慮して休みを取って見舞いに行け
なかった。(病院も場所をしらなかった)
ある夜、珍しく父から電話があり「明日明後日が峠らしい」ということ
を歯を食いしばり連絡してきた。父からみれば、ほとんど女で一つで
育ててもらった(既に故人だった祖父は仕事で家を空ける事が多かった
そうだ)母親だからその言葉が翌日にも残り頭がいっぱいだった。
とはいいながらも、新人だった漏れは有給を取るということもはばかれ
普通に会社にいった。またその日は同じ部署で寿退社する女子社員が3名
いてそんな事一言も言えなかった。夕方、携帯が鳴り父が「もう、危ない
俺はこれから病院にいく!!」といった。寿退社する女子社員が挨拶している
回っている中、一緒に遊んでくれた祖母の事が走馬燈のようになり仕事に
手が着かない状態だった。課長が「何ボッとしてる?」と聞いてきたので
「ここの雰囲気で話したくないんですけど・・・・」と事情を説明したら
課長が「分かった、どうせこの後は仕事にならないから、直ぐおまえは
病院に行け!!まだ間に合うぞ!!」と言ってくれたので、俺はそれこそ
ダッシュで会社を飛び出しタクシーと電車を乗り継いで病院の最寄り駅
までたどり着いた、父に携帯をかけると父が歯を食いしばりながら(多分)
「そこからタクシーでも車と信号が多いし時間がかかるから急いでこなく
ていいぞ」と言った。そうしていても横から叔母や母が「お義母さん!、
お義母さん!」と呼びかけているのが聞こえていた。とりあえずタクシー
に飛び乗り「急いで!!」と運転手に事情を説明すると運転手はギリギリ
のスピードでとばしてくれた。そして不思議な事があった。いくつかの交
差点等を通過する時に信号が全て青(もしくはギリギリで黄色だった)
おかげでノンストップで病院に駆けつけることが出来た。そして、祖母
は叔父、父、叔母、母、俺に声にならない声で「ありがとう」と確かに
言った後に息を引き取った。俺は自分が見た者しか信じない性格だが
あのときは確かに神様がいたのかと思った・・・・。あまり見舞いにも
行けなく申し訳ないと思いながら泣いた。優しかった祖母・・・。


137 :キンマンコ普及促進委員会 ◆vgVIJyBry. :04/09/12 16:29:29
ここでひといき挿れませんか?
わたくし、ふと思ったんです。
似ているんです・・・

福山雅治 と 三屋裕子
神津カンナ と 加勢大周
北陽の虻川 と 細川茂樹
天気予報の森田 と ピーコ
さかなクン と 山崎ハコ
伊藤みどり と ラッシャー板前
永井大 と 李麗仙
松野明美 と 筧利夫
今いくよ と 名倉潤
田中眞紀子 と カータン
瀬戸内寂聴 と 白木みのる
星野仙一 と 京唄子

あと、なかなか見ることはできませんが、
「すっぴんめがねの中島みゆき」 と 鶴瓶

138 :大人になった名無しさん:04/09/14 23:48:14
(^ω^;)

139 :大人になった名無しさん:04/09/15 00:36:05
今から15年くらい前、私がまだ小学生だった時初めて犬を飼った。
うちの近所では犬や猫を飼ってない家がないほどみんな動物を飼っていた。
動物病院もほとんど同じで、ご近所同士で情報交換をしたり
一緒に散歩に連れていったり、本当にみんな仲が良かった。
でも5年くらい前から、近所の犬が病気とか高齢で1頭死に、また1頭死に・・・
死んだ時悲しいからって新しい犬を飼う人もなく、
ついに犬を飼っているのはうちも含めてたった3件だけになってしまった。
そしてとうとううちの犬も・・・
それから2年半経ち、うちでは新しい犬を飼った。
でも近所の一部の人は「前の子が死んでしまったのに悲しくないのか」
「新しい犬を飼うなんて非常識だ、前の子がかわいそうだ」と否定的・・・
私が犬を散歩に連れて出ると、庭にいた近所のおばさんは私を見つけると
逃げるようにして家の中に入って行ったり、わざと雨戸をピシャッと閉められたり。
挨拶しても無視する人までいる(親と一緒だと返事してくれるが)
昔はこんなじゃなかったのに・・・もっとみんな温かくて仲が良かったのに・・・


140 :大人になった名無しさん:04/09/17 01:02:49
( ;';ё;`;)

141 :大人になった名無しさん:04/09/18 09:17:46
>>139
新しい犬を飼うと、前の犬が悲しむなんてことないと思うよ。
『前の犬が悲しむ、可哀想』なんて言ってる人は、自分の犬にそんなに
自信ないのかな、って悲しくなるよ。
自分が愛情をたっぷり注いで育てたって自信があるなら、そんな風に
犬が思うわけないじゃん。性格のいい犬になって、今の犬と飼い主を温
かく見守ってくれるはずじゃん。

ペットって失うと凄く悲しいから、その近所の人達はそういう風に接して
しまうんだろうけど…。その気持ちも分かることは分かるけど…。
何はともあれ、あなたはあなたの犬をしっかり育てていってください。

142 :大人になった名無しさん:04/09/24 00:20:55
 

143 :大人になった名無しさん:04/09/24 01:45:13
田舎育ちのおいら。
みんなと一緒になって色んなことして遊んだ。

あれから十数年、「役人様」になってしまった。
もう、みんなと同じ目線で話せない。
会う機会もない。

裁判所へ、法務省へ通う毎日。
あの頃のダチ、今もどこかで強く生きてるよね。

144 :大人になった名無しさん:04/09/24 02:29:28
泣けないし。
>もう、みんなと同じ目線で話せない。
なんだこれ?

145 :ばあちゃん大好き:04/09/24 03:21:37
誰にも話せないから誰か聞いて。

五ヶ月前かな。おかんが腹痛で救急車で運ばれたんだよね。
もう心配で心配でおろおろした事をはっきりと覚えてる。
結果お腹の中に出来物があったらしく、手術することになったのね。
まあそれは大した事なくて良かったんだけどさ。

問題は家よ。俺も親父も仕事で忙しいし、ばあちゃんの面倒見る人が
いなくなっちゃったわけ。完全にボケてはいないんだけど腰も悪くて
一日中ベットの中。
世間じゃ寝たきりって言うのかな。

どうしようもなくて介護施設に入ってもらうことになったの。
老人同士わいわいやればいいじゃんってその時思ってた。

申し訳ないです。続きます。

146 :ばあちゃん大好き:04/09/24 03:29:47
昔は近所のうるさいババアで有名でさ。
五時になったら公園に迎えにくるんだよ。

こりゃーー○○○ 五時だよっ 早く帰りなさいっ!!!

ってな感じ。恥ずかしくてね。でも嬉しかったのかも。

今じゃそんな面影もなくよたよた歩いてる。
仕事も忙しいし、同じ家にいてもあんまり話すことなんてなかった。
でも敬老の日とか誕生日とかさ。そんなのは忘れずに毎年送ったんだ。
だって好きだからさ。ばあちゃん。

それから会うこともなくなってたんだけど前敬老の日だったじゃん。
その日にはいけなくて二日後プレゼントもってうきうきしながら
車飛ばしてそこへ行ったんだ。

元気かなーって。仲良くしてるかなーってさ。



147 :ばあちゃん大好き:04/09/24 03:36:41
行ったときはちょうど昼で、ご飯タイムだったわけ。
どこにいるのかなーって探してたら介護の人がどなたかお探しですかって
いうもんだから ○○○ の孫ですって言ったんだ。
久しぶりだから喜ぶだろうなーと思ってた。

グループがあるらしくて、結構しっかりしてる人が集まってるところ。
かろうじて自分でご飯食べてますよーってところ。
ご飯も食べさせてもらってる完全にボケてるようなところ。
どこにいたと思う?あのばあちゃんがよ。

最後のところ。

俺が誰だかわかんねえんだって・・・・・泣きたかったよ。
介護のひとがさ、いいわねー○○○さんお孫さんがご飯食べさせてくれるってさ
なんていってんだよ。張り倒そうかと思った。正直。



148 :ばあちゃん大好き:04/09/24 03:48:50
介護の人が悪いなんて事はないんだよ。それは良く分かってる。
評判のいいところだし。きれいなところだよ。
でもさ・・・あのばあちゃんがと思うと悲しくて。

手を握りながらご飯食べさせてあげてたら
やっと俺だって分かったみたい。でも喜ぶ顔はなかった。
ひどい・・ひどいってさ。繰り返すだけ。
みてらんなかったから部屋に車椅子でつれってったんだ。
抱きかかえてベットに寝かせてあげたよ。

持ってきたのは奇麗に包装したハンカチ、巾着、湯のみのセット。
はい、ばあちゃん。敬老の日だよ。おつかれさま。有難うって言ってさ。
そしたらばあちゃんが小声で


できる限りのことをしてくれてありがとう。もういつ死んでもいい。ってさ。


俺は言ったよ。
ばあちゃん。そんなこと言わないで。もっと長生きして一緒に家に帰ろうよ。

後ろを振り返ってもう号泣。泣いた。まじで泣いたよ。
でも分からないようにした。ばあちゃんに心配かけたくなかったから。

実は家族旅行を計画してて、おかんが退院したらみんなで温泉でも行こうって。
でもばあちゃんはぼけでもう感動は味わえないのかなと思うとさ・・・

苦しいよ。悲しい。

149 :ばあちゃん大好き:04/09/24 03:53:44
俺はばあちゃんになにをしてあげられるんだろう。
家に帰りたいってずーっと言ってた。

ばあちゃんが苦しんでるのに俺はなにもできないなんて。

大好きだよばあちゃん。

名前よんでほしいよ。

自慢のばあちゃん。

できるだけの幸せをあげたい。

何をしてあげればいいんですか?

俺はなんて非力なんだろう。

 



150 :ばあちゃん大好き:04/09/24 03:56:10
長々とすいませんでした。こんなことだれにも言えなくて・・・
流してくれて結構です。

ずいぶんすっきりしました。

また明日行こうと思っています。
有難うございました。

151 :大人になった名無しさん:04/09/24 07:28:27
>>143の>もう、みんなと同じ目線で話せない香具師が>>145-150のばあちゃん

152 :大人になった名無しさん:04/09/24 09:52:48
んだな


153 :大人になった名無しさん:04/09/26 14:28:39
良スレage

154 :大人になった名無しさん:04/09/27 00:34:38
>>145-150
君のようなお孫さんがいて、ばあちゃん良かったな。幸せなことだよ。

155 :大人になった名無しさん:04/09/29 21:11:08


156 :大人になった名無しさん:04/09/30 23:19:34
(´;ω;`)ウッ

157 :大人になった名無しさん:04/10/01 21:44:16

  (〜g〜)

158 :大人になった名無しさん:04/10/05 02:58:23
>>110
哀しいはなしだなぁ・・・。
最期に交わす言葉って、案外普段どおりの会話なんだよね(涙)

159 :大人になった名無しさん:04/10/05 03:16:44
子供の頃、近くにボロボロの鉄工所があった。そこには裸ん坊の小汚らしい
ガキがいて子供心にバカにしていた。今思えばあの一家、生活が随分大変だ
ったように思う。まもなくどこかに引っ越してしまったけど、今ではあのお
父さんもおじいさんになっているだろうし、あのガキもいいおっさんになっ
ているはず。そこは随分景色が変わってしまってしまったが、目をつぶると
あの頃の影像がくっきりと浮かんでくる。

160 :大人になった名無しさん:04/10/07 23:34:34
(´;ω;`)ウッ

161 :大人になった名無しさん:04/10/08 04:41:09
ぼくとかみさんの出身は同じ都会の下町で、今は色々ないきさつで遠く離
れた田舎に住んでいる。かみさんから良く小学校の頃の同級生の話を聞い
ていた。結構大きな建設会社の息子で、いつも一緒に残されて給食を最後
まで食べさせられていたそうだ。妹が生まれたとき「赤ちゃんを見せてね」
と良くその子の家へ遊びに行ったらしい。家はりっぱな3階建のビルでセ
ントバーナードも飼っていたという。中学校からは疎遠になり高校は別の
学校に進み、その後は一度も会っていないとの事。

ある日うちのお得意さんと話していたらどうやらその人はぼくと同じ下町
の出身らしかった。父親が大規模に建設会社を経営しておりその人も三男
ながら父、兄ともに同じ会社で働いていたという。従業員をたくさん抱え、
順調に経営がなりたっていたが、父親が知り合いの保証人を請け負ってい
たためにそのあおりで倒産してしまったそうだ。その後一族はバラバラに
なり、そのお得意さんも今ではいっかいの中小企業の従業員。父親が盛大
に事業をしていた頃の話を遠くを見るような視線で話していた。

家に帰ってその話をかみさんにすると、どうやらそのお得意さんの話、こ
こで最初に書いた同級生の家の話と妙に一致する。会社名も同じ、町名も
同じ、苗字も同じ。次にそのお得意さんが来たときに確認をするとやはり
間違い無かった。そのお得意さんはかみさんの同級生のおじさんだった。

遠くはなれた田舎で偶然の出会い。何か不思議な人と人との縁を感じる。

162 :大人になった名無しさん:04/10/08 09:42:52
あーなんかこのスレ開いてるだけで泣けてくる
俺も知らないうちにいっぱい人傷つけてたかもしれん
でも自分のことしか考えられないガキだったから気づけなかったよ
もう気恥ずかしいとかいってる場合じゃないな
一人一人の人達と誠実に付き合おう
感謝の気持ちを出し渋るのもよそう
立派な職業についてばあちゃんにも喜んでもらうぞ 
今は下積みだけどがんばる

163 :大人になった名無しさん:04/10/08 11:56:25
あーなんかこのスレ開いてるだけで笑えてくる
俺も知らないうちにいっぱい人笑わせてたかもしれん
でも自分のことしか考えられないガキだったから気づけなかったよw
もう気恥ずかしいとかいってる場合じゃないなw
一人一人の人達と誠実に付き合おうw
笑いたい気持ちを出し渋るのもよそうw
立派な職業についてばあちゃんにも喜んでもらうぞw
今は下積みだけどがんばるw

164 :大人になった名無しさん:04/10/09 01:27:24
>>163
2点

165 :大人になった名無しさん:04/10/11 07:11:28
自分の高校のときの思い出。

自分が中学のときに、前々から苦しかったこともあったけど、正式に自分が心臓病だってことが診断でわかった。
そして、その心臓病は父親からの遺伝だった。
おそるおそる、自分の病気のことをネットで調べたら、突発死の可能性がありってことがわかった。
俺は父親のことを恨んだ。4つ上の兄は平気なのに自分だけが病気を移された。
それこそ絵に描いたような反抗の言葉を言ったよ。
自分がそういうことを言うことでしか保てなかった。
「生んでくれなんて頼んでねーよ。」
「お前らの勝手で生んどいて俺は苦しんでるんだ。」
「俺はお前らを敵としてみてる。」

父親は、その度にただただ俺に謝った。
「スマンな・・・。」

今思えば俺より辛かったのは父親じゃないのかと思う。
自分のせいで、子供が苦しんでるって責任感じてたんだろうな。

結局父親は、俺が高校のとき死んだ。
やっぱり、心臓発作だった。

だけど、親父本当は俺親父のことを恨んでなかったんだよ。
本当はすごい大好きだったんだし、今でも平気で俺は生きてるんだよ。
親父の子で本当に良かったと思ってる。

あの頃親父に言った数々の暴言を今は後悔してる。

長文スマン


166 :大人になった名無しさん:04/10/11 20:43:27
お父さん、お母さん。
こんな私の親でいてくれて、本当にありがとう。
今でもよく親子喧嘩するけど、
後で必ず「どうしてあんな事、言ってしまったんだろう」って
かわいそうになってくる。
子供の頃から意地っ張りだった私だけど
本当は何よりもお父さんとお母さんの事が大好きで
自分の命以上に大切に思っていたよ。
口では「大好きだよ」とは言った事ないけど
お父さんとお母さんのためなら私、死ねるよ。
小さい頃からデキの悪かった私のために
苦労させましたね。
何一つ親孝行した事がなかったし・・・。
今は後悔でいっぱいです。
もう一度一緒に暮らして、今度こそ満足な生活をさせてあげたいです。
バカでどうしようもない娘で本当にゴメンね。

167 :大人になった名無しさん:04/10/12 01:10:00
「反省はしても後悔はするな」
失敗しても反省して、次やるときは失敗するな。
後悔しても過ぎたことは変わらない。

じいちゃんがよく言ってた(うろ覚え)。


168 :大人になった名無しさん:04/10/12 03:04:00
ウチは母子家庭で貧乏で、一人息子の自分は幼い頃からの惨めな生活に耐えられずに母に冷たく当たってきた。今では一日に交す会話は一言二言、それでも母は俺が昔プレゼントした湯呑みを使ってくれている。かあチャン優しく出来なくてゴメンな…

169 :大人になった名無しさん:04/10/12 03:26:07
中学のころにアメリカに住んでいた。
そこで俺に特に優しく接しくれた女の子がいた。
両思いだったのにクソガキだった俺は照れと何をしていいのか
わからない不安に駆られていて自分の気持ちを隠して気づかない振りを
していた。結局、そのまま日本に帰ることも告げずに帰国。
日本に帰って、自分はなんて馬鹿なことをしたんだろうと後悔の気持ちと
どうせ別れることになるしという諦めの気持ちが入り混じった。
それの頃から自分は人を傷つけることしかできないとおもうようになり
(実際何度もそうなったのだが)人を好きになることを極力避けた。

その子を探してもう一度話しをするのが夢の一つです。
多分、それまで人を本気で好きになることはないでしょう。

170 :大人になった名無しさん:04/10/12 04:22:02
ところで、なんで良いヤツに限って、早死にするんだろうな。
俺も8年前、親友を失ってる。
高校1年の時にその親友が死んだとき、自分でも信じられないくらい
泣いた。忘れもしない夏休み間近、月曜日の全校朝礼。
ハゲの校長が壇上に上がって、しばらく沈黙したあと、
しゃっくりまじりの声で俺ら生徒に前日の訃報を報告してきた。
その報告を受けた瞬間、俺は学ランを頭にかぶせて大声出して泣いた。
つられて泣いてるやつの鳴き声がいろんな角度から聞こえてた。
俺はもともと無口な方でいわゆる「クールなヤツ」って周りから言われてた。
そんな俺が大声出して泣いてるのがみんなには衝撃だったかもしれん。
すぐに担任のセン公がかけつけてきて、俺を抱きしめて一緒に泣いてくれた。
通夜の時、朝の出来事を誰かに聞いたらしく、親友のかあちゃんも
俺を抱きしめてくれた。小さな声で「ありがとう、アンタみたいな親友を
もてて、あの子は幸せ者やった」って言ってくれた。俺はまた泣いた。
それから何度か女子に告白された。理由は全校朝礼の出来事で
心が打たれたんだってよ。そんなもんこっちは望んでないんだよ。

つーか、なんで良いヤツほど早く死ぬんだろうな。

171 :大人になった名無しさん:04/10/12 04:41:02
>>170
想像したら泣けてきた。
ただ
>それから何度か女子に告白された。理由は全校朝礼の出来事で
>心が打たれたんだってよ。そんなもんこっちは望んでないんだよ。
これが余計だった。

172 :170:04/10/12 04:49:07
告白してきた女の中で、ずっと好きだったヤツがいたんよ。
そういう出来事の上で告白されたのがオレ嫌やった。
文章書くの下手やけんね、オレ。

173 :大人になった名無しさん:04/10/12 13:17:08
>>168
こんなところに書き込みしてる暇あったら親孝行でもしてこい。
>>170
そんな女どもは断って正解。

174 :大人になった名無しさん:04/10/12 19:10:24
>>172
そういう意味か。
そりゃちょっとアレだな…

175 :大人になった名無しさん:04/10/12 19:12:00

やべ、また泣けてきた
涙腺ガバガバだぁ…
あー嫌だ

176 :大人になった名無しさん:04/10/13 15:04:29
age

177 :大人になった?名無しさん:04/10/13 19:11:19
全然泣けない話&乱文ですけど(汗)

私が小学校のころ飼っていたハムスター(ジャンガリアンという種類)の話です。
当時私はその子にいたずらばかりしていました。
それでもその子は元気で、ちょっとドジなところがかわいかったんです。
普通ハムスター(↑の種類)は3年生きれば長生きらしいです。
いつもいつも元気な姿を見せてくれていたので、
『私は3年なんて余裕で生きちゃうんじゃないか』
なんて思ってました。
でもやっぱり寿命には勝てないんですよね。
だんだんと弱々しくなっていって、小屋の外に出ている姿をほとんど見なくなりました。
でもある日、ものすごく元気に走り回ってるその子がいたんです。
ケージの中で忙しそうに走り回り、目が見えないのか途中でぶつかりながらも…
あんなに元気だった姿は初めて見ました。
でも次の日…その子は小屋の中で丸まって、冷たくなっていました。
幸せそうな顔で眠っていました。
もうすぐで3年目という日を目前にして…
きっと、亡くなる前に私達家族に元気な姿を見せたかったんでしょうか。
あの時のことは今も覚えています。

○○ちゃん…いっぱいいたずらしてごめんね…
あなたは言葉を話せず、理解もできない『動物』だったけど、
私達にとっては『家族』だったよ。
あなたにとっての2年と11ヶ月が、幸せな日々であったことを願ってるよ。
私達に、たくさんの笑顔をくれてありがとう。

178 :大人になった名無しさん:04/10/15 00:14:20
小2の頃じいちゃんが死んだ
直ったらディズニーランドに行こうって約束してたから
入院してても私はじいちゃんが死ぬとかはまったく思ってなかった
本当に直ると思ってた

じいちゃん子だった私は父さんと一緒にゼリーを買って病室いったのを覚えてる

「病院行くよ」
って言われたときを今でも鮮明に覚えてて
そんなにえらいこととは思ってなかった
夜だったので、私は病室に入って、少しうとうとしていて
いつの間にかじいちゃんはうごかなくなった
私はまだ死んでないじいちゃんの手を握らされた
私はまだよくわかっていなかった
母さんは手を握りながら泣いていた

それで「ピー」と機械が鳴って
皆が泣い、やっと気づいた
『じいちゃんディズニーランドいこうよーたが』
それしか思えんで悲しいというより悔しかった


葬式の日は泣いた
でも少ししか泣けなかった
死がよくわからんかった

最近になって聞いたけど、じいちゃんは戦後に凄く皆に優しくしてたらしい
すごく人情味があふれてたらしい
それで、昔じいちゃんに優しくしてもらった人とかがいっぱいきていたらしい

それ聞いてじいちゃんとの思い出がよみがえって泣いた

全然泣けないけど自分にとっては号泣でつた



179 :大人になった名無しさん:04/10/17 18:48:36
ぐすん…

180 :大人になった名無しさん:04/10/19 02:04:59
>>143
俺は泣けたぜ!!
っていっても俺の場合ちょっと違うけど。

俺は東京出て漫画家になりました。
でも同窓会の時のみんなの反応が.....。
「生き方が違う」「住む世界が違う」あげくには「収入が違う」なんて言われる始末。
俺は何も変わってないよ。昔っから漫画好きだったじゃん。
描いて、みんなに見せてあげてたじゃん....パラパラ漫画だったけど....。

進んだ道でこんなにも溝ができるとは思わなかったよ。


181 :大人になった名無しさん:04/10/19 02:42:23
>>180
ネタだろうけど誰?
って本物だったとして答えるわけねーかw

182 :大人になった名無しさん:04/10/19 19:09:01
昨日電車で10歳くらいの男の子がおじいさんに席を譲った時、
おじいさんが「ありがとう、お母さんに教わったのかい?」て聞いてた。
そしたら男の子が「いっぱい良い事したらお父さんが帰ってくるの」って言った。
近くにいた俺ら、まじでみんな目潤んでた。

てか、どういう状況か、この際想像に留めておこうムードが漂ってて、
おじいさんもそれ以上の言葉は言わなかった。

俺もちょっと泣いた。

183 :大人になった名無しさん:04/10/20 23:02:34
>>180
なんだそりゃ?・・・そいつら痛過ぎるぞ。
一人や二人ならそういう奴がいても分からんでもないが、
全員がそういう反応をしたってのは想像もつかん。
つーか社畜の分際で何をほざくか、と。

184 :大人になった名無しさん:04/10/20 23:21:47
>>183
卑屈になってる奴に、〜の分際でっていう言い方はちょっと意味不明なんだが。

185 :大人になった名無しさん:04/10/22 03:04:40
娘が小学生の頃、同級生に中国人の女の子がいた。日本語がまあまあできたみたい
だが、友達を作るのが難しかったらしく、娘と遊んでいるときでも「ごめんね、ご
めんね」というのが口癖だった。両親は近くの工場で働いていたが、住まいはその
工場の敷地内にある粗末な住宅だった。うちにちょくちょく遊びに来ていたが、一
度かみさんがお昼に味噌汁や簡単な食事を作って出したら、ものすごく珍しがって
食べたそうだ。恐らく日本の家庭料理をまだ一度も食べたことがなかったらしい。
携帯電話で良くうちの娘に「一緒に遊ぼ」って電話がかかって来たが、うちの娘は
習い事が多くて断ることが多かった。

ある日家族4人で長野県の善光寺へ行のに、その子も誘おうという話あったが、う
ちの母も一緒に行くことになって結局誘う事はできなかった。道中、うちの携帯電
話にその子から例によって「一緒に遊ぼ」って電話がかかってきたが、何か複雑な
思いがした。しばらくしてその家族は山梨県の方へ引っ越して行った。あれから何
年も経ってしまい今ではその子も中学生。善光寺へ連れていってあげられなかった
事が今でも心残りです。

186 : ◆0ACaLcD.Ek :04/10/22 15:48:06
>>185 どこで泣けばいいの???

187 :大人になった名無しさん:04/10/23 03:06:46
親父が脳出血で倒れた。親父は家族誰一人理解できていないみたいだ、
いやもうできはしない。まるで赤ちゃんだ。私は正直これからの生活のこと、
お金のことを考えた。涙はでなかった。でもその日友達との約束は断った。
震える声だった。親父にもっとやさしくしたかった。尊敬しているといいたかった。
本当に後悔した。お酒、一緒に飲みたかったな。でも他人の目がすごく嫌だ。
無関心なくせに、なにもできないのに、でもみているその目が。愛する人を
失す痛みが分からないのか、私をみて幸せを確認するのか。
「人の痛みが分かるよ」って言うFさん。でもその後「君は悩み事なさそうで
いいね、いつも笑顔で楽天的だね」って言う。私はFさんが嫌いになってしまった。
そんな私に母は知ってか知らないか、親父との関係は以前よりいいと言う。
喧嘩しなくていいし、愛してるっていってくれるからって。親父はろくに物も
いえないのに。

親父と母のアルバムをみた。同じ高校でお互い眩しい位笑ってる。
そして現在の私と同じ年齢で結婚した。アルバムの中の二人はとても幸せそうだ。

188 :おさかなくわえた七資産:04/10/23 14:00:59
>>187
うちの義母は脳出血でも意思疎通取れるからまだましなのかなぁ(´・ω・`)ショボ
でも187さんさ、他人だって同じような悲しみや痛みを抱えて生きてるかもしれないんだし
一概に自分の殻に閉じこもってしまうような考え方はしない方がいいとも思うよ。


で話変わるけど、友達の話

社会人云年目、3週間の研修で一緒になったクラスは結構仲が良かったので、
たまに集まって飲んでたりした。んで2次会は銀座のソニータワー近所のこじゃれた
バーでそのうちの数人でさらに飲んだりしてた。その2次会で一緒だったうちのある
女の子は、新宿のオペラシティー勤務の子で話が面白くて楽しかった。ただ体調が
悪いときがあって何度か入院してた、ってことだったけど、見た限りではそれほど
でも無いなぁ と思ってた

しばらくたってある日、別の女友達からその女の子が亡くなった、というメールが来た。

乳癌だったこと、本人は実はそう永くない事を知ってたけどそれでも精一杯生きる決意を
してたことも後で知った。うちらが見てた彼女はその精一杯生きてた姿だった訳で……
あとどんなに若くても癌って死に至る病なんだと言うのを思い知らされた(´・ω・`)

その後、オペラシティー近辺に出張で行く度に”あの子はもういないんだ”と思うこと度々
んで妻には定期的に乳癌検査行くようにさせてたりする

189 :大人になった名無しさん:04/10/24 07:05:03
新潟地震も後にセピアな泣ける話になるんだろーな。。。。。。。

190 :大人になった名無しさん:04/10/25 12:20:19
なるわけねーだろボケが!!

191 :大人になった名無しさん:04/10/30 05:25:26
age

192 :大人になった名無しさん:04/10/30 13:58:51
>190
かわいそうな奴だな。

地震には関係ないが、俺には兄さんがいた。
その四つ違いの兄さんは、俺が二歳の時に車に轢かれて死んだと聞かされた。
俺もその場に居合わせたらしいが、ガキだったからか何も記憶していない。
やがて俺は12歳になり、小学校を卒業。その春休みに俺は祖父の家に遊びに行った。
祖母と会話をしていた時、祖母が「○君(兄)も生きてれば高校生になってたのね」と漏らした。
そして、俺に事故当時の話をしてくれた。

事故の現場は祖父の家付近の細い道路で、事故が起きたのは祖母・母・兄・俺の四人で散歩をしている時だった。
当時ガキだった俺は勝手にさっさと進んでいき、T字路の主道路に出た。
その時俺は、自動車が近付いてくるのに全く気付かず、一番乗りだとはしゃぐだけ。
俺を追いかけてきた兄はそれに気付き、走ってくるなり俺と車との間に仁王立ちになったそうだ。
そして運転手は急ブレーキを踏んだが止まりきれず、兄さんは轢かれた。

俺は家へ帰り、子供部屋を漁ってみた。俺を庇って死んだ兄さんのことを少し知りたくなったからだ。
やがて押入れの中から出てきたのは、一冊のファイル。
『みんなの夢』と題打たれたそのファイルは、兄さんが年長のころの文集だった。
兄さんのページには、へたくそな歪んだ文字でこう書いてあった。

「ぼくのゆめは、ジャウレンジァーエローになることです。
いいことをいっぱいして、ひとをいっぱいたすけて、ジャウレンジァーになりたいです。」

兄さん、あんたは立派なジュウレンジャーだよ。
サーベルタイガーでも大獣神でも一人で操れるよ。バンドーラなんかにゃ絶対負けねぇよ。

関係ないが、今俺は俳優を目指している。
休日の朝7時にテレビの中で正義を唱え、それを見て兄さんのように、人を守ろうとしてくれる子供が増えてくれることを願って。

193 :大人になった名無しさん:04/10/30 15:17:14
>かわいそうな奴だな
偽善ヒーロー目指して頑張って下さい。

194 :大人になった名無しさん:04/10/30 23:47:25
>>192
最初の1言が余計
勝手に兄さんの形見でシコッてろ

195 :大人になった名無しさん:04/10/31 22:14:43
てすt

196 :大人になった名無しさん:04/11/01 03:05:50
>145-150
読んで、思わず涙が出ちゃいましたよ。
でも、俺の場合は感動じゃなくて、悔し涙だったけど。
ちょっと懺悔の意味を込めて告白させてください。

今から7年ほど前、高2の時、優しかった祖父が癌でなくなりました。
病院で治療してたんだけど、俺はあんまりお見舞いとか行かなかったなあ。

そのときは、すぐに治ると思っていたし、なんか会うのが照れくさかったし、
正直行くのがめんどくさかった。だって、また一緒に出かけられるんだから
そうちょくちょく行かなくてもいいんじゃないかって軽く考えていた。

でも、現実はそう甘くないなって感じで訪れて、祖父はクリスマスの時期に
なくなってしまった。あんなに、祈ってたのに、叶わないなんて・・・神も
仏もねーじゃんかって勝手に怒ってました。

母は、祖父は孫に会うとエネルギーみたいのがもらえるから、お見舞いに
行きなさいって言ってたけど、2回しか行かなかった。これじゃあ、叶う
願いも叶わないですね。

いっぱい愛情を注いでくれた祖父に、申し訳なくて、申し訳なくて、
だんだん冷たくなっていく祖父におもわず頭を下げた。涙がいっぱい出てきた。
すごい、みっともない泣き方だったと思う。
あと、ちょっとだけ続きます


197 :大人になった名無しさん:04/11/01 03:25:45
196の続き

で、確かイブに葬式をしました。ケーキをたべなかったので覚えてます。
葬式前に親族が集まるんだけど、寺に入ると遺影が見えて、涙が出ました。
他の人に見られないようにしてたけど、ばっちりみられてた。

葬式の途中、司会の人に祖父の名前が呼ばれて、そこでまた泣いてしまいました。
俺は、おじいちゃんにあんなに愛してもらっていたのに、なのに俺は・・・って
感じでした。

俺は、しばらくの間おじいちゃんの遺影をはっきりと見れなかったです。というよりも
会わせる顔がないって感じでした。

いま、俺が出来ることは、墓をきれいにしてあげられるだけです。
ほんとは、もっと一緒にいて、話したかったな。そして、お見舞いに行かなくて
ごめんなさいって言いたい。もう無理だけど。

長々と駄文で、すみません。特にオチのない話でしたね
これからは、あまり後悔のない人生を送りたいです。


198 :大人になった名無しさん:04/11/01 09:12:42
最近このスレを読み始めて、そんな親孝行した事ない俺は
出来る事からやろうとおもって、家の掃除をしたよ。
掃除機かけたり洗濯したりさ。

俺が小3の時、両親が離婚して父親と二人で暮らしてるけどさ
親父魚屋で、築地行ったりしてるから朝早いんだ6時起床とか。

ここでしか言えないけどさ、
「この時季になると手が腫れてるよなスゲェ心配だよ。
それと仕事で疲れてるのにメシ作ってくれてありがとう。
あんまり無理しないでね。」


スレ汚しごめんな。

199 :大人になった名無しさん:04/11/01 09:26:08
僕も君たちの中のセピア色になるからね

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200 : ◆2fZOU8VKIA :04/11/01 09:27:19
冥土の土産に200ももらっとくね
          Y⌒''''|'"⌒`⌒⌒'ー、_/   》
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201 :大人になった名無しさん:04/11/03 03:18:02
保守

202 :大人になった名無しさん:04/11/06 04:17:16
保守

203 :大人になった名無しさん:04/11/10 12:15:45
ほす

204 :大人になった名無しさん:04/11/14 20:03:30
ゝ(;´З`)ノ

205 :大人になった名無しさん:04/11/16 23:12:29
3年前の夏の終わりの朝、仕事へ行く準備をしている時に親友から電話。
「Mが死んだ・・・昨日の夜中バイクで事故を起こして、今朝・・・」
Mは中学からの親友だった。実感が沸かなかった。嘘だと思った。朝の忙しい時にくだらない嘘。
それでも、俺はサラリーマン。仕事に行かなければならなかった。
頭の中にはMの事しか浮かんでこない。
出勤後しばらくして死んだMの携帯から電話がかかってきた。
「なんだ、やっぱ嘘だったんじゃん!」そう思い電話を取る。
「Sさんの携帯でよろしいですか?」見知らぬ女の声。
「Mが亡くなったって聞きましたか?」
いきなり現実を突き付けられた。本当に死んじゃったんだ・・・
仕事柄車での移動もあり、一人になる度に涙が溢れ出た。
夜、親友3人とMの家へ。そこには今にも起き出してきそうなMが居た。
何も考えられない。ただただMの顔を見つめるだけ・・・3人で泣きながら朝まで飲んだっけ。
仕事を休み親友3人と火葬場まで行った。通夜には知ってる顔も結構いたが、今はさすがにいない。
火葬中、待合室で待っている時見知らぬ女性が声をかけてきた。
「Mのお友達ですか?」それはMの彼女だった。
彼女は俺等に紙を差出し、「この中に名前のある方達ですか?」って聞いてくる。
親友がそれを受け取り見るやすぐにうつむき、紙を俺に渡す。
そこには、知らない電話番号や名前が会社や友達などのフォルダ毎に書かれていた。
俺等の名前を見つけた時、すぐに俺もうつむいてしまい、涙が溢れ出た。
俺等の名前のフォルダそこには

『ベストフレンド』

と書かれていた。
M、お前のおかげで俺等は本当にベストフレンドになれたよ!ありがとう!













206 :大人になった名無しさん:04/11/17 01:24:58
良い話だけど紙とフォルダってのが結びつかなくてピンとこない。
どういう意味?
携帯電話のことじゃなくて?

207 :大人になった名無しさん:04/11/17 10:29:34
二十歳で自分の娘が生まれて初めての年末。
田舎に住む祖父母の家まで里帰りをした。
お婆ちゃんは既に寝たきり・痴呆で、人の区別も出来ないくらいだった。
毎年年末年始には帰っていたが、
お婆ちゃんのお見舞いなんて最初と最後の日ぐらいしかしなかった。
行っても何も判らない。
会話も出来ない。
ただボーっとしているお婆ちゃんの世話をするだけ。
その空気が妙に心の中でモヤモヤするのが嫌で、
毎日見舞いに行くなんて事はしなかった。

あの日もそう。
旦那を東京に置いて来たので、
正月は家族で過ごす為、私は31日に娘と二人で帰る予定だった。
駅へ向かう前に、1度くらい曾孫の顔を見せなきゃと思って見舞いに行ったが、
ちょうどお婆ちゃんは寝ていて起きる気配もない。
「あーあ寝てるわー(笑)しょうがない、行かなきゃ。またねバァバ。」
まだバイバイも出来ない娘の手を取り、無理矢理バイバイさせて、
私達は病院を後にした。

そして2週間が過ぎた時、お婆ちゃんは亡くなった。
今までろくに顔を見せにも行かなかったし、
ずっと入院していたから思い出ももう記憶の奥底で眠ってた。
だから悲しさや寂しさは無く、
元々明るい前向きな性格の一族であるのも加えて、
葬式の準備も本番も、私を始め、誰一人泣き崩れたりはしなかった。

でもお寺さんに向かう為、家を出る前の挨拶の時。
お爺ちゃんがみんなに思い出を語り始め、
私の母が遂に泣き出した。
順にみんなが泣き出した。
そして私も・・・

どうしてあの年末、もっと曾孫の顔を見せに行かなかったんだろう。
あんなギリギリな時間に行かないで、
朝ご飯の時からお爺ちゃんについて行けば良かった。
私なんかは前に見てるから良いんだよ。
多少なりとも思い出は有るんだから。
でも曾孫の顔を、お婆ちゃんは一度も見る事なく天国へ行ってしまった。

ごめんね。
私がもっと先の事を考えていれば良かった。
「来年もまた来るし」なんて軽い事言わなければ良かった。
もっともっとお婆ちゃんの事を考えてあげれば良かった。
生きてる内に曾孫まで生まれたよ!って驚かせてあげたかった。
本当にごめんね・・・

その後娘が明後日の方向を見て笑ってる時があったけど、
あれはお婆ちゃんだったの?
そうだと良いな。
見飽きるまで曾孫の顔を見て、どうかいつまでも見守ってあげてね。
お願いね。

208 :大人になった名無しさん:04/11/18 02:52:42
小学校低中学年時代癇癪(火病)ばかり起こして浮いていた自分
その後高学年以降教師に虐められる。
テストも受けさせてくれないので成績は全科目1
小学校では中学は何とか特殊学級入れても、将来は施設行き確定と職員の間で言われていた。
その後中学校でよい教師に恵まれ転機が訪れる。
中学校ではそれなりの成績で卒業で。
高校は地元の下位進学校へ。
下位の進学校だから荒れまくりで高校では女友達しかできなかった。
その後予備校で2年間隠居生活を過ごし、見事早大合格
小学校の時の知人に久しぶりにあったら「あんなボーダーが今は早稲田って事は努力したんだね」と言われる
自分のクラスの教師主導の虐め事件の関係者が「お前のために同窓会だけは阻止してやる」って言ってくれた。
みんなが自分の味方でいてくれたという事が嬉しかった。
ここでみんなに礼を言う「ありがとう」


209 :大人になった名無しさん:04/11/23 03:25:50
>>114
泣けた

210 :大人になった名無しさん:04/11/23 07:34:03
今年の2月にさ、中学でツルんでた友達が亡くなったのよ

高校で別々になってからは全然会ってなかった
けど、中学ん時は3年間同じクラスでバンドも組んだしバカみたいな事もやった
ワケわかんねー事で笑ってた中学時代が、生きてる中で1番楽しかった

最近は仕事に追われる毎日で、学生時代の仲間と連絡取る事とか全然なかった
その日もいつもと同じように仕事が終わってコンビニの駐車場で一服
突然見知らぬ番号から電話があった
いつもなら登録してない番号は無視してるんだけど、その時は無意識のうちに電話で出た

相手は中学ん時の同級生
最初は「おー久しぶり」とか「元気?」みたいな会話
何年も連絡取ってない相手からだし、「いきなりどうしたのよ?」って聞いてみた
すると、「Kの話聞いた?」と返事
俺「いや、中学以来あってない。どした?」
電話相手「亡くなったって連絡来たけど、本当?」

その時は、「は?冗談だろ?どうせまたドッキリで皆集めて飲み会でもやるんだろ」
友達も同じ考えだったらしく、その日は集まる日を聞いて話は終わり。帰ってすぐ寝た

通夜って言われた日、半信半疑って言うか同窓会って感じでKの家に向かう
Kの家に近づくほどに不安な気持ちになる、「まさかな・・・」みたいな

Kの家の周辺は普通の景色ではなかった
「K家」って書かれた看板とか黒服で歩く人とか、自分の心を追い詰めるには十分な証拠がいくつもあった

Kの家に入る。人がいっぱい居た。でも真っ先に目に映ったのはKの写真
その時は涙は出なかった。まだ信じてなかったから。信じられなかったから
Kの母親が泣いてるのを見ても、親戚の人達が一言も話さないで座ってるのを見ても信じることが出来なかった

211 :210:04/11/23 07:35:20
210の続き

線香上げてKの部屋へ。知った顔が並んでる。中学の同級生達
Kの部屋はとっても静かだった。昔と殆ど変わってないKの部屋
いつも通りKの机にはKの好きだったミルクティがある。壁にはKの好きなhideのポスター
バンド組んでた仲間も皆いる。でもKだけはそこにいない。
そこで俺は泣いた。大きな声で泣いた。
Kの親戚が居ようが同級生の女の子がいようが誰が見てようが関係なかった

Kは自殺だった。あんなに仲良かったのに助けてあげれなかった
もし1度でも中学で別れた後に連絡を取っていれば相談に乗ってくれたのか?
もし、相談に乗ってほしいって言われたとして俺はちゃんとKを支えてあげれたのか?
hideが亡くなった時に、「まだ死ぬには若過ぎるだろ」とか言って本気で泣いてただろお前
悲しむ人がいるうちは何があっても死んじゃいけないって言ってただろ

その日の帰り道に1人が、「久しぶりだしカラオケ行こうぜー」って言った
はぁ?こんな時によく言えるなって俺は思った。けど、乗り気なやつが結構いる
俺は反対したけど、「生きてりゃ死ぬんだから、仕方ないべ?だからその前に遊ぶべき」って言われた

その時俺は友達ってのが信じられなくなった。その通夜の時に泣いた男は俺以外に1人だけ
それはまだいい、泣くのが普通だなんて思っちゃいない。その後に笑顔で遊びに行くのが俺には信じられない
こんな奴らと遊んでたなんて思ったら本当にショックだった

皆の話を読んで、自分の体験も書きたくなったので書き込ませてもらいました
家族や友達が突然いなくなる。これほどつらい事は他にないと思います

長文・駄文失礼しました。

212 :大人になった名無しさん:04/11/27 04:25:18
人が死ぬ話ばっかりだな。
安易だ。

213 :大人になった名無しさん:04/11/27 10:21:48
今日久しぶりに父の夢を見たので書き込みます。
私の父と母が離婚してしまったのは今から7年前、私が8歳の時でした。
急に東京から埼玉の母方の実家へ引っ越すことになり、祖父や祖母が大好きな私は戸惑ったものの嬉しさもありました。
しかし、実家へつくと私と四つ下の妹は2階の部屋へ連れて行かれ、父と母と祖父だけが下の居間に残りました。
ませた子供だった私は、この時点で二人が離婚する、とうすうす気付いてました。
2時間ほどの話し合いもやっと終わり、私は妹の手を引き玄関まで父を見送りに出ました。
父は目を少しうるませて

214 :大人になった名無しさん:04/11/27 10:27:26
「ごめんな。」
と小さな声でいいました。私が泣いては母が悲しむと思い、涙が出そうになるのを必死でこらえました。
私の頭を優しくなでてくれた大きな父の手の暖かさが今でも忘れられません。


215 :大人になった名無しさん:04/11/30 16:02:06
>>212
命の重さを知らないから言える言葉だね

216 :大人になった名無しさん:04/12/09 00:26:27
age

217 :大人になった名無しさん:04/12/09 18:57:09
高校生の時いじめられてた。いじめられったって言っても暴力を振るわれたことはなく、陰口とか無視とか、そんなんだった。
次第に中学時代に仲良かった友達も敬遠するようになり、その旧友からも陰口を言われようになった。
中学時代、明るかった俺には、高校生活とのギャップが苦しく、どうやって仕返しするかということばっかり考えて怒りを紛らわしていた。
でも一人だけ俺に話しかけてくれるヤツがいた。そいつは中学校の時、一年間だけクラスが同じで、たまに話すっていう程度の友達だった。
そいつは、俺がうつむいて寝た振りしていると、よく話しかけてきてくれた。俺はうれしかった。
中学の時の仲良かったヤツは離れてったのに、たまに話す程度のそいつが、俺に話しかけてくれた事が本当にうれしかった。
一時期、高校を中退することも考えたけど、そいつが居てくれたお陰で無事卒業できた。高校生活はそんなに面白くは無かったけど、親友ができた。
今は二人とも予備校はちがうけど浪人生。
そいつが困ったとき、今度は俺が力になってやりたいって思ってる。

長文、駄文、すみませんでした。

218 :大人になった名無しさん:04/12/10 17:37:53
あぁーセピアだなぁ。

219 :大人になった名無しさん:04/12/10 22:19:40
私がまだ小学生の頃、(15年前ぐらいかな?)
小さな黒い犬を飼っていました。
その犬は、コードをつけると歩くのを嫌がったので、
コードなしでよく散歩をしていました。
お約束どおり、余り子供たちは世話をせず、
ばあちゃんがいつも散歩に連れて行っていました。

ある日、その犬がいません。
どうしたのかと聞いたら、
ばあちゃんが「散歩の途中に、●●(←犬の名前)を可愛いといってくれた
人がいたので、可愛がってくれとあげちゃった」と
いうのです。
あまりにもびっくりして、
ばあちゃんを責めました。バカともいいました。
酷く責めたあと、本当の事を知りました。

犬はばあちゃんの目の前で車に轢かれて
死んでしまっていたのです。
ばあちゃんは子供たちを悲しむから、と
自分が悪者になって、嘘を言っていたのでした。
一番その犬を可愛がっていたばあちゃん。
一番辛かったのは目の前で轢かれたのを
見たばあちゃんだったのに・・・。

あの時、ばあちゃんにちゃんと謝ったか
どうか良く覚えていません。
いまさらかもしれないけど、謝りたい。
ばあちゃん、ごめん。
多分、ばあちゃんは覚えてない。
たまに私の名前も忘れてしまうから・・・。
今度、見舞いに行ったときに謝ろうと思う。

220 :大人になった名無しさん:04/12/15 00:55:23
。・゚・(ノД`)・゚・。 ばあちゃん…

感動age

221 :大人になった名無しさん:04/12/15 08:18:27
婆ちゃんカコイイ…(゚´д`)

222 :219:04/12/15 12:40:36
219です。
昨日、ばあちゃんのお見舞いに行ってきました。
昨日は彼女の誕生日だったので、
ささやかなプレゼントを持って、
彼女にとってはひ孫の私の息子を連れて
遊びに行きました。

「ばあちゃん、覚えてないかもしれないけど・・・」
と最初から説明して謝ってきました。
ばあちゃんはちょっと泣きそうになって、
「ありがとうねえ、ありがとうね」と
私を拝みました。
涙が出そうになったけど、
ぐっと我慢して、家で泣きました。
ばあちゃん、こちらこそありがとう。
元気になってね。


223 :大人になった名無しさん:04/12/15 18:23:03
工場長だったじいちゃん。

社員の不始末で工場が燃えたことがある。
火事を起こした社員は「すいません。すいません。」と頭を下げ続け、他の社員はただ呆然と火事場を眺めていた。

じいちゃんも社員に向かって頭を下げた。「立て直したいんで力を貸してください。見捨てないでください。」
じいちゃんは近くの工場にも頭を下げにいった。社員は全員会社にとどまり、ベルトを使わせてもらうことも出来た。膨大な借金を作ったのに、自分の代で完済して見せた。

「頭下げてばっかりで。工場も燃やしてしもうて。末代までの恥ですわ。」酒の席で俺に言ったじいちゃん。コップを握る手が震えてた。

じいちゃん。俺はあんたの息子夫妻の何百倍もあんたが誇らしい。
告別式で大勢の人が泣いてる中で、涙とは違う熱いものがこみ上げてきた。
「俺のじいちゃんにはこんなに大勢の味方がいたんだ」遺影に向かってにやにやしてる自分がいたんだ。

進む道は全然違う。じいちゃんは雇う立場で、俺は雇われる側だし、背負ってるものはない。切羽詰ってもない。

でもじいちゃん。見ててほしい。あなたに誇れる自分でいるよ。

224 :大人になった名無しさん:04/12/17 02:02:15
>>222
いい婆ちゃんですね。あなたも良い孫だと思います。

225 :大人になった名無しさん:04/12/18 19:59:37
恋愛系の板のほうが良いのかな・・・

僕には中学時代、女の子の親友がいた。
転校生だったんだけど、転向してきた途端クラス中が一目惚れ
するような可愛い子。それだけに周りから勘違いされて、
時には嫉妬から陰湿なこともされたけど、不思議と恋愛感情までは
発展せず、お互い恋愛のことや将来のことの不安を事あるごとに相談に
乗りあう仲だった。
高校は近いけれど別々の高校へ。当然、会う機会は激減した。
でも、たまに電話で2,3時間話すのが何よりの楽しみだった。
高一のクリスマス、お互い恋人がいなかった僕たちは映画を見たりして
一日を一緒に過ごした。
その時、なんかのきっかけで「二人だけのタイムカプセルつくらない?」って
話になった。既に辺りは真っ暗で門限は過ぎていたんだけど、寒い中
二人が想い出をたくさん作った、誰もいない中学校の校庭の隅っこに埋めた。
いれたものは、25歳になった時の自分たちに宛てた手紙。
「○○ちゃんは、僕にとって親友以上の親友だよ。25歳になっても、
変わらない二人でいれたらいいね。もし25歳になっていい人がいない時は、
僕がもらってあげるよ(笑)」
その子の25歳の誕生日に学校に集まり、開ける約束をして僕らは別れた。



226 :大人になった名無しさん:04/12/18 20:02:31
そしてつい先日、「その日」が来た。大学受験シーズンに突入して以降、
パッタリと連絡を取らなくなってしまったけど、その約束のことは憶えていた。
しかし休日にも関わらず、あいにく大事な仕事が入ってしまい、
家に帰った時には時計は11時を回っていた。
「来てくれてたとしても、もう帰っちゃったよな・・・・」
その子は忘れん坊だったし、多分憶えていないだろうなと思っていたけど、
それでもやっぱり気になって、だめもとで僕は学校に急いだ。

あの日と同じように周りは真っ暗。
友達との待ち合わせによく使った、門の前に誰かが立ってるのが見えた。
「まさか・・・」
こんなドラマみたいなこと、ありえないと思った。でも近付くと、紛れもなくその子だった。
「久しぶり♪」「いつから待ってたの・・・?」「お昼頃から。遅いよ、もうっ!(笑)」

いい大人が、真夜中に中学校の校庭を掘り返してる・・・よくやるななんて思いつつ、
あの頃に戻れたみたいで僕はたまらなく嬉しかった。
そして見つけた、二人だけのタイムカプセル。警報機がない武道場に移動して、
電気をつけて僕たちはその手紙を交換し合った。

驚いた。信じられないけど僕とあの子は、ほとんど同じことを書いていた。
「○○君は、『親友』なんて言葉じゃ表せないぐらい大切な大切な存在だよ。
10年後も変わらず仲良くできてるといいな。もしまだ私にいい人がいなかったら、
もらってあげてください」

読み終わったあと、確かめるようにもう一度手紙を交換して自分が書いた内容を
確認。そして二人で笑い転げた。
「あー、もう12時過ぎちゃったね。1日遅れちゃったけど、誕生日おめでとう!」
そのあと、思い出話に花を咲かせて、ケータイのアドを交換して、
彼女を家まで送って僕らは別れた。

今年のクリスマス、一緒に映画見に行きます。

227 :大人になった名無しさん:04/12/21 18:17:39
というかはよ付き合えよ

228 :大人になった名無しさん:04/12/21 18:51:20
>>3-4
めっちゃワロタw
昔のドンパチはすごかったもんなぁ・・・
しかし負傷者に反省文書かせたクソ教師も笑えるな。

229 :大人になった名無しさん:04/12/21 19:15:21
>>5。・゚・(ノД`)・゚・。なんでメモなんか書いたんやろな?
虫の知らせってやつかな・・・
>>7そこまでミニ四駆に命燃やさないでください。
>>12-13それ俺やんか・・・。・゚・(ノД`)・゚・。
>>14母親の力ってすごいな。・゚・(ノД`)・゚・。
>>15病院で携帯電話が使用禁止なのは電波が医療機器に異常を来すからやで。
>>16キンモクセイは散ってからの方が匂わんか?

230 :大人になった名無しさん:04/12/22 17:19:23
>>27あなたの勇気に乾杯。・゚・(ノД`)・゚・。
俺は電車で酔った時にしゃがみ込んでたら遠くの方で「ヤバイ…」
って聞こえて来た。麻薬でラリってると思われたんだろうな・・・orz
>>40お前はほんとにメロンパンが好きなんだなぁ・・・
>>44京都から東京はは広島よりは近いけどさ・・・
>>45。・゚・(ノД`)・゚・。俺もいじめられてたから良くわかるよ。
>>47。・゚・(ノД`)・゚・。生きてる人も大事にするんだぞ。
>>51-52自分の子供は大事にしてね。でも甘やかしても駄目だ。
「家庭を持って幸せになれ」なんて無責任な言葉はあえて書かない事にする。

231 :大人になった名無しさん:04/12/22 20:16:47
泣ける話じゃないし、それほどセピアな思い出でも無いんだが、
俺と妹はよく口げんかしてて、そんときも些細な事でけんかになった。
結局 妹は口で俺に勝てないから、妹が黙ると「今日も勝ったな」とか思ってたんだ。
したら妹がキレて俺になんか投げつけてきた。
妹が投げつけてきたのは俺が修学旅行で妹の土産に買ってきてやったウサギの置物だった。
ウサギは壁に当たって割れてしまった。
妹は「兄ちゃんなんか嫌いや!こんなもんいるか」とウサギをゴミ箱に捨てた。俺はかなりショックだった。
 
 その夜、部屋でカサカサと物音がするので目が覚めた。
「泥棒かもしれない」と思い、寝たふりしてたらすすり泣く声も聞こえてきた。
どうやら妹らしい。
あいつなにやってるんだ・・・と思っていると妹はすぐ俺の部屋から出ていった
その日は夜中まで妹の部屋の明かりがついてた。

次の日、妹がなにやってたのか気になり部屋に勝手に入ると、
ボンドでくっつけかけたウサギの置物が妹の机の上に置いてあった。
「くっつけようとするんやったら最初っから投げんなよ」とあきれたけど、言い過ぎたなって反省した。
そのウサギ、今思うとかなりダサい物だったが
妹はうれしそうに貰ってくれたっけなぁ・・・。


232 :大人になった名無しさん:04/12/22 20:25:42
十分泣ける…

233 :大人になった名無しさん:04/12/22 20:58:03
10年前の晦日〜正月、彼女が住んでた神戸の街に遊びに行った
帰りの新幹線のホームで彼女が珍しく弱音を吐いた。
「東京に付いてっちゃダメ?」みたいな事を潤んだ瞳で聞いてきた。
バカな俺は生活力に自信が無く「いつもの●さんに戻れば まだ頑張れるから弱気になるな」
と答えてしまった。
気まずい雰囲気に耐えられなくなった俺は
「ちょっと耳貸して」と言ってから
何を言えば良いのか分からなくなって、キスをした。

平成7年の正月の話です。
俺が最後に見た彼女の姿でした

234 :大人になった名無しさん:04/12/22 22:04:38
>「いつもの●さんに戻れば まだ頑張れるから弱気になるな」
ごめん、どういう意味ですか?

235 :大人になった名無しさん:04/12/23 00:59:55
233じやないけど

珍しく弱音を吐いた、ということはいつもの彼女の感じではなくて
何かがあって弱気になっているのだろう、だからいつもの元気を
取り戻せれば、もう一回--仕事とか勉強とかやりたいこととか--頑張れるよ
という励ましの言葉なのでは?

特に分かりにくくはなかったよ、私には

236 :大人になった名無しさん:04/12/23 01:42:41
●さんて彼女のことだったんだ?
彼女にはさん付けしないっていう先入観があって分からなかったw

さんくす。

237 :大人になった名無しさん:04/12/23 07:06:22
>>233
>最後に見た彼女の姿

同棲を迫られて断ったら別れられたの?
それとも弱気になってたって事は その後自殺でもされたって事かな
どちらにしてもその彼女が良い女だったとは思えないんですが

238 :大人になった名無しさん:04/12/23 13:07:21
え…

239 :大人になった名無しさん:04/12/23 13:17:16
>>237
はぅぅぅぅぅぅ あのさ、新聞とかニュースとか見てないの?
平成7年1月17日に神戸で何があったか・・・・・・(つД`)



240 :237:04/12/23 14:24:34
>>239さん
ごめんっ!
全く気が付かなかった
すっげぇ失礼な事言ってしまた
俺 バカだ

241 :大人になった名無しさん:04/12/23 15:17:42
あのなぁ、全て文面に書かれてたらお前らは、
俺の言うとおりしてくれるんだよ。それじゃあ面白くないけどぉ。でもぉー、
完全に描写が行われてないとぉ、描写がないとぅ、突然、う、誘惑に負けてぇー、
こいつ大したことないじゃんなどと思っちゃう輩が多いんだよね。ダメだよぉー。
どんな簡単なレスでもぉー、誘惑(ゆうやく)振り切ってこうだ。
おーん。指定されたレスをよく読んでぇ、行間を汲み取り当時の時代背景も理解する。自分で描写を補完していく。
こっから出てくるのはなんだぁー?熱い想い、レスを書いた奴のぉ!熱い想い!
だからぁー、自分の事のように感動を共有することができるわけだ。
全て共感するなんてできるわけねえよぉぉ!価値観は人それぞれなんだからぁ。ぉーん。
自分が今まで通ってきた人生の1接点に過ぎないのだからぁ。
この絵で言うとこの三つが出るわけだ。ぉーん。

242 :大人になった名無しさん:04/12/24 02:48:03
もう何年前のことだか分からないけれど・・・
親と喧嘩するたびに思い出す、ある人の言葉があります。

私が歳の時に両親は離婚し、一人っ子の私は母に引き取られました。
それから1〜2年後、母は2人の連れ子がいる男性と再婚しました。新しく出来た、血の繋がらない兄と姉。そして父。
小さい頃から「お姉ちゃんが欲しい」とずっと願っていた私は嬉しくてたまりませんでした。
叶うわけないと思っていた願い事が現実となって、幼い私はよく友達に
「私ね、お父さんができたんだよ!お姉ちゃんもいるんだよ!」と嬉しそうに話していました。
血は繋がっていないけれど、どうにか姉と仲良くなろうと毎日必至でした。

姉もいろいろと辛かったのでしょう、突然やってきた妹にどう接したらよいのか戸惑っていたと思います。
小学校の帰り道「一緒に帰ろう」と言っても目も合わせてくれない事もありました。
しょっちゅう姉の部屋に忍び込んで、両親によく怒られました。でも姉はあまり怒らなかったと思います。
兄とは8つ歳が離れていたせいか、あまり口をきく事はありませんでした。



243 :242:04/12/24 02:48:30

母は血の繋がっていない子供2人、そして自分の子供を平等に愛しながら育てていくことにとても悩み、
ノイローゼになってしまいました。だんだんと体調も悪化し、寝たきりの日もありました。
そんなある日、些細な事で母と私は喧嘩をしました。
私は頭に来てつい「お母さんのバカ!!お母さんなんか大っ嫌い!!」などと言ったと思います。

そのとき突然姉が部屋から出てきて、
「○○ちゃん(私の名)がそんなこと言うと、お姉ちゃんが許さないからね!!
お母さんだって一生懸命なんだよ!!」と怒鳴られてしまいました。
すごくビックリしたし、怒られて恐かったけれど…本気で怒ってくれてすごく嬉しかったのを覚えています。
本当の家族になれたんだなって、母のことを大切に思ってくれて居るんだなって、その時実感しました。

再婚して約6年後に離婚してしまったけれど、今でも姉のあの言葉は忘れません。
母と喧嘩するたびに「あぁ、親にひどい言葉を言ってはいけないんだな。」と思います。
親の再婚によって出来た父親と兄と姉。血は繋がっていなかったけれど、大好きでした。
もう何年も会っていないけれど、私は今でも家族だと思っています。
もうすぐ姉は、結婚するそうです。


244 :大人になった名無しさん:04/12/24 02:51:56
×私が歳の時に両親は離婚し、一人っ子の私は母に引き取られました。
○私が4歳の時に両親は離婚し、一人っ子の私は母に引き取られました。

訂正です。長文すみません。

245 :大人になった名無しさん:04/12/24 05:29:30
>>240
ドンマイ!

246 :大人になった名無しさん:04/12/28 01:59:56
あげ

247 :大人になった名無しさん:04/12/29 07:07:51
ageage〜

248 :大人になった名無しさん:04/12/30 15:23:15
どうして私がいつもダイエットしてる時に(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして私が悪いのにケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしてお小遣減らしたのに文句一つ言いませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして交代でやる約束した洗濯をし忘れたのに怒りませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして子供が出来ないのは私のせいなのに謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして自分が体調悪い時は大丈夫だと私を突き放して私が倒れると会社休んでまで看病しますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして妻の私に心配掛けたくなかったからと病気の事を隠しますか(゚Д゚)ゴルァ!
おまけにもって半年とはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
長期出張だと嘘言って知らない間に手術受けて助からないとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で俺の事は忘れていい男見つけろとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちの気持ちは無視ですか(゚Д゚)ゴルァ!
正直、あんた以上のお人よしで優しい男なんか居ませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
それと私みたいな女嫁にすんのはあんた位ですよ(゚Д゚)ゴルァ!



249 :大人になった名無しさん:04/12/30 15:23:54
もう一つ言い忘れてましたが私、お腹に赤ちゃん出来たんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたの子供なのに何で生きられないのですか(゚Д゚)ゴルァ!
そんな状態じゃ言い出せ無いじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
それでも言わない訳にはいかないから思い切って言ったら大喜びで私を抱きしめますか(゚Д゚)ゴルァ!
生まれる頃にはあんたはこの世にいないんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な子だといいなぁってあんた自分の事は蔑ろですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で周りの患者さんや看護婦さんに何自慢してやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
病気で苦しいはずなのに何で姓名判断の本で名前を考えてやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして側に居てあげたいのに一人の身体じゃ無いんだからと家に帰そうとしますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしていつも自分の事は二の次何ですか(゚Д゚)ゴルァ

医者からいよいよダメだと言われ泣いてる私に大丈夫だよとバレバレの慰めを言いますか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちはあんたとこれからも生きて行きたいんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
それがもうすぐ終わってしまうんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
バカやって泣きそうな私を包んでくれるあんたが居なくなるんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
忘れろと言われても忘れられる訳ないでしょ(゚Д゚)ゴルァ!
死ぬ一週間前に俺みたいな奴と一緒になってくれてありがとなですか、そうですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちがお礼を言わないといけないのに何も言えず泣いちまったじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
あんなに苦しそうだったのに最後は私の手を握りしめて逝きやがりましたね(゚Д゚)ゴルァ!
何で死に顔まで微笑みやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!
そんなのは良いから起きて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
生まれてくる子供を抱いて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
子供に微笑みかけて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
たのむから神様何とかして下さい(゚Д゚)ゴルァ



250 :大人になった名無しさん:04/12/30 15:24:20
ダメ女な私にこの先一人で子供を育てろと言いやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
そんなあんたが死んで5ヶ月...
子供が生まれましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な女の子ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
目元はあんたにそっくりですよ(゚Д゚)ゴルァ!
どこかで見てますか(゚Д゚)ゴルァ!
私はこの子と何とか生きてますよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたも遠くから見守って居てください。


251 :大人になった名無しさん:04/12/31 11:16:56
書き方がしつこい

252 :大人になった名無しさん:05/01/10 01:45:56
>>248->>250
禿しくスレ違い。

253 :大人になった名無しさん:05/01/14 00:07:18
あげ

254 :大人になった名無しさん:05/01/19 01:29:35
ある日、学校から帰ったら母がいなくなっていた。
鍋の中には、私達姉弟の大好きなロールキャベツが作ってあった。
もう味は覚えていないけれど、大好きだったんだよなぁ・・・。
今、二人の子供の母となって
あの日、母がどんな気持ちでロールキャベツを作っていたか
少しわかったような気がする。
でも私には、子供達を置いて行くなんて事は、絶対にできない。
8歳の時の記憶だけれど、トラウマになっているのかも。
自分の子供たちには、まだ一度も
「ロールキャベツ」を作った事が無い。

母がいなくなって、色々辛かった。
ここには、とても書けないような事も沢山あった。
でも今は、自分でも信じられないくらい
穏やかな毎日を送っている。
娘の机の落書き。
「ままだいすき」
私の宝物です。

255 :大人になった名無しさん:05/01/19 18:04:33
>娘の机の落書き。
>ままだいすき」
>私の宝物です。


駄目だ…おれこんなん超弱ぇんだよ…



256 :威月 ◆KqZQ//HYDE :05/02/01 04:29:59
工房の頃、母親とちょっとしたケンカをした。
最初は進路の意見が合わないだけだったのが、母親が再婚する話にまで怒りが飛び火して(当時は再婚=死んだ父を裏切ったと思ってたんですよ…)、そのまま家を飛び出した。
でも、家出したくせにすごくお母さんが恋しくなって、結局2日で帰った。

電話をすると母親が駅まで迎えにくるというので、真っ暗な地元駅で待ってたんだけど、その間ずっと「怒られるんだろうな〜、なんて言おう」と思ってた。
しばらくすると、母親がおばちゃんスクーター(色がダサいスクーター)走らせてきて、私を見つけるなりスクーターから飛び降りて私に駆け寄ってギュウッて抱きしめた。
その瞬間涙がダーッと流れてきて、泣きじゃくった変な声で「ごめんなさい」って言いました…。
お母さんに抱きしめられて、すごく温かくて嬉しかった。
それと、お母さんってこんなに小さかったんだ〜って気付いて、なんかまた泣けてきた。


その後家に帰ってから、お母さんが私の好きな煮物とか出してくれて、しゃくりあげながら食べました(ノД`)
今では母親の再婚相手とも仲良くしてます。


なんか思い出したら目がさえて書いちゃった…。
まとまりない上に長くなってすいません(´・ω・`)

257 :大人になった名無しさん:05/02/01 08:26:44
ノンフィクションです。
前編
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/8529/syounen.html
中篇
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/8529/syounen2.html
後編
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/8529/syounen3.html

258 :無名さん:05/02/01 13:13:29
>>114-115 たくちゃん

俺の居た中学にも背の低くて明るい竹中って男子が居たんで、
「若しかして…」と思いながら読んでしまった。

259 :大人になった名無しさん:05/02/05 23:21:51
age

260 :大人になった名無しさん:05/02/05 23:27:53
>>254,256
感動した・・・


261 :大人になった名無しさん:05/02/05 23:42:34
>>257
悲しすぎるだろそれ。

262 :大人になった名無しさん:05/02/06 03:28:13
248〜250
号泣させられたー!!(泣
自分もそれくらい優しい人間になりたいです・・・!!

263 :大人になった名無しさん:05/02/10 13:37:53
ほしゅ

264 :大人になった名無しさん:05/02/14 18:21:39
保守

265 :大人になった名無しさん:05/02/15 00:00:31
>>248-250
ふぅ…何か考えさせられるハナシでした(泣

266 :大人になった名無しさん:05/02/20 17:40:09
小さい頃キャンプのチームに入り浜辺にテントを立ててみんなと楽しんだ
みんなで一生懸命にテントを立てて夕食を作り始めようとしたとき
海に沈む夕日があまりにも綺麗だったから一時作るのをやめて
みんなで海に沈む夕日を静かに見た
雲一つ無い空は暁に染まり夕日は静かに海に沈んでいった
「また、みんなでみようね」
そんな約束をしたあの日・・・・・
何年も経ち、あのキャンプに参加した仲間は大人になって結婚したり仕事をしている
ボクは夕日を見ると思い出す・・・・あの時を
この頃の仲間はみんな覚えてるだろうか・・・・あの暁に染まった世界で約束をした事を
いつか・・・・またあの場所で会いたいと思いながら今を生きています

ごめんな普通の話しすぎて自分にとっちゃセピアな思い出はこれくらいしかないんだよ


267 :大人になった名無しさん:05/02/20 19:56:59
いいじゃない

268 :大人になった名無しさん:05/03/16 11:00:57
心から喜んでくれた小学一年

トモダチ 100ニン デキルカナ
    (⌒⌒)_      コノコッタラ    ガンバッテコイヨ
    ( '∀`)        J( 'ー` )し  ('∀` )
   □( )          ( )     ( )
     ||            ||       ||


お母さんからもらったバレンタインチョコ

オイシイ            ムシバニ キヲツケテネ
( '〜`)      J( 'ー` )し
(■)        ( ) 
  ||          || 
お金持ちじゃ無かったけど、毎年プレゼントをくれたクリスマス                        
    ☆                       ▲
   /\                     /■\ ワーイ オデンガー ダ!!
   / \ ドクチャン プレゼントヨ          ||
  /  \  J( 'ー`)し   ( '∀`)      ( '∀`)
   ̄|| ̄   ( )     ( )        ( )
   | ̄ ̄|     ||       ||        /\
    ̄ ̄

269 : ◆yInZNN8KUU :05/03/18 09:45:39
           ┌v ''''i''''v┐
           (. ){.  |  } .)   <誰か拭いてくださる?
.           ( .)゙'ヽ_,ノー'
.          `ー' ,、.┴┴ 、
            ノ >-─|<`ヽ、
            く へ,   V、_,/
          (⌒ヽ\ノ,〉 >'、\/⌒j 
         { ヽ、  テ彡⌒ ⌒}  ノ | 
         | }  丶 . .,,___ノ、ノ/{ i
         |. {           } |
        ⊆ニゝ     ●   ヽニ⊇

270 :大人になった名無しさん:05/03/19 02:22:53
ぴよぴよ
  / ̄ ヽ
  |^◇^ ヽ
 (     )
  ''ゝ'''ゝ´


     ∧_∧  ツカマエタ!!
   ⊂(´∀` )
  / ̄⊂   )
  |^◇^ ヽ( 丿
 (     )(_)
  ''ゝ'''ゝ´



 ぴよぴよ
      ∧_∧
  / ̄(´∀` ) ウフフ・・アッタカーイ!
  .| ^◇^) ⊂ )
 (   ,ゝ',) | |
  ''ヽ'''ノ''(_(_)
      ∧_∧
  / ̄(´∀` ) ヤットアエタネ!
  .| ^◇^) ⊂ )
 (   ,ゝ',) | |
  ''ヽ'''ノ''(_(_)


271 :大人になった名無しさん:05/03/19 14:21:06
スレ違いかも知れないが、漏れが消防のEの時、母とマジ喧嘩した話なんだが、

ある日、漏れが友と遊ぶ約束をして、学校帰りのついでに直接
友の家に行ったんだが家に連絡するの忘れてて、あわてて5時30分に
帰ったわけだが、漏れは絶対母に怒られることを覚悟していたのだが
母は怒らずに黙ってて、漏れの姉が怒るの止めたらしいって言ってくれて
次の日になって漏れが母に話しかけても母は答えてくれずに手紙を漏れに
渡して、その手紙の内容がもうしばらくは喋らないってヤツで漏れは
急に涙が出てきて、涙見られたくないから布団に入って延々泣いてて、
その3日後に母が叱ってくれて、んでまた次の日に
母が漏れの頭を撫でながら、次から気をつければいいって言ってくれて、
また泣き出しそうになってもたといふ話。
長文スマソ

272 :大人になった名無しさん:05/03/19 19:54:44
高校生のときのプリクラを発見!!!
バックの落書きには「はやく大人になってみたい」


なんだか時の流れを感じたよ・・・

273 :大人になった名無しさん:2005/03/24(木) 03:28:23
切ないねぇ〜

274 :大人になった名無しさん:2005/03/24(木) 06:50:37
スレ違いかもしれないが、草津の地名はその由来に二通りの解釈があるようです。
草津町温泉資料館によると、次のように説明されています。
ひとつにはその独特の硫黄成分の強い温泉の臭いから
「臭い水」を意味する「くさうず」が変化して草津になったという説。
ふたつめは大般若経の中の一文、「南方有名是草津湯」より来ているという説。
いずれが正しいのかは知る由もありませんが、雰囲気としては「臭い水」・・・
なかなか理にかなっているというか湯畑などを散策していると妙に得心が
いくような言葉ではあります

275 :大人になった名無しさん:2005/03/24(木) 10:07:59
たまに思い出す、俺たち家族
1/3
―俺と弟、おやじ―
これが俺の物心ついた頃からの家族だった。かあちゃんがいない
理由は小学生の時になんとなく。かあちゃんの親がおやじに額を
畳にこすりつけるような詫びをしにやってきたのは知っているが
それ以上は知らない。
ていうかどうでもよかった。
トラック乗りのおやじもいつ家に帰ってくるのかわからん男だっ
たから、いない時はじっちゃんのアパートに、いる時は3人で
家に、という具合だ。
じっちゃんとこと違うのは、うちの方が雨漏りがたまにするくらい。
大した違いはない。
「兄弟一致団結して」というのは嘘八百。喧嘩は絶えず。
おやじがいてもいなくても関係なく、殺伐とした兄弟だったように思う。
そんなある日、おやじが土日2日間休みが取れたからと言う。
そしておもちゃ屋につれてってやると言う。
おもちゃ屋かよ、別に欲しい物なんてねーよ、と思ったが口には出さない。
弟も弟で、興味ない様子。果たして休日を有意義に過ごせるのだろうか?


276 :大人になった名無しさん:2005/03/24(木) 10:09:38
2/3
日頃薄汚いおやじが朝から床屋に行った。俺と弟はじっちゃん
の家に前もって用意してもらった新しい服を取りに行った。
3人が合流したのは10時30分。こぎれいな3人に汚い黄色の軽自動車で向った。
到着。とりあえず昼を食って弟と距離を保って歩いていると後ろを
歩いていたおやじがいない。
「いねーじゃねーか、おやじが迷子になるなよな」「そうだな」
弟と意見が合った。
探していると、見つかった。ボードゲームのコーナーにいる。
しゃがみこんで何かを手にしている。
「将棋セット」
駒と折りたたみの板のセットだ。将棋? なんで将棋なんだよ、と思った俺。
とりあえず、俺はその後学校で知ってるやつに聞いてメモして家に帰った。
弟はとっくに将棋のことなんか忘れてテレビを見ている。嫌がる弟に強制的
にルールを覚えさせ、ひとまずやってみた。3分で終わった。
勝負がついたからではない。つまらんくなって弟が駒を投げたからだ。
その日から将棋セットは押し入れの奥へ行った。


277 :大人になった名無しさん:2005/03/24(木) 10:11:51
3/3
今日は喪主である俺がいろいろと動いた。
身内もほとんどいない俺たち家族だが、盛大に行いたいとの
俺たち兄弟の考えで、おやじにとって満足できる出来映えだっただろう。
弟は仕事先の海外から家族と共に、俺は離婚した1ヶ月後にその日を迎えた。
おやじは体を壊したのが3年前、寝たきりになっってしまったのが半年程前だ。
痴呆?みたいなものにもなっていた”らしい”。苦しまずに逝けたのが幸せか。
棺を前にして俺と弟は話しをした。
「あの時のこと覚えてるか?将棋セット」
「覚えてる。おやじ、嬉しそうだったな。」
急に俺は、探して見たくなって押し入れを探した。すぐ見つかった。
弟と一緒に箱から開けてちょっとやってみようかという話しになった。
駒を並べ終え、始まって10分ほどした時、ヘルパーのE子さんが
立ち止まったままこちらを見ていたのに気がついた。E子さんには
おやじのことで本当に世話になった人だ。
「あ、どうかなさったんですか?」俺は聞いた。
「お父さま、今年の初め頃でしたかしら、その駒を握って涙を流しながら、
仲良うしろよ、仲良うしろよ、とおっしゃっていたもので・・・」
みるみるうちにE子さんの顔が紅潮している。
目の前の弟は下を向いたまま動かない。
俺は、箱の中に入っていたおやじが自分で鉛筆で書いた駒の動き方のメモを見ながら
泣いた。

おやじ…

うまく書けないが、これが俺たち家族でした。


278 :大人になった名無しさん:2005/03/24(木) 10:49:46
>>275,276,277 デスクワーク中にもかかわらず、5滴ほど漏れた。


279 :大人になった名無しさん:2005/04/05(火) 21:29:25
厨房の頃か、消防の頃かよく覚えていないけど、お袋と親父が離婚した。

その後、一度も会っていないけど、大学時代に一度電話で話した。
消防時代はそこそこ頭の良かった俺は、三流大学生だったけど、親父の頭の中では今だに天才なわけで、慶応・早稲田の学生をイメージしてる訳…(汗)

適当にごまかしたけど、何を話したか良く覚えていない…


まあ、俺の中でも親父は今でも、ごつい40代の親父のままだけど…

今、どこで何をしていますか?今だに、兄弟の中で一番あなたに似ていると言われます。

280 :大人になった名無しさん:2005/05/19(木) 13:20:59
あげるかな

281 :大人になった名無しさん:2005/05/20(金) 16:32:11
中学2年の時、同級生のヤンキーFにボッコボコに殴られた。
理由は、俺がFの悪口を言ってると誰かに聞いたらしかった。
もちろん俺は全く身に覚えがなかったが、ケンカではとても勝ち目が無いし、殴り返すような度胸も無いから、
ひたすら「言ってない、言ってない」と叫びながら殴られ続けた。
見かねて別のヤンキー達が止めてくれたが、身も心もボロ雑巾みたいになって、一人でトイレの個室で泣いた。

あれから20年近くも経った去年の夏。実家に帰省した時の事。
突然Fが訪ねて来た。

282 :大人になった名無しさん:2005/05/20(金) 16:44:36
驚いて絶句する俺に母親が
「F君から、あんたにどうしても話したい事があるから帰って来たら教えてって頼まれてたんよ」
と言った。母親の様子から、事情は知ってるような感じだったが、一体何の話があると言うのか。
Fとはあれ以来一言も口を聞いてなかったし、会うのなんて中学卒業以来だ。
いきなりFは俺の前に土下座して、「H!忘れてないと思うけど、あの時はすまんかった。ホンマはお前が言うてへんかったん、最近になって知ったんや。すまん!許してくれ。」と泣きながら言ってくれた。

283 :大人になった名無しさん:2005/05/20(金) 16:57:37
「そんなん…今更、もう忘れてたし気にしてへんからもうええよ」と答えると、
「いや、ホンマの事知った時、お前には絶対謝らなあかんて思ったんや。ホンマに悪かった、この通りや。」

その後、車で待ってたFの奥さんと子供たちも招き入れ、みんなで飯食いながら2時間ほど話した。
話してみると、いい奴だと思った。
帰り際は握手して別れた。

284 :大人になった名無しさん:2005/05/21(土) 03:40:16
小学5年の時のこと・・・
近所の神社で自転車乗り回して遊んでた4人の友達とオレ、
帰り際に、神社の片隅にあったでっかい切り株めがけて、ワーワー騒ぎながら
小便をかけたんだ。さっき、オグラがペダルをひっかけて、転ばされた切り株
だったからだ。
次の日、マスが学校を休んだ。昨日の帰りに自転車でコケて腕の骨を折ったらしい。
昨日一緒に遊んでた違うクラスのヒデボーも風疹に罹って休んでた。
休み時間に、オレは気になってたコトをマサアキに話した。昨日の切り株の事・・・。
やつもオレとおんなじこと考えてた。もう一人のヤッチャンは頭の回転がいまいち
だから、考えも付かなかったらしい。



285 :大人になった名無しさん:2005/05/21(土) 04:06:42
284つづき
その日学校がおわると、3人で神社に集まった。もちろん、切り株様に
あやまるために・・・。
「次はオレの番だ・・・」って言ってたまさあきは数珠まで持ってきた。
ヤッチャンも半ベソで拝んでいた。結局、残りの3人には何も起こらなかった。
でも、なぜかこの話をその後誰も持ち出した事はなかった。
きっと、なにか怖かったのだと思う。

30年近くも前のコトだけど、いまでもたまに夢に見る。
オレにとって一番のセピアな思い出だ。


286 :大人になった名無しさん:2005/05/21(土) 04:19:39

オグラ=ヤッチャンです。
長文すみません。

287 :大人になった名無しさん:2005/06/07(火) 03:07:18
>>18
凄くいいAAだね、今まで見た中で一番可愛くて一番好きだよ
どうか幸せに生きて下さい

288 :大人になった名無しさん:2005/06/24(金) 09:47:24
なんでもない思い出なんだけど、夕方まで年子の弟と砂遊びをしていて
母が「ご飯よ〜」とかって呼びにくる。
弟と私は先を競うように、母の胸に飛び込む。
実際には胸までも届かずおなかのあたりなんだけどw
だからだと思うけど、その時の母の顔は思い出せない。
思い出すのは、夕焼けと砂で汚れた自分の手や服。そして炊きたてのご飯の香り。
あの頃みたいに親に守られていた子供時代に戻りたい。
今は結婚して子供ふたり。守るべきものはあるけど、たまに重さでつぶれそうになる。

289 :大人になった名無しさん:2005/06/25(土) 03:43:28
>>288 その気持ちわかります 男でもたまに甘えたいですよね…痛いほど良くわかりますよ。お互い 頑張りましょー

290 :大人になった名無しさん:2005/06/25(土) 21:48:21
 http://hebo2.boy.jp/flash/thx_dokuo.swf
今泣きました・・・・

291 :大人になった名無しさん:2005/06/26(日) 07:46:27
1/3

俺が20歳の時おふくろが病気で死んだ。
「もう長くない」そう親父から言われた時は頭が真っ白になった。

変にプライドが高くて、キレやすくて、学歴コンプレックスみたいな
ものを持ってる人だった。
俺が専門学校行ってるのも周りには大学に通ってるって話してたりして。
自分が恥だと思われてる気がして、何度もそのことで喧嘩になった。
正直、良い母ではなかった気がする。
ただお袋もそんな自分との葛藤があったんだろうとも思う。

子供の俺から見ると金持ちで、高学歴で、オシャレな毎日をおくる人生
みたいなものを欲しがってた人なんだと思う。
でも俺は大学を蹴って、自分のやりたいことのために専門学校へ行った。
正直、お袋の望む人間にはなれていないんだろうといつも思ってた。
でも俺のために、プライドが高いお袋が親戚に頭を下げてお金を工面して
くれたことも知っていた。

学校卒業して、自分の夢に近づける仕事をして、いつか自分の働いた
金でお袋に何か買ってやりたい、お袋が回りに自慢までいかなくても
堂々と本当の俺のことを話してくれるようになりたい、そんな事をい
つも考えてた。
何より、お袋の望むものを与えてあげたかった。

でも、俺が卒業しないうちにお袋は死んでしまった。
結局お袋が望む事がなにもできなかった気がして。
お袋が「自分は不幸だ」なんて思いながら、惨めな気持ちで死んで
いったんじゃないかって、今でも時々考える。

292 :大人になった名無しさん:2005/06/26(日) 07:48:35
2/3

ちょっと話が変わるけど、俺が中学生ぐらいまでは結構家が金持ち
だった。
2階建ての家に家族4人で住んでたけど、一階のリビングにお袋が
結構高級なインテリアを少しずつ揃えてた。
お袋は「お友達が来たときお茶でも飲めるリビングがほしい」って
50万近くするカーペットや、カーテン、絵画が少しずつ増えてい
った。
正直俺や親父は「綺麗な家」みたいな物に関心がなく、お袋は汚い
家が嫌だったんだと思う。
人目を気にするお袋は、俺の友達でも家に人を絶対に入れなかった。
そんなお袋のリビングも、親父が多額の借金を隠してたことがわかって
から物が増えることはなかった。
詳しくは知らないけど、結構な額だったらしい。
お袋の性格上、親父は言い出せなかったんだと思う。

お袋が死んで片付けを手伝うため実家に帰った。
俺が専門学校に通うため一人暮らしを始めた時、お袋は単身赴任して
た親父の所に家を借りて引っ越したから、実家というか何というか、
初めて行く実家だった。

とても小さい家だった。
俺が一人暮らししてるとはいえ、引っ越す前の家と比べるとあまりに
狭く、汚い家だった。
借金と、俺の学費、かなりきつい生活だったんだと思う。
お袋の一番嫌な、「惨めな生活」だったのかもしれない。
とりあえず一息つこうとリビングに行った。

293 :大人になった名無しさん:2005/06/26(日) 07:50:02
3/3

狭いリビングとも呼べないようなボロ部屋に、不釣合いなお袋の集めた
インテリアがぎゅうぎゅう詰めに置いてあった。
部屋が狭いから、カーペットは端が壁にめくれあがって、傷つけたくない
んだろう小洒落たテーブルにはビニールシートみたいなのを敷いて、その
上には花じゃなく、新聞や親父の灰皿が乗って汚れていた。
親父のタバコのヤニで黄色く汚れた壁には絵が飾ってあって。
ソファーはもうスプリングがいかれて誰も座ってなかった。

それを見たとき切なくてどうしようもなかった。
何ていうか、死ぬまで叶わなかったお袋の「理想」って言うか。
そういうのを見た気がした。
広いリビング、お洒落なインテリア、友達を招待してお茶飲んで。
それが夢だったんだと思う。

それを望んでいる事も知ってたから、そんな生活をさせてやりたいって
思ってた。
でも結局俺は何もしてやれなかった。、
いつも「お母さんね、才能あると思うんだよ」とか言いながら、色んな事を
してたお袋の姿を思い出した。
理想とかけ離れたリビングの座布団に座って、絵を描いたり、小説書いたり
してるお袋の姿が目に浮かんで泣けてきた。

その時はそんな事思いもしなかったけど、今は解る。
お袋は気づいてたんだと思う。
自分にそんな才能は無いことも。
全て理想でしかないことも。
でも最後までかっこつけたかったんだと思う。
ホントの自分はこんなんじゃないって信じたかったんだと思う。


めちゃくちゃ長くなってスマソ。
文章力無いんで意味不明かも知れないけど、
セピア色の思い出っていうか、今でも実家にあるリビングは
自分にとってセピア色に見えて、切なくなります。




294 :神の子キター:2005/06/26(日) 10:38:31
 今僕は私立中学校に通っている。
どこの学校にもいじめというものは存在しているみたいで俺の学校にもいじめ
られてるやつがいる。
自分で言うのもなんだがおれはひとつ気合がうまいほうだ。(友から言われた)
そいつは俺の席の右隣にいるのだがそのいじめられてるやつの右側にいるやつ
この前そいつの机に「死ね、消えろ、キモイ」などとコンパスでほっているのを
おれはみた。
おれはなにもいえなかった・・・・。
みてみぬふりをした。
自分が悔しく自分をうらんだ。
誰かのためにおれは拳をふるったことがない。
自分をかえるしかない・・・。
心に決めた。
その日おれは本屋によってボクシングの本を買って家ですぶりをした。
1日にジャブ(左)は1000回くらい素振りをしロー(右)も1000回
ほどふった。腕立て伏せも20回×3くらいした。
最初のほうはうまく腕立て伏せもできなかったが2ヶ月ほどたってこなせるように
なった。
半年の間おれはずっと自分の部屋でまいにち1時間くらいトレーニングをした。
おれは・・・・
変わった。
やつらをつぶせる・・・。
俺が鍛えている半年の間にいじめはひどくなった。
いじめてるやつが6〜8人いた。
放課後俺はそいつらを呼んだ。腕にプロテクターとバンテージをまいて・・・。
10分でけりはついた。

俺が勝った。
次の日校長室によばれ事情を聞かれた・・・。
俺はすべてを告白した
その後いじめはなくなった。
その後いじめられてたやつにボクシングジムに通うように説得した。
そいつは見る見るうちに強くなりジャブ・ローを完全にマスターしとても強くなった。
 俺があいつをかえた。

人は誰かを変えられる。
それを忘れないでほしい。

295 :大人になった名無しさん:2005/06/27(月) 05:29:22
↑自己陶酔しすぎ&スレ違い

296 :過去の僕:2005/06/28(火) 00:31:47
もう何年になるだろうか・・・。
彼女が膵臓癌で死んで6年になるんだった。
今日がその命日だ・・・。
              −6年前−
「先生彼女は無事なんですか?」
「一応手術で癌はすべて取り除きました。」
「ありがとうございます!」
「癌全部取れたって!!やったな!!」
「うん。私がんばったよ。」
「退院したらお前の好きなとこつれてってやるよ。」
「じゃーねー・・うーん・・。」
「遊園地でイーっパイ翔君と遊びたいw」
「わかったw」
「あもう8時か病院でないとあの看護婦がまたがみがみ言うから・・。」
「うんわかったwあしたは何時に来てくれる?」
「夕方の五時には帰ってくるよ。また一緒にご飯食べようw」
「じゃーねw」
「おやすみな」
              −4日後−
「今日から抗がん剤を使います。つらいと思いますががんばって乗り切りましょう!」
「わかりました。私がんばります。」
「先生、なんで抗がん剤を投与しないといけないんですが?」
「念のためです。」
「そうですか。なら安心ですw」
このときすでに彼女の体はがんにおかされていたんだ・・・。
             −2週間後−
「今日で抗がん剤は終わりです。よくがんばりましたね!」
「先生・・・。」
「ん?なんですか?」
「どんどん体の調子が悪くなってるように思うんですけど・・・。」
「うーん・・・それはきっと抗がん剤の副作用ですね。」
「副作用ってこんなにきついんだ。」
「これからは飲み薬にしようと思います。副作用もほとんどありません。」
「・・・・。」
              

297 :上の続き:2005/06/28(火) 00:34:12
−1ヵ月後−
「先生なんで僕だけ呼んだんですか?」
「あなたの彼女はすでに癌がぜんしんにまわってしまっています。」
「え?」
「彼女の余命はあと1ヶ月です・・。」
「そんな・・嘘だといってください!!先生!!」
「残念ながらうそではありません。」
「うぅぅぅうぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
               −次の日−
「お前にいわなきゃいけないことがある。」
「ん?」
(とてもじゃないがやせほそった彼女を直視できなっかった。)
「うぅぅぅ・・。」
「どうしたの?」
「お前の体、癌が全身にまわっててもう余命1ヶ月なんだって・・・。」
「え?」
「うそ・・・。」
「うそじゃないんだ・・・。」
「もうすぐわたし死ぬのね。」
「・・・・。」
「目をそらさないで!!」
「私はまだ死んでない!勝手に殺さないで!!」
「・・・ごめん。ごめん!ごめん!」
「あ〜翔君と遊園地いけないのか・・・。」
「いこう・・・。」
「でも・・・。」
「先生に相談してみる。」
「・・・。」
              −次の日−
「先生どうしても彼女と遊園地に行きたいんです!!いかせてください!」
「だめです。」
「どうして!!」
「もし死んでしまったらどうするんですか!!」
「しぬことは負けってことなんですか?」
「だとしたら人間は負けることしかできない生き物です。」
「・・・・。わかりました。すきにしてください。」
              −次の日−
「先生なんかいってなかった?」
「先生なんにもいってなかったよ。」
「うそつき。」
「・・・・。それより今日はいっぱい遊ぼう!!」
「そうだねw」
時間を忘れて僕らは遊んだ。
いっぱいいっぱいっぱい。
「大好きだよ。」
「私もよ翔ちゃん・・。」
              −2ヵ月後−
「翔ちゃんと一緒にいれてたのしかったょ・・・。」
「なにいってんだ」
「ごめんもうわたしだめかも」
「そんなこというなよ」
「ありがとぅ・・・。」
「ピーピーピーピーピー」
「うぅぅぅ・・・。死ぬな死ぬな死ぬな!!」
「いかないでくれーーー!!」
美和子・・・。今も俺はお前が好きだ・・・。

298 :大人になった名無しさん:2005/06/28(火) 01:13:42
色々と波乱万丈な人生ですな。

299 :大人になった名無しさん:2005/06/28(火) 01:22:40
>>296-7>>294と同一人物だな(ヒント:メール欄と「・」の使い方)
創作能力ないね。

300 :大人になった名無しさん:2005/06/28(火) 03:29:57
ワロスrrrr

301 :過去の僕:2005/06/28(火) 18:32:07
じゃあうまく書く方法おしえてくれ299よ
(マジ頼む。)
コツとか知ってんだろ。だめおしするってことわょ。

302 :大人になった名無しさん:2005/06/29(水) 04:13:59
とりあえず、日本語正しく使うことから始めぜ。
たぶん、いや、たぶんだが君の言いたかったことは
×だめおし
○ダメだし
ではなかろうか。

303 :大人になった名無しさん:2005/06/29(水) 05:20:15
だめおしwww

304 :大人になった名無しさん:2005/06/29(水) 15:21:18
私が行ってた高校、私が1年の時まで文化祭の時、ミス・ミスターOO校っていうのをやってたが
次の年からなくなった。その理由がこれから書く事なのかはわからないが・・・。
そのイベントは体育館に全校生徒が集まった状態で投票で選ばれた第10位から呼ばれて順番にステージに出て行くというもの。
10位の生徒から徐々に呼ばれていき、第3位の生徒が呼ばれたときだった。
「第3位、2年5組ホリダイスケ君(仮名)」、当然2−5のホリ君は前に出て行くわけだが、しかしどういうわけか
同姓同名の1−6のホリダイスケ君までもが立ち上がりステージに出て行こうとしてるではないか。
2年のホリ君は、ミスチルの桜井さんのような顔立ちで、なるほどカッコイイ。
しかし、1年のホリ君はコロコロコミックに出てきそうなギャグ漫画風な顔。
とてもじゃないけど、男前とはお世辞にもいえない顔。
前から1,2,3年と並んでるので1年のホリ君のほうが先にステージの上に着いた。
私は1組だったのでよく聞こえなかったが、6組の方からかすかなざわめきと笑い声が聞こえていた
(今思えばなぜ誰1人として止めようとしなかったのか)。
さて、第1位の生徒まで呼ばれてステージ上には、おまけも含めて21人いるわけだが
どう考えても場違いな顔の奴が一人いる。
(1年のホリ君はすかしたような顔をして「フ〜ン 俺って案外もてるんだ」というような顔をしていた)
呼ばれた生徒は10位から一人ずつインタビューされていくのだが、司会者も気付かず第3位に1年のホリ君にインタビュー。
緊張してか、どもったような声で「ああ、うれしいです」と一言。
何も気付いてない司会者は次の2年のホリ君にインタビュー、そして本来2位の生徒にインタビューするところで気付いた。
「あれ??? 1人多いな」←小声だけどマイク持ってるので筒抜け。
そして、少し後ろに下がり呼ばれた生徒を見渡すと、何の確認もせずに1年のホリ君に向かって
「違いますよね?」←小声だけど・・・(略)
その瞬間6組の方から笑い声が! 全校生徒はざわめく。ホリ君は何があったのかわからないらしく目が泳いでいた。
司会者は確認取るかのように1位の生徒から名前を聞いていく。呼ばれた生徒は軽く手を上げる。
4位の生徒の所で、誰が余分に出てきた生徒かがわかると司会者は
「やっぱり。・・・あの・・・・・・」言葉が続かない。体育館にはわずか2秒ほどだが沈黙が流れたが
それを打ち破ったのは当のホリ君だった。
ドタドタドタ。今にも泣き出そうとせんばかりにステージを降り、開いている後ろの入り口の方に走っていった。
おそらく早くその場から立ち去りたかったんだろう。
しかし、体育教師2人に「コラ、落ち着かんか」と羽交い絞めにされるとそのばで泣き崩れた。
そして次の日から、ホリ君が学校に来ることは2度となかった。
ションベンが黄色くなった。

305 :大人になった名無しさん:2005/07/02(土) 17:02:07
>>294>>296-297
なんの思い出だよ! ウソまるだし書くな!!
つまんねえ!!! 気分悪くなった!!!!

306 :大人になった名無しさん:2005/07/02(土) 23:06:27
>>296-297
ムカついたわ
作り話もいーとこだ
…あまり言いたくないが俺の妻になる予定だった女が末期癌で亡くなってる!!
ふざけんな

307 :大人になった名無しさん:2005/07/03(日) 12:05:04
私は学校があんまりスキじゃなかった。
楽しい想い出もいっぱいあるけど、
つらい想い出はほぼ毎日。
途中で何度も自殺も考えた。
不登校になろうとも思った。
保健室で休んだこともあった。
だけど3年間不登校にならずに通えたのは心友のAのおかげです。
どんなときも話を聞いてくれて、支えてくれたから。
そのAに卒業式に感謝の気持ちを込めて手紙を書いた。
「ほんまにありがとう。うちらは心友やんなぁ。大好きやで」
こんなコトを書いた気がする。
高校も違うし、とにかく最後に私たちは『心友』と言っておきたかった。

Aからも手紙をもらった。
「ご卒業おめでとうございます☆(うちもやけど)
 ナンダカンダで3年間はやかったね!     
    ー略ー
 B(私)に会えて本間によかった!!仲良くしてくれてありがとう。
 Bみたいにやさしい友達は他にはいない!!大好きやで!!
 ここで、キムタクがラジオでゆってたことを1つ!!
 出会ったときは『新友』新しい友達
 仲良くなって『親友』親しい友達
 そして…『心友』心の友達
 Bとうちはもう『心友』やんなっ?!
 人生これから☆☆イヤなこともいっぱいあるかもしれんけど
 のりこえていこう!!(略)」

私が書いた手紙とほぼ同じことが書いてあって
ビックリした。
だけど、やっぱり私たちは心の友達なんだなぁと思い、
卒業式の始まる前なのに、
泣いたらあかん、って自分に言い聞かせてるのに
涙が止まらなかった。

今は本当に楽しい高校生活を送ってる。
けど、中学の時にAちゃんがおらんかったら、
この命を絶ってたら
今の生活はない。
今でも、これからもずっと感謝してる。Aちゃん、ホンマにありがとう。
これからも『心友』やで!!  


308 :大人になった名無しさん:2005/07/09(土) 12:33:00
>>294
1日にジャブ(左)は1000回くらい素振りをしロー(右)も1000回
ほどふった。腕立て伏せも20回×3くらいした

この辺具体的に書いてるところがムカツクし妄想しまくり

309 :大人になった名無しさん:2005/07/09(土) 14:39:35
幼稚園の頃、両親が離婚。
女手ひとつで、俺と弟を育ててくれた母。
USJができた年の夏休み、母が俺たちをUSJに連れてってくれた。
内心 俺は、交通費+入場料×3を出してくれた母に遠慮してた。
アトラクションは2時間待ちでつらかった。
けど、3人でわーわーきゃーきゃー言って、すんげぇ楽しかった。
お昼ご飯は、園内のレストラン。
一番安いもので1200円もした。
やっぱりこういうとこは高いな。
母は『好きなん食べよ』と言ってくれたけど、
結局みんな1200円のカレーを食べた。
園内の地図を見てワクワクしてる母に感謝した。
ほとんどのアトラクションを制覇した俺たちは、
帰りの電車で爆睡。
土産を抱えて寝てる母に感謝した。
母子家庭で家計だってつらいのに、
俺たちを連れていってくれたことがほんとに嬉しかった。
大げさかと思うからしれんが、涙が出るほど嬉しかった。
『連れていってくれて、ありがとう』と言うと
『また今度も行こな』と言った。
今度は俺が連れて行ってあげるからな。

310 :大人になった名無しさん:2005/07/10(日) 06:12:09
>>309
いい母ちゃんといい息子だね。

きっとあなたのお母さんはあなたがいてとっても幸せだと思う。
あなたはお母さんがいてとっても幸せだと思う。
家族ってそういうのがいい

311 :大人になった名無しさん:2005/07/10(日) 07:33:19
>>308
そもそもボクシングにローなんて無いしな

312 :大人になった名無しさん:2005/07/12(火) 03:07:04
俺が小学生5年生の時の話。
俺と兄(6年生)は近所の少年野球のチームに入っていた。
俺は6年生主体のチームの中に、一人だけ5年生で試合に出してもらっていた。
その年の冬に6年生にとっての最後の試合があった。
その試合では兄がなぜか異常なほど調子が良くて、3打数3安打。
最終回裏、うちのチームは2-3で負けていた。2アウト三塁の場面でバッターは兄。次のバッターは俺。
チームの誰もが、兄がなんとかしてくれるだろうと思っていたら、相手はなんと敬遠をしてきた。
完全に俺はナメられていた。ものすごく悔しかった。絶対打ってやろうと思った。
…しかしあえなく三振。ゲームセット。
試合後、あまりの悔しさに涙をこらえながら一人で木陰に座っていた。
するとそんな俺の様子を察してか、兄と6年生数人が来て
「ええ試合だったが。ドンマイドンマイ。」
と言ってなぐさめてくれた。その瞬間、今までこらえていた涙があふれ出てきた。
先輩達よ、ありがとう。

313 :大人になった名無しさん:2005/07/13(水) 00:12:35
>>248-250
これ何回か見た事あんだけど、それでも駄目だわ。・゚・(ノД`)・゚・。

残された方も辛いだろうけど、嫁と子供を残して逝く方も辛かったろうな
一目でも子供の顔見たかったろうな、とか色々想像してしまう

奥さんと娘さんには強く生きてほしい、ってか2chすんなやww
まあ、ある意味強く生きてんのか

314 :大人になった名無しさん:2005/07/13(水) 21:57:55
工エエェェ(´д`)ェェエエ工

315 :大人になった名無しさん:2005/07/15(金) 05:54:02
高校に入って一番最初に出来た友人。
俺とは全く違うタイプの男だった。
俺はスポーツが好き、外で遊ぶのが好き、車やバイクが好き。
友人はスポーツが苦手、漫画や本が好き。
それでも何故か意気投合し、バカ話で盛り上がりいつまでも笑い合ってた。

お互い、大学進学が決まった頃、友人に相談を持ちかけられた。
「俺、自分を変えたいんだよ。熱くなれるような趣味持ちたいし、アカ抜けたい。」
確かにそいつはアカ抜けてないし、周りからみればオタクっぽかったかもしれない。
そこで、俺は美容室を教えたり、ヘアカタログを貸したり、車の本を貸してあげた。
そいつは少しずつだがファッションに気を使うようになり、行動的になった。
親の車ではあるが手を加えたり、バイトして原付を買っては自慢するようになった。

大学に入ると、友人はバイクサークルに入り二輪、大型二輪と相次いで免許取得。
大型バイクを購入し、ツーリングの話を楽しそうに俺に話してくれた。
メカニックの知識も俺なんか足元に及ばないまでになってた。

316 :315:2005/07/15(金) 06:21:15
2年ほど前のある日、友人から1通のメールが来た。
「癌の一種に侵されちまって、入院することになったよ。
発見が早かったから、治療で何とかなるみたい。留年しちゃうかもしれないけどね。」と。

それから何度かお見舞い行ってはお互いの近況報告をした。
友人は検査でナースに裸を見られる恥ずかしさや治療の方法、
薬の副作用で髪が抜けて丸坊主にしたことをユーモアたっぷりに話してくれた。
それだけでなく、一人暮らしをしてる俺の心配までしてくれてどっちが病人か分からないくらいだった。

しばらくして、また1通のメールが来た。
「俺、金色のファルコになるわ!」
俺には何の事だか分からなかったが、聞けば北斗の拳の片足が義足のキャラらしい。
北斗バカだった友人の精一杯の強がりだったと思う。
右足を切断することになって、未練が残らないようにその日のうちにバイクを売ったことも後から聞いた。
五体満足で生活している俺にはバカなメールを返して笑わせてあげることしか出来なかった。
笑ってくれたかどうか分からないが、同情するよりも笑わせてあげたかった。

義足をつけてリハビリをしていても、
「俺の義足、かっこいいんだぜ。今度見せてやるよ。」
と、リハビリの辛さや足を失った辛さなんて感じさせないメールをくれた。


317 :315:2005/07/15(金) 06:45:53
しばらく見舞いに行けないまま時が流れた。
ある日、仲の良い同級生数人で見舞いに行こうという話が持ち上がった。
しかし俺は、他に用事が入っていたため、見舞いには行かなかった。
その日から3日後、夢に友人が出てきた。何をする訳でもなく笑いあう夢だった。

次の日の夜、友人の親から連絡が入った。
息を引きとったこと、葬儀の日程の連絡だった。
俺は頭が真っ白になると同時に最後に見舞いに行かなかったことを悔やんだ。
迎えた葬儀の日、最期の御花入れを促されたが、俺には出来なかった。
見舞いに行かなかった自分を悔やみ、涙が溢れ、最期の別れなんてしたくなかった。

今思えば、友人は別れを告げに夢に出てきてくれたのだと思う。
それなのに、俺は別れを交さなかった。
今年の夏は、見舞いに行かなかったこと、最期の別れを交さなかったことを謝りに墓参りに行こうと思う。
そして、「バカ話でもしながら酒飲もう」と友人と病室で交した約束を数十年後に果たしたい。

318 :大人になった名無しさん:2005/07/16(土) 04:15:41
>夢に友人が出てきた。何をする訳でもなく笑いあう夢だった。

 笑わたい、とメール送る友人だったから共に笑えて幸せだったんだよ それが一番したかったんだよ

319 :大人になった名無しさん:2005/07/26(火) 12:14:25
いい話ばっかりだ・・・

あげときます

320 :大人になった名無しさん:2005/08/28(日) 05:13:50


321 :大人になった名無しさん:2005/08/31(水) 23:29:39
俺、中学の時ばーちゃん死んだんだけど、ばーちゃん、じーちゃんのことすごく愛してたんだろうな
じーちゃんが先に死んだせいか「早く死にたいじーちゃんのとこに早くいきたい」ってよく言ってた
俺ばーちゃんのこと大好きだったから毎日会いに行って「俺の結婚式でて嫁さんと曾孫みるまで死んだらダメ!」って言ってた
結局じーちゃん死んでから二年後にばーちゃんも死んだんだけど、
葬式の時、俺宛てに手紙があって読まれたんだけど、ただ一言「○○約束守れなくてごめんね」
泣いた。人前で泣くのは恥ずかしいって思ってたけど号泣した。
結婚式、披露宴にじーちゃんとばーちゃんの席をつくった。
明日、結婚します。近くで観ていていてください。
貴方達のような夫婦になりたいです

携帯から長文スマン

322 :大人になった名無しさん:2005/09/01(木) 00:36:11
おまいらなぜ俺を泣かす話ばかりするんだ?

323 :大人になった名無しさん:2005/09/01(木) 02:40:26
父の葬儀があった。もう年だし、悲しくもなく淡々と取り仕切っていた。
数年間はずっと病気続きだったが、工務店を経営しており、たくさんの職人さんを抱えてた事もあった。

葬儀に子供の頃に見覚えのある職人さんが来てくれた。何十年も出入りはしてなかったが。
父より年上で80近いだろう。礼服ではなく、失礼だがこぎれいとは言えない格好だった。
香典袋ではなく封筒にくしゃくしゃの千円を包んでくれた。
「親方にはお世話になったんですわ。偶然聞きつけたのも縁が続いてる証拠ですわ。」
その時、心のたがが外れた。涙が止め処なく流れた。そして心からありがたいと言う気持ちになった。

改めてお礼にあがった。掛け金を払ってなくて年金は無いらしい。作業場の下働きなどで何とか家賃1万
の生活を支えていた。ずっと一人暮らしだという。失礼ながら生活保護を勧めたが、静かにこう話した。
父に会う30年前まで月50万稼いでたと、でも全てが悪銭だったという。
父は汗をかいて稼ぐ事を教えてくれたといってくれる。おかげで人間として生きる事が出来たと。
それで十分、いつか人知れず死んでしまうかもしれないが、満足のいく人生なんですよ、と。
この人の高邁な生き方に感動し、私の知らない父の生き方を知ることができた出来事だった。

324 :大人になった名無しさん:2005/09/01(木) 21:05:58
泣いた
幸せになれよ

325 :大人になった名無しさん:2005/09/03(土) 21:45:39
http://black.ap.teacup.com/yoko-takase/152.html

326 :大人になった名無しさん:2005/09/03(土) 23:32:44
>>294>>296
お前、ほんまもののひきこもりだろ?
そろそろ学校行ったらどうだ?
とりあえず犯罪おこすなよw

327 :大人になった名無しさん:2005/09/06(火) 00:32:57
高校生の時から毎年のように親戚が次々にガンとかで亡くなっていった。
毎年葬儀や法事に出席しなくてはならなくて、その間に小学生の時から
かわいがっていた愛犬も死んでしまい、追い打ちをかけるように2人の叔父が
3ヶ月の間に立て続けに末期ガンで亡くなってしまった。
専門学校を卒業する頃には心も体もボロボロになっていった。
それでどうにも体調が悪く、心療内科に通う日々。
ある時風邪をこじらせてしまい、かかりつけの心療内科が家から遠いため
近所の内科を受診した時に医師に
「心療内科に通っていて別の薬を飲んでいるんですが」と言ったら
「だったらウチの病院に来ないでそっちの病院に行ったらいいだろう!」と怒鳴られ
別の病院でも同様に医師に「ふ〜ん、アンタ精神病か」とひどいことを言われて医者不信になった。

先月のこと、精神的に追い詰められて吐き気で食べ物が食べられなくなって
夜中に具合が悪くなって家で倒れてしまい母に「救急病院行こう」
って言われたんだけど別の医者にかかるとまた怒られると思って「いいから・・・」
って言ったんだけど無理やり行ったこともない救急病院に連れて行かれた。
これ以上医者で嫌な思いはしたくない!って思ってたら
そこの救急病院の若い男の先生がすごく優しかった。
事情を話したら「うんうん、大丈夫」って一生懸命聞いてくれて、
点滴されてる最中も他の急患で忙しいのに見に来て優しい言葉をかけてくれて
涙が止まらなかった・・・
こんな優しい先生いるんだと思った。
今度また診てもらいに行きます。

328 :大人になった名無しさん:2005/09/06(火) 00:40:20
>>327
>近所の内科を受診した時に医師に
>「心療内科に通っていて別の薬を飲んでいるんですが」と言ったら
>「だったらウチの病院に来ないでそっちの病院に行ったらいいだろう!」と怒鳴られ
>別の病院でも同様に医師に「ふ〜ん、アンタ精神病か」とひどいことを言われて医者不信になった。

つーかこの医者たちひどくね?
患者に言う言葉じゃないな。
早くよくなれよ>>327

329 :大人になった名無しさん:2005/09/06(火) 00:44:57
>「だったらウチの病院に来ないでそっちの病院に行ったらいいだろう!」と怒鳴られ
これはまぁわかる。
色んな薬服用してもマズイし。

>「ふ〜ん、アンタ精神病か」
これは死ね

330 :大人になった名無しさん:2005/09/06(火) 08:25:09
別にそんなんでいちいちショック受けてたら生きていけねーだろ。
折れなんて就職面接で「無駄に歳食ってるな。」とか
彼女いるのかいないのか、いた事あるのか執拗に訊かれた挙句
「その歳までいないならどっか問題あると思った方がいいぞ」とか言われたり。
ま、そんな人生だよ。

331 :大人になった名無しさん:2005/09/06(火) 09:31:15
ここの人たちはいい人がいっぱいいますね

332 :大人になった名無しさん:2005/09/06(火) 09:40:15
>>331いい人だけではこの世のなか生き抜くのは
ムツカシイです

333 :大人になった名無しさん:2005/09/06(火) 18:45:55
そうですね


334 :大人になった名無しさん:2005/09/07(水) 10:01:22
前編
俺が小2ぐらいだったか、同じクラスの女子(以下Aちゃん)と仲が良いって言うか・・・まぁ手をつないで帰ってた位しか思い出せんのだが
やっぱり小学生、手をつないでる所を見て笑われたりしたらすぐ離してその女子の事を嫌いと言っていたのだが、二人になるとまたつないだりしていた。

Aちゃんはクラスでもムードメイカーでいつも明るかった、可愛かったし人気も有ったと思うんだが未だになぜ俺と付き合って居たのか分からない、
やっぱりガキだからそのAちゃんにちょっかいなんか出してくる奴もいた(まぁ複数の方が多かったが) でパンツめくりとセオリーなのをされたみたいでAちゃんは怒るどころか泣いてたから
そのちょっかい出した奴と口喧嘩したんだが途中で切れて(俺が)まぁ喧嘩したよ、俺が勝った(その頃は泣かしたら勝ち)けど夜に何故かそいつの親が来て謝させられたけど、あまり憶えていない
でその次の日にAちゃんに呼ばれて(家に)唇にキスをされた(そこの部分もあまり覚えていないんだよクソッ)そのあとは普通の学校生活、何も無いと思ってた・・・


335 :大人になった名無しさん:2005/09/07(水) 10:04:14
後編
1ヶ月ぐらい立ったか、普通の1日普通の午後だと思ってた、
昼休みが終わって、掃除も終わって、午後の授業だと思って席に座ってたら、あれ・・・Aちゃんが居ない?イヤな予感がした(でも予感といっても怪我でもしたのかな位だったけど)
担任の先生「・・・Aちゃんがお家の事情で引っ越すことになりました・・・
女の先生だったので先生も半泣きで話した、そしてAちゃんが入ってきて、涙で顔をぐちゃぐちゃにして教室に入ってきた、それを見て女子はみんな大泣き、男子はみんなキョトンとしてた
そしてAちゃんが一言ったんだが俺は聞き取れなかった、そして女子がAちゃんに集まって何か話してAちゃんが教室から出て行った・・・
で、俺は訳が分からなかった、家に帰って母がAちゃんから電話の留守電あんでーって言われて聞いた、一言泣きそうな声で、ありがとう
は?は?意味が分からなかったのが、更に意味が分からくなった、次の日学校では普通の1日、その俺は次の日学校をサボった、でもその次の日は休まなかった
2ヶ月立ってAちゃんに手紙を送ろうって事になった(自由参加で)俺は送らなかった、だって送るのは皆女子だったから、
もうそのあとAちゃんは皆の記憶の中から消えていって、話題にも出なくなった、・・・合いたいよ・・・でも会えない、ヤベ思い出したら泣けてきた、もうこれ以上描くことないし、描けない
どうしてるんだろAちゃん・・・・


336 :大人になった名無しさん:2005/09/07(水) 15:38:40
は?は?

337 :大人になった名無しさん:2005/09/07(水) 23:50:46
>>334-335
言いたいことはうっすらわかるが
( )の多用とおかしな改行と変な日本語で伝わりにくい部分が多いぞ。

338 :大人になった名無しさん:2005/09/08(木) 19:56:52
保守age

339 :大人になった名無しさん:2005/09/08(木) 20:28:07
大した話ではないですが、語らせてください。

僕にとって一番大切なのは友達だ。
恋人よりも友達のほうが大事と思ってしまうくらいに・・。
そう思うようになったのは僕が中2の時。
中2の夏・・当時僕はいたづらばっかりやって、友達とバカな事をやって、やんちゃの盛り
だった。先生にもよく怒られた。それでも毎日が楽しくて仕方がなかった。
そんなある日、僕は親から「半年後に転勤することになったから」と告げられた。
僕は反対もしなかった。
僕は転校することを誰にも言わなかった。言わなかったじゃなくて言えなかったんだと
思う。僕は強がっていた。
そして半年が経過し、引越しの時期が近づくと僕はとてもセンチメンタルな気分になっていた。
3学期最後の日、僕はだまって引っ越すつもりだったし、先生しか引っ越すことを知らないだろうと思っていた
ので、一人で学校中を歩き、思い出の詰まった場所を一つ一つ見て回った。忘れないようにと・・。
そして学校で、先生が成績表を配り終わった後に、先生が僕に「これクラスのみんなからのプレゼントだ」
といわれて、丁寧に包装されたものを渡された。クラスのみんなから中を開けてと言われたので、
中を開けると、中には厚紙に僕への一人一人のメッセージが書いてある寄せ書きをもらった。
実話みんなしっていたのだ・・。僕だけが誰も知らないと思い込んでいた。
僕は初めてみんなの前で泣いた。声も上げてないたのでとっても情けなかったと思う。
友達や先生が慰めてくれた。僕は転校しても絶対に何があってもみんなを忘れないと誓った。
今では寄せ書きは僕の宝物になっている。あの頃のみんな元気にしているかな?
きっとまた会えると思って日々暮らしています。
長文すいません。



340 :大人になった名無しさん:2005/09/08(木) 21:07:42
>>334-335
あれだ。
一度文章書いたら1日寝かせろ。
で、翌日もう1回読め。
そこから更に添削した方がお前にはいいと思うぞ。

341 :大人になった名無しさん:2005/09/09(金) 00:10:18
最近の若いヤツらの文章力に泣けましたよ。

342 :大人になった名無しさん:2005/09/09(金) 12:30:32
あれはわしが小2のころのことだったかのう。
そのころわしは同じ級にいたあるおなご(以下細木数子)と仲が良かったんじゃ。
と言っても、今となってはお手手つないでランデブー程度しか覚えとりゃせんがのう。
二人で帰るところを同級の奴に見られてからかわれることもあった。
そんなときゃ「好きなんかじゃくぁwせdrftgyふじこlp;@」なんてごまかして、
二人になるとまたつなぐ、なんてこともあったかのう。かわいいもんじゃろ。ヒャッヒャッヒャ。

数子は明るい子での。ほんに可愛い子で、わしなんかにはもったいないくらいのおなごじゃった。
人気もあったと思うんじゃが、よくちょっかいをかけられていた。まあ子どもなんてそんなもんじゃ。
あるとき、パンツめくってオマンチョぺろりなんぞという不貞な輩がおっての。
強気な数子もその時ばかりは泣き出してしもうた。
わしはそやつと口喧嘩になったんじゃが、ついカッとなって何でもありの取っ組み合いになった。
今で言うヴァーリトゥードちゅうのか?殺したら勝ちってやつじゃ。

どっちが勝ったかとな?わしが今ここにおるんじゃからわかるじゃろ?あ、ここはまずいからカットで頼むぞい。
なんか夜に奴の親がチェーンソー持って乗り込んできたんじゃが、よく覚えとらん。

で、次の日に数子に呼ばれてな。家にじゃよ家に。初めて口づけっちゅうのをしたな。
その先?勘弁してくれ、さっきから婆さんがこっちにらんどるじゃろがwwwwwwwwww
でもその後は特にどうということもない普通の学校生活にもどったんじゃ。

……今と同じような時間が永遠に続くと思えるのが若者の特権なんじゃなあ。

343 :大人になった名無しさん:2005/09/09(金) 12:31:06
1ヶ月くらい経ったかの、その日も普通の1日、普通の午後じゃ。
昼休みも掃除も終わって、5時間目の準備のために教室で座っとったら、数子がおらんことに気付いた。
さっきまでおったのにな。
そのとき、虫の知らせというのか、寒気がした。ブルっとな。
あんな気分がしたのは、そのとき以外では一回しかない。1945年の3月10日じゃ。
……なんのことかわからんのか?まったく最近の若いモンはものを知らん。狂おしくググれ!

脱線したな、すまんすまん。
担任の先生がとつぜん授業前に言ったんじゃ、数子が家の事情で引っ越す、と。
若いおなご先生じゃったからな、先生も泣いとった。
すると数子が入ってきたんじゃが、なんか水晶玉抱えてるんじゃ。
それ見て女子ドン引き、男子キョトン。
数子はなんか言ってたと思うんじゃが、よく聞き取れんかった。なんか改名、とか地獄、とか聞こえたかの。

わしには何がなんだかさっぱりじゃったよ。
家に帰ったらわしのママン、じゃない母に「手紙がきてるわよー」って渡されたのが分厚い封筒。
中には、なんか知らんがわしのこれからの人生が事細かに書かれててな。全く意味がわからん。

次の日は学校に行けんかった。その次の日になってやっと逝けた、じゃのうて行けたんじゃが、
みんな何事もなかったようにしてるんじゃ。拍子抜けしてな。
わしもすぐ数子のことを忘れてしもうた。

それ以来ずっと数子のことは忘れておったんじゃが、最近になってテレビに数子と同姓同名の占い師が出てるのを知ってな。
先月60年ぶりに数子からの手紙を読んだんじゃ。

……凍りついたよ。そこに書かれてるのは、一言一句わしの人生そのものだったんじゃから。
わしはあわてて手紙の最後をめくった。
日付は2005年9月9日になっとってな、そこにはこう書いてあった。

「押入れの中かr

344 :大人になった名無しさん:2005/09/09(金) 12:33:08
>>342-343
本人ではないですが、>>334-335を分かりやすく書き換えました

345 :大人になった名無しさん:2005/09/09(金) 23:04:42
なかなか面白いです。
イメージが数子じゃ別もんだけど。

346 :大人になった名無しさん:2005/09/10(土) 08:43:49
ある日彼女が学校から帰り、自宅のあたりまで来た時のこと。誰かが彼女の自宅に入っていくのが見えました。
弟か外出していた母が帰ってきたのだな、と彼女は思ったのですが家に着くと玄関の鍵は閉まっていました。
しばらくして帰ってきた弟に、さっき一度帰ってきたかと尋ねましたが、知らないという答えでした。
彼女は不思議に思ったものの、見間違いだったのだろうと思うことにしました。
しかし、それから彼女は家の中でたびたび妙なものを見ることになったのです。
夕飯時のことです。彼女が居間にいて、台所を見ると、炊事をしている母親の後姿が見えたのですが、
何と母親が二人いるのです。彼女が驚いていると、そのうちの片方がくるりとこちらを振り返りました。
それは母親ではなく、顔に目鼻がなく、口だけのものが笑っているのでした。
またある日のこと。彼女の母親は自宅で洋裁教室を開いており、足踏み式のミシンが置いてある部屋がありました。
夜遅くその部屋からミシンを踏む音が聞こえてきたので、まだ生徒さんが残ってるのかな、随分遅いなと思って
彼女は部屋を覗き込みました。すると一台のミシンに女性が向かっているのが見えました。ただその様子は普通ではなく
首と腕をだらりと下に垂らしたまま、足だけめちゃくちゃな勢いでミシンを踏んでいるのです。
しばらく様子をみているとその女性がくるりと振り向きました。またあいつでした
今度はそれはすっくと立ち上がったかと思うと、Aさんに向かって走り出してきたのです。
彼女は急いで自分の部屋に逃げ込んだそうです。

347 :大人になった名無しさん:2005/09/10(土) 13:26:06
346
オカ板へのゴバクですか??

348 :大人になった名無しさん:2005/09/13(火) 01:32:52
小学2年の時、腹膜炎で入院した。重篤な状態になり、医者も見離した。母親はずっと看病してくれていた。
なんとか命は取り留めたが、苦しくて苦しくて八つ当たりを繰り返した。
「元気になったら何が食べたい、カレー?ハンバーグ?アイスクリーム?」
「何にもいらない!あっちいけ!死んでしまえ!」こんな状態がひと月くらい続いた。
なんとか元気になって退院できたが、あの時の母の辛さを理解できたのは情けない話、ここ最近の事だ。
子供の死、これ以上残酷な事は無い。しかし、何とか生きのびる事ができた。
嫌な事も多いが、生きのびれた事、それだけでまんざらじゃない人生だと思っている。

349 :大人になった名無しさん:2005/09/13(火) 18:04:21
>>348
答えたくないならいいんだけど、母親は
今どうしてるの?

350 :大人になった名無しさん:2005/09/14(水) 00:34:23
>>349
姉が嫁ぎ、親父が死に、俺と二人で暮らしている。別に普通に暮らしている。
そのときの事など、いろいろ感謝してるが、口に出す事無く淡々と暮らしてる。
こんなところでしか言えないのが情けないのだが。

351 :大人になった名無しさん:2005/09/23(金) 04:18:09
中学1年の時のこと、女子体育の女の先生(当時50代くらい?)
がメチャクチャ厳しい先生だった。
先生が来るまでに体育係の指導のもと、先生が決めた柔軟体操メニューと
ラジオ体操やっておかないと激怒されてその時間は説教で終わるなんてこともあって
しかもその先生は口も悪くてみんな恐れてた。
私は教科の中でも特に体育が苦手だったからマラソンでビリになったり
鉄棒ができなかったりプールで泳げないと怒られると思ってビクビクしていた。
バレーボールの授業の時、腕が痛くて両手で相手のボールを打ち返せなかった。
それを見ていた先生「うわ〜怒られる・・・」と思っていたら
笛を鳴らして「今日はちょっと早いけど体育はこれで終わり」
と言って体育倉庫から柔らかい大きいゴムボールを持ってきた。
「今日はこれからこれでバレーをやります」と。
何が始まるんだろう?と思っていたら先生が私に近づいてきて笑顔で
「これなら打てるでしょ?痛くないからこれで練習してみなさい」
と言われてまだ授業終わりのチャイムが鳴ってないのに私のためにみんなを巻き込んで練習させてくれた。
先生は「これは授業に関係なく遊びだから」と言っていた。
怒った印象しかない先生だっただけに意外だった。
あと先生は夏のプールの時、1人泳げないでバタ足している私を見つけて
いろいろと泳ぎの指導を丁寧にしてくれたり、他の授業の時も
「ちゃんとできなくてもいいから、やってごらん」と言ってくれたり
恩師は誰かって聞かれたらこの先生しかいないと思う。


352 :大人になった名無しさん:2005/09/24(土) 12:08:28
家出同然で九州から上京したんだけど
いつも母だけが電話してきてた。
でも母がある日
「お父さんが電話しろっていっつもいうから電話しとるとよ」

デキ婚することになっても何も言わなかった。
九州に挨拶にいく前に籍をいれたいなんて
到底考えられんことを旦那が逝っても
なにも言わなかった。
兄が「なんで怒らんの父さん!」と怒るくらい
何も言わなかった。
ただ、「あいつが幸せになるんならいいけん」
だけで。
旦那と義父母と一緒に九州に挨拶にいったときも
待ち合わせの店の庭園の前で一人で立って待ってた。
普通なら店の人が庭園のなかを案内してくれるのに。

手を怪我して仕事もしない、身障者認定もしてもらわない
そんな宙ぶらりんな父に就職のことを言われて
大げんかして家出した。

でも父は今は身障者認定もしてもらって
少しずつだけど小遣い程度は稼いで
私にだって買わなかったようなおもちゃを
私の娘に買ってくれる。
「昔はよくメロン買ってきたよな、
 あいつに送ってやろう」って
小遣いはたいて高そうなメロン2コも送ってきた。
しかも母さんの名前で。
どう見たって父さんの字なのに

何していいかわからんから
とりあえず孫つれてまた九州帰るよ。

353 :大人になった名無しさん:2005/09/26(月) 23:04:30
今から15年くらい前のこと。
母方のおばあちゃんの家は同じ市内にあって車で30分ほどの所にあって
年に数回家族で遊びに行っていた。
その日も家族で遊びに行っていて、夕食の後大人たちは酒タイムになった。
私が父に「明日学校早出だから早く帰ろう」というと、酔った父が
「何言ってんだ、夜はまだこれからだ!お義兄さん呑もう!」と言って全然聞いてくれず
母も話が盛り上がったのか「大人の話に子供が口を挟むな」と言って怒ってきた。
妹は遊び疲れて寝てしまい、怒りも最高潮に達した私は「もう帰る!」
と1人で帰ることを決意、おばあちゃんちを飛び出した。
心配したおばあちゃんが玄関前まで出てきて「○○ちゃん暗いし夜は危ないから戻ってきてー!」
って言ってたんだけどキレてたから1人で帰ってやることしか頭になく
1時間かけて家に歩いて帰った。
間もなく母と心配した従姉たちが車で家まで駆けつけてきたんだけど
従姉の前で酔った親父に「恥かかせやがって」と殴られ、
母にも「子供のくせに1人で大きくなったような顔して!」とビンタをくらった。
何も悪いことしてないのに!!!とその時は思った。
その後おばあちゃんが泣きながら電話してきた。
「○○ちゃん無事でよかった〜おばあちゃん心配したのよ〜」
私もその時「しまった!おばあちゃん泣かせた」と思い
泣きながらおばあちゃんに謝った。
おばあちゃんはそれから3年後くらいに亡くなった。
従姉と叔父のの配慮で「あの時は私たちも夜まで引き留めて悪かったし」
ってことでその時のことはなかったことにされて、おばあちゃんにちゃんと謝れなかった。
おばあちゃん、あの時は悲しませてしまって本当にごめんなさい。


354 :大人になった名無し3:2005/09/27(火) 00:25:27
オレは小学生の頃、祖父が大嫌いだった。
理由は、祖父の家に行くたびによく痛い思いをしていたからだ。
その小学生高学年になってくると、知識がつき
オレは虐待されていたんだ、と思うようになっていた。
だから、中学校に入っても、祖父の家は敬遠していた。
それから何年か後、関西淡路大震災(だったかな?)があった年に
祖父が入院したと聞いた。親からは胃潰瘍だと聞かされていて、大丈夫だと思っていた。
だから一度も見舞いへは行かなかった。
むしろ、ザマァミロっていう気持ちもあったかもしれない
いや、正直、そう思っていた。そしてその翌年に、祖父が亡くなった。
胃潰瘍じゃ死なないと思っていたから、先ほど述べたとおり見舞いへは行ってなかった。
後に親に祖父は癌だったと聞かされ、オレはショックを受けた。
だが、やはり嫌いに思ってた節があったせいか
『あぁ、そうか…それで…』と思っていた。
悔やみや惜しみの気持ちなどまったくなかった。
嫌いだったからだろうか、
死に目には会えなかったが遺体を目の前にしても涙は出なかった。
葬式の日にももちろん涙は出なかった。
そうして、火葬し、骨は祖父の生前の意思どおり、川へ流した。
それらが終わった後に、家へ帰った。
やっと終わって清々したと思い、布団に入り、眠ろうとした。
だが、その日はなかなか寝付けなかった。
起きたら、目元が張り付いたような感触があった。
どうやらオレは泣いていたらしいと気づいたのだが、祖父のために泣く必要など無い、と
気だるい感じがしながらも高校へ行った。だが、気だるい感じではなく
事実、体調を崩していたようで、授業中に意識を失ったみたいだった。
もう学校が終わってから気づいたら保健室だったのだが、その間に過去の夢を見た。
子どもの頃…小学校の頃の自分の夢だった。自分のしてんからではなく
客観的な視点からだったが。
その頃のオレはやんちゃだった。
だからよく階段から落ちたり、タンスにぶつかって上のものが落ちてきたりなど
そういうことがよくあった。いつも痛い目にあった後に祖父が近くにいたから
オレは祖父のせいにして祖父を恨んでた。
だが、その夢で、祖父が近くにいたのは、オレをタンスの上にあったハサミや
階段から落ちそうになったオレを体を張って庇ってくれていたんだった。
その夢を見て保健室で目覚めた時、オレは自覚なしに涙を流していた。
今はもういないけど、今ではもう祖父の…いや、じーちゃんのこと大好きだからね
ただ、もうちょっと逝くのは待ってほしかったな…
『ごめんなさい』と『ありがとう』と『大好き』を言いたかった…

長文、乱文、失礼しました。

355 :354:2005/09/27(火) 00:28:27
追記

ハサミは裁縫箱の中にあった糸きりバサミです。

356 :大人になった名無しさん:2005/09/30(金) 04:18:41
やさしい気持ちありがとう

357 :大人になった名無しさん:2005/09/30(金) 16:30:10
両親が共働きで、4つ上の兄貴も小学生だったから、小さい頃俺は母方の祖父母に世話してもらってた。
朝、親が出勤する時に車で実家に行き、夜に親が仕事終えて帰ってくるまで祖父母に面倒見てもらうって
いう風な感じで。
ホントに優しくてさ、祖母は毎日俺の好きなカレーだのババロアだの作ってくれて、祖父にもよく遊んで
もらったし全然怒られた記憶無いんだ。二人とも年なのに幼稚園まで自転車で送迎してくれたりして、
祖母はヒザの持病持ってたのに俺がヒザの上に座ったりしても全然嫌がんないの。たまに叔父が帰ってきて
一緒に遊んだりゲーム買ってもらったりとにかくあの家が好きで、小学校に入学しても家に帰らないで実家
帰ってたくらいだった。ちょっとした事情で俺も小学校から自分の家に直で帰るようになったんだけど、
それでもちょくちょく遊びに行った。ゲームしてお菓子食ってワガママ言って、今思うとよくこんなガキを
相手にしてくれたと思う。【続く】

358 :大人になった名無しさん:2005/09/30(金) 16:50:08
祖母が死んだのは俺が小4の時。子供だったからか両親はそれほど深刻な状況だったことを教えてくれて
なかったので、突然な感じがして涙も出なかった。悲しいけど何がなんだか分からないっていうか。後で
聞いたら本当に壮絶な闘病生活だったみたいで、母は恐らくそれを俺に見せないために敢えて言わなかった
のかと思う。でも、数えるほどしか見舞いに行けなくて、今思ってもとてもやるせない気持ちになる。
祖父は俺が中3の時死んだ。風呂にはいるのも用を足すのも命がけだったという戦地から生き延びた祖父は、
我慢強いというのか何というのか、苦痛を伴う自覚症状が出ているのにも関わらず誰にもそれを言わずに、
片目が見えなくなり体も弱くなった。それに加え祖母が逝ってから来た叔父の馬鹿嫁が家を開けっ放しにし、
祖父の飯もろくに作らず、すっかり衰えた祖父はそのまま病気で逝ってしまった。おまけに俺は部活の
終わった後に居残り練習してたせいで、死に目に立ち会えなかった。あと一本早いので帰ってれば間に
合ったのにさ。しかもその部活は後でやめてしまったし、祖父には合わす顔がない。

大好きだったあの家には、もう祖父母はいない。叔父夫婦には子供もいないし、放っておけばこの家も
叔父夫婦が死ねばただの廃屋になる。
だから決めた。さんざん世話になっておきながら、ワガママばっかり言って、祖父母両方の死に目にも
会えなかった俺。兄貴みたいに友達もいないし運動も別にずば抜けて良いわけじゃない俺。そんな俺が
今から出来ることは、あの家を俺が守ること。兄貴が婿に行ったから父方の実家も継がなきゃいけないが
そんなこと関係ない。2つの家を俺が守る。そのために勉強して絶対会計士の資格取って家守れるだけの
金持ちになる。気休めかもしれないけど、今更祖父母に対しての償いにはならないけど、それでもやる。

あの家は俺が守る。絶対。

359 :大人になった名無しさん:2005/09/30(金) 17:02:45
泣ける話でも感動誘う話でも何でもないし、なんかすごい読みづらい文章になってしまった…
俺の文才の無さがひしひしと伝わってくるなorz

でもまぁあれだ、親や祖父母あるいは兄弟に何か恩返しがしたいなって思ってる人が、この汚い
文章読んで「こういう奴もいるんだな」って事でなんか感じてもらえるといいな、と思ってます。
俺はもう居ない人への恩返しだから、もし達成しても何の返事もないし喜んだ顔も見れないけど、
まだ自分の近くに居る人ならいくらでも恩は返せるよ。模試そういう人居たらすぐ行動起こして
ほしいな、些細なことからでいいからさ。

最後に、この駄文読んでくれた人有り難う。

360 :大人になった名無しさん:2005/09/30(金) 23:49:15
大変だと思うけど、頑張れよ

361 :大人になった名無しさん:2005/10/01(土) 13:09:37
誰にでも昔から仲のいい奴っているだろ?
俺が初めて友達の中でいなくなっちまったのが、そいつだった。
小学校の頃から一緒で色々馬鹿やってきた仲だった。そんな俺らでも、運命には逆らえなかった。
中学を卒業して違う高校になっちまって、俺らも高校でいろいろ忙しくて、なかなか会えなかった。
ある日、久しぶりにそいつに会った、ずっと会ってなかったのに、今までと変わらなかった。
でもそれがそいつと会ったのが最後になっちまった。事故だった。
しばらくして、引越しする事になって、家のものをまとめてたら、ゲームボーイのポケットカメラが出てきて、
久しぶりに電源入れてデータ見たら、みんなで撮った写真が出てきて、そんなかにそいつがいたんだよ。
もーそん時はマジで泣けたね、親がいるから涙なんて流せなくて必死にこらえてたね。
まあその当時のデジカメだったねポケットカメラって。意外なもんが思い出になったなって思ったよ、そん時。

ありがとな、つまんない事聞いてくれて。それと話し方が素直な話し方じゃなくて。

362 :大人になった名無しさん:2005/10/01(土) 22:55:53
当時、私には色々悩みとかがあった。将来に関わったりするようなすごい重要な悩みではなかったが、
あまり精神面の強くない私とって、他の人からすれば小さな悩みかもしれないがけっこうこたえていた。
私には一人の友人がいた。その友人は問題解決の案を出したりしてくれるわけではないが、
いつも私の話を聞いてくれた。時には何時間も。彼女も私なんかに悩みを打ち明けてくれたり、
何度も一緒に街へ出かけてくれたりもした。彼女といた時間は本当に楽しかった。
一方的に思っていただけかもしれないが、いつしか私にとって彼女は親友と呼べる存在になっていた。
だけど別れの時は来てしまった。彼女は長い間海外へ行くことになってしまった。
成田へ向かう電車の中、また将来会えるしいつでもメールや電話ができるから何も悲しむことはない。
その時は悲しみはみじんにも感じていなかった(気がする)。
性格のいい彼女には私以外の友人がたくさんいて見送りには何人も来ていた。
私とその友人達とは深い関わりもなかったため私はその友人達と話す彼女とあまり話すことができなかった。
ただ彼女が荷物を預け終えゲートをくぐろうと背を向けた瞬間「本当にもう行ってしまうんだ」と感じ、
私は彼女の名前を呼んだ。そして今までため込んでいたものが一気にあふれ出した。私は泣いていた。
そして、ありがとうと言いたかったが泣きながらではとても言うことができなかった。
すると彼女は涙声で私のことを抱きしめてありがとうと言ってくれた。
違うよ。本当にありがとうを言いたいのは私のほうなんだよ。

しばらくぶりに彼女の声を受話器で聞く。
また会えたね。

363 :大人になった名無しさん:2005/10/02(日) 13:46:26
ほとんど読んだ…涙がとまらなぃょ・゚・(ノД`)・゚・。

364 :大人になった名無しさん:2005/10/02(日) 17:31:59
泣けないけど・・・いい思い出なので書きます。

私が中学3年の頃、やたらと“○○さん(私)かわいいね”と言ってくる男子がいました。
当時私は姉御肌というか・・・男勝りのところがありました。
当然付き合ったことなどなく、あまり女子として見られていませんでした。

どうせからかってるんだろう。
数日も経てばそのうちその男子(以後A)も飽きるだろうと思っていました。
でも1週間・・・1ヶ月・・・とAは毎日“かわいいね”を連発。
正直、こんなに続くとは思ってませんでした。
そのうち飽きるさ・・・と自分に言い聞かせ、私はAを無視し続けました。

その後もAは“かわいいね”と言い続けて来ました。
ガマンも限界に達してきましたが、とりあえず無視。
それでも“かわいいね”発言は毎日のように続きました。

そしてついに卒業式。
そう、この日までずっと言い続けてきたのです。
それも今日で解放される。

卒業式が終り家に帰ろうとしたとき、またAが“かわいいね”と言ってきました。
今日で最後だし・・・と思い私はAに聞きました。
私「私のことからかって楽しかった?」
するとAは
A「ほんとのこと言ってただけだよ」
と言いました。
コイツはまだ私のことをからかうのかと思い呆れました。
私「もういいから。お疲れさん」
と私が言うと、Aは
A「まったく・・・○○さんは疎いなぁー」
と言いました。
異性と付き合ったことがない私は始め何を言ってるのか分かりませんでした。
私「何が?」
A「もう・・・俺がどんだけ“かわいい”って言ってたか分かる?」
私「??」
A「はぁ・・・もういいや・・・」
私「もういいって?何が?」
A「・・・○○さん、ホントに“かわいいね”」
いつもとは違うトーンでAが言いました。
その時、初めて私は気付きました。
毎日言い続けてきたのはAの愛情表現だったのだと。

そして
A「じゃーな!高校行っても頑張れよ!」
と走り去ってしまいました。

私「A・・・カッコいいよ」

最後に私はそう呟きました。
あれ以来Aとは会っていません。
二度と戻らない青春・・・付き合ってればよかったな。

365 :大人になった名無しさん:2005/10/02(日) 20:25:53
うーんヽ(´ー`)ノ

いいねぇ 青春

366 :大人になった名無しさん:2005/10/02(日) 23:30:14
(゜Д゜)ゴルァ!
http://kandouii.sakura.ne.jp/flash/gorua.htm

367 :大人になった名無しさん:2005/10/03(月) 04:54:07
このスレ(てか板自体)初めて知りました…。
1から全部読んだけど、ほんとにどんだけ泣いた事か。・゚・(ノД`)・゚・。ウエエェェン
みんな思いやりと感謝の気持ちを忘れずに頑張って生きっぺなー!!

368 :大人になった名無しさん:2005/10/04(火) 00:00:55
良スレage

369 :大人になった名無しさん:2005/10/04(火) 01:57:28
私の母方のおばあちゃんは生前兄嫁にイジメられていた。
うちの妹が小さかった時おばあちゃんちに泊りに行って
兄嫁がおばあちゃんをイジメているのを目の当たりにして「おばあちゃんが死んじゃう〜」って
泣きながら家に電話してきて母が車で迎えに行ったこともあった。
私が高校生の時、おばあちゃんはガンで亡くなってそれから3年後
兄嫁夫婦はおばあちゃんちを勝手に売り払って引っ越してしまった。
それを知ったのは転居通知ハガキが来てからで、母は実家が無くなったと毎日泣いていた。
でも私の思い出の中にはおばあちゃんちは今でもあるし、おばあちゃんも
その家にまだいるように思えて仕方なかった。
でも先月、私が夜中に急に具合が悪くなって母に車で市民病院まで連れて行ってもらった時のこと。
帰りに母が遠回りしているのに気づき、周りは真っ暗だったけどよく見ると見慣れた風景。
おばあちゃんちに向かう道だった。
母は敢えて夜におばあちゃんちがどうなったのか見届けたかったみたいだった。
私はなるべく見ないようにと下を向いていたけどチラッと
おばあちゃんち跡に大きいマンションが建っているのが見えた。
母は寂しそうに「変わっちゃったねぇ・・・」と言った。
私は、もうおばあちゃんちもおばあちゃんもいないんだ・・・と涙を堪えながら母に
「うちの近所もだいぶ変わったじゃん仕方ないよ」と言った。
でも心の中にはまだおばあちゃんちがあっておばあちゃんもいるように思ってます。
おばあちゃんそれでいいよね?

370 :大人になった名無しさん:2005/10/10(月) 14:31:05
SE・PI・A

371 :大人になった名無しさん:2005/10/10(月) 16:29:13
ソイヤ!!

372 :大人になった名無しさん:2005/10/12(水) 23:39:55
∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄
∧( ´∀`)< 感動age
( ⊂ ⊃ \______
( つ ノ ノ
|(__)_)
(__)_)

373 :大人になった名無しさん:2005/10/13(木) 10:43:58
弟の友達の話。
高校2年だった弟の同級生A君は、お調子者だけど明るくて良い子だったそうだ。
ある時A君は休み時間の教室でバク転をしたらしい。
しかし見事に失敗。
皆が笑う中、頭をしこたま打ち付けたA君も苦笑いしながら
「いてー」と立ち上がった。

が、次の瞬間、突然A君は倒れた。
A君が居た教室は専門科目を勉強する特別教室で、床がアスファルト。

すぐに近くの総合病院に搬送され治療が開始された。
1日経ち、2日経ち…。
だけどA君の脳の浮腫は退かず、意識が戻る事は無く7日目に彼は死んだ。
その間、彼の両親は一度も面会に来なかったらしい。
聞けば彼の両親はA君が幼い頃に離婚し、二人共A君を引き取る事を拒んだ。
だからA君は小さい頃から施設で育ち、高校にも施設から通学していたそうだ。
普段の彼からは想像つかない過去だった。
最期位は両親にも看取って貰いたいと、学校・病院・施設が
一生懸命両親を説得したそうだ。
だが両親はそれを拒否し、遺骨になってしまった我が子を抱く事すらしなかったそうだ。
結局お墓にも入れて貰えなかった彼は、施設の方で埋葬された。

A君はどんな気持ちで見ていただろうか。
彼に何の罪があったのだろう。
親の都合で振り回される為に生まれて来たわけじゃないのに。
悲しいやら悔しいやら腹が立つやら…。
8年経った今でも涙が出る。


374 :大人になった名無しさん:2005/10/14(金) 03:39:04
>>373
許せん・・・天誅。

375 :大人になった名無しさん:2005/10/14(金) 17:26:04
>>373
ヒドイ親だな

ご冥福をお祈りします・・・(-人-)

376 :大人になった名無しさん:2005/10/14(金) 23:18:01
親の愛を知らずに逝ってしまうなんて・・・悲しいね。


377 :大人になった名無しさん:2005/10/15(土) 02:39:06
昔起こった身内の話でも書こうかと思います。
こんな文章を書くのは苦手なんですが…頑張って書きたいと思います。
泣けるかどうかもわかりませんが…;

私の祖父母の話です。
7月上旬、高校2年だった私は夏休みに「母の祖父母の家に行きたい!!」
…と母にワガママを言って1ヶ月ほど祖父母の家に行くことになった。
丁度お墓参りの時期でもあり、墓参りのついでに遊びに行こうか。
そんな話を私と母で話していた。
祖父母の家に行くのだから事前に電話で伝えておこうということで電話をかけて話した。

祖母と私は夏休みの話で盛り上がっていると突然、祖母が急に
「…母さんは今、そこに居る?」というので「居るよ。今かわるね。」
と言って母にかわった。
いつもなら明るく話しているのに今回は暗く、「…うん。…うん。」としか言ってなかった。
30分も経って電話を切った母に私は「何の話?」と聞いてみた。
「家に来てから話すって言ってたから…わかんないわ。」と言った。
どんな話なんだろうか気になったが今は行きたい気持ちだけだったので気にしないでいた。

そして祖父母の家に行き、笑顔で迎えてくれた祖父母。
「これから一ヶ月楽しむぞ!!」と思っていた。

10日ぐらい過ぎたある日の真夜中。
トイレに行きたくなって布団から起きあがり、向かう時にリビングの電気がついてることに気づいた。
気になった私はおそるおそる近づいてトイレに行くことすら忘れ、壁に耳を当てた。
声でリビングには祖父母と母が居ることがわかった。

一体何の話なんだろう…と思った私は一生懸命聞こうと思ったがトイレに行きたい願望があるのか
我慢が出来ず、仕方なくトイレに行って寝ることに。
時計を見たら3時を過ぎていた。

夏休みの1ヶ月は美味しいレストランにつれてってもらったり、高級な寿司を食べに行ったりなどをしたり
「これが欲しいっ!」とか祖父母に色々とワガママを言っていろんな物を買ってもらった。
とっても楽しく過ごせた1ヶ月だった。
夏休みも終わりに近づき、8月下旬に我が家に帰宅。
学校の準備等用意していたらあっという間に学校が始まった。

378 :大人になった名無しさん:2005/10/15(土) 02:40:06
続き

9月の始めの土曜日。
私の部屋に突然母が入ってきた。
「…息子には一応、話さないでと言われたけど…孫だし……。……。」
「…何の話?」
と、口を濁らせた母におそるおそる尋ねてみた。
「今から話すことは心の中にしまっておいてね。…祖父母の話なんだけど……」

母の話によると7月中旬に祖父が働いている会社の金融関係の人が自殺したらしく、
その金融関係の人が最後に会ったのが私の祖父だと言うのだ。
何故、自殺したのかまではわからないが祖父は会社の人達に
「お前があいつを殺したんだ…お前が悪いんだ!」と攻められ、精神的にとても堪えているとのこと。
金融関係の人は莫大な借金を抱えていたらしく、その借金を全て祖父が払え!…ということになった。
その後、祖父は会社から仕事を一切もらえなくなり、平社員以下の存在になってしまった。
しかし会社側は「お前はまだ必要な存在なんだ。」ということで仕事がないのに会社に通っていた。
しかももうすぐて定年退職だと言うのに退職金さえもらえなくなってしまった。
退職金全額と老後の生活のための貯金を少し崩して借金返済に当てたという。
給料も平社員と同じぐらいの値になり、将来ちゃんとした老後が送れるだろうか…
そんな時に私が祖父母の家に来てしまったのだ。

私は夏休みのことを振り返っていた。
…私のためにいろんな物を買ってもらった。
結構高い物までも「いいよいいよ。それぐらいおじいちゃんとおばあちゃんに任せなさい。」
と言って買ってもらった物もある。母曰く、
「孫には…優しいおばあちゃんとおじいちゃんで居たいからそう振る舞ったんだよ。
金銭的な問題があるけれど孫には楽しい思い出を作ってもらいたい。
美味しい食べ物を食べてもらいたい。例え、老後がどうなったとしても…」
聞いてる途中に私の目から涙が流れていた。
私の目の前に祖父母に買ってもらった物が置いてあった。
こんなことなら…ワガママを言わずに買わなければよかった……!!
そんな気持ちで一杯だった。
その日はそこからずっと泣きっぱなしだった。
母はずっと話をしていたが聞こえもしなかった。心に罪悪感が残った。

379 :大人になった名無しさん:2005/10/15(土) 02:41:07
それから1ヶ月が経って10月。
祖父母が自殺してしまった。
理由はやはり借金の問題。…金銭的な問題だった。
自殺する前に書いたと思われる遺書にこんなことが書かれていた。

「孫と過ごした最後の夏休み、とっても楽しかった。
あの夏休みがいつまでも続いてくれればよかったと何度思ったことだろう。
最後に孫宛のメッセージを書いておきます。

最後に私たちに楽しい思い出を作ってくれてありがとう。最高の夏休みだったよ。」

涙が溢れてきた。止まらなかった。
夏休みの時、どうして気づかなかったのだろう。
もう取り戻すことも出来なくなってしまった。

おばあちゃん、おじいちゃん、私も楽しかったよ。
いつか…またいつか会えることを楽しみにしてるからね。

最後までこの文才のなさがわかるような長文を読んでくれた人、有り難う。

380 :----:2005/10/15(土) 10:19:56
道路(公道・私道の別を問わず)を駐車場代わりに使うことについて、少し、思うことを述べさせて頂きます。

【きちんと駐車場を借りてらっしゃる方々へ】
皆さんは駐車場代として、幾らくらい払ってらっしゃいますか? 仮に毎月5千円としましても、年間6万円ですね。
駅から近いところに住んでらっしゃる場合、地域にもよりますが、毎月2万円、年間24万円くらい払っている方もいらっしゃることと思います。

さて、道路に我が物顔で、車を毎日置いている方は、近所にいらっしゃいませんか?
彼らは、堂々と犯罪を犯し、年間6万円から24万円くらいのお金を浮かせているのです。
もしも、かれらの年収があなたと同じだと仮定すると毎年6万円から24万円くらい(もしかしたら、それ以上に)あなたより贅沢な暮らしをしているわけです。
あなたと同じ年収なのに、犯罪を犯すことによって、です。腹が立ちませんか? 当然、腹が立ちますね。
しかも、近所にそういう方々が大勢いらっしゃいますと、結構、通行の邪魔だったりもします。

そういった方々を懲らしめる唯一の方法、それは、地道な通報です。
自分の家の近所で、そういう車両を見かけたら、出来る限り警察に通報し、彼らを懲らしめ、駆逐しましょう。
皆さんの力で、日本の道路を綺麗にしましょう。


381 :go ◆9t7kTNKxEE :2005/10/15(土) 22:37:57
>379さん
御祖父母様のご冥福お祈りいたします。

実は、私の今の状況もそんなもんです。

もう、どうしょうもなくなっちゃたのね。
これから最小限で生きていくために先週から身の整理を始めてるんです。

父が生きていた頃、週末の家族での外食や
誕生日に母がくれた、ちょっと不似合いなジャンバー・・・大切な思い出になりました。
これから寒くなる季節、ありがたさが身にしみます。

自分のお金で買った物は、未練なくリサイクルショップに出しました。
別れた男が買ってくれた物も、連絡を取るのも悪いので処分しました。
でも、手作りの不細工なマスコット人形だけはまた大事にしまってあります。
だって、その不細工さが私に似てるんですよ。

がらんとした部屋でね、ひざを抱えてると
小さかった頃、中高生の頃の これからの不安とかなく 
将来の希望とかさ、夢中になってたスポーツや友人との会話も
いい思い出さ。

で、やっぱり 最後は家族と過ごした暖かい思い出なんだよね。
もっと父に「おとうさん」と言ってやさしくしてあげれば良かったとか
ほんと、しみじみそう思う。

だから、もう少しこれから頑張ろうって気になってるんだ。

379さん、笑顔で迎えてくれた御祖父母さんの願いは379さんが
正しく生き抜いてくれる事だと思うのです。
そうそう、お母さんにもやさしくして下さいね。

382 :大人になった名無しさん:2005/10/16(日) 03:02:27
。・゚・(ノД`)・゚・。

379さんにも381さんにも幸せが訪れますように。
381さん、きっと良い方向に向かう日がある、と信じて強く生き抜いて下さい。

383 :go ◆9t7kTNKxEE :2005/10/16(日) 07:30:10
おはよー

>382さん
ありがとうです、気持ちは前向きに考えて頑張って生きます。

さっき、近所の朝市に行って野菜なんかを、いっぱい買ってきました。
帰りに同じアパートのおばあちゃんが、重たそうにハクサイやダイコンを
抱えていたんで手伝ってあげてね 少しおしゃべりしたんです。

「姉さん、引越しするのかい?」 「業者が荷物運んでたけど?」
まだ、当分ここに居るつもりなんですけどね・・・・引越しするかもしれません。
会社がね、倒産状態なんです。(ほんとは夜逃げ倒産みたいでした)

「ありゃー、・・・・若い人もたいへんだねぇ」
「はぁー助かったよ、ありがとう」

おばあちゃんに、何回もお礼言われて 嬉しかったの。
ちっちゃい背中丸めて、ニコニコしてね こっちまでニコニコ照れ笑い。
冷たい手を握って暖めてくれたような気分だよ。



384 :382:2005/10/16(日) 07:49:39
ああ、いいなぁ、
go ◆9t7kTNKxEEさん、何か、幸せになるのが
上手な人みたいだ。良かった。

幸せ不幸せって物理的な物はもちろんあるんだけど、
心が感じる物だと、私は思います。
383のカキコ、嬉しかったよ〜

385 :go ◆9t7kTNKxEE :2005/10/16(日) 12:49:42
お昼はサラダに、野菜の煮物です。
なんとかおかずは、一週間買わずに済みそうです。

返済を約束した数人の人が来て、全額とは行きませんが
分割の一部をお支払いしました。

その中で、一番お金に厳しい方が月1万の返済を
来年まで待ってくれました。
そして、どこか住み込みで働くかもしれないと話しますと
万が一、月の返済が難しい時には連絡を入れなさいと言われました。

こんな状況の中の私を信じてくれる態度に
ありがたくて涙が出そうです。

下の階に住んでいる、今朝のおばあちゃんが階段の掃除をしていました。
私に、「何かあったら大声出すんだよ」って言ってくれました。
何人も、入れ替わり人が来るから不審に思って心配してくれているんだろうね、

だって、階段なんか竹箒で掃かないよね。

車売ったり、保険解約の手続きなんですよ、ってウソ言っちゃった。

ごめんねおばあちゃん、そしてありがとう。。

386 :大人になった名無しさん:2005/10/16(日) 22:45:43
go さんは他にご家族はいらっしゃらないのですか?

387 :go ◆9t7kTNKxEE :2005/10/17(月) 03:38:09
やっぱり、なんだかんだいっても 夜 は 怖 い です。
これからどうなるんだろう?

こんな事考えて、眠れない毎夜より
早く、明日の休みはどこに行こうかな なんて考えながら寝たいです。

>386さん
家族ですか・・・
家族は、これから作っていくのが希望なんですけどね
稀に叶う望みで、希望っていうぐらいだから捨てちゃいけませんよね。

母は、どこかで生きていると思います。


388 :大人になった名無しさん:2005/10/17(月) 12:35:56
>go
正直スレ違い&どうでもいい。
よそでやってくれ。

-セピアな思い出再開-

389 :go ◆9t7kTNKxEE :2005/10/17(月) 20:20:12
ごめんなさい。


390 : ◆wWrlZojXFA :2005/10/18(火) 06:41:06
                                              Y⌒''''|'"⌒`⌒⌒'ー、_/   》
                                           \ γ;;;;;ノ..;;;)       /   /
                                           ,,,γ;;;;,,…../     ::::::::::*:: ∞〜 プーン
:::::::::::::::::::::::::::::    ,.-ヽ. .          |..名|                (;;;;;;;;;;;;;;;;;;人_(\!((^i_/ヽ、::*::: }
::::::::::::::::::::::   ____,;' ,;- i. .. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|..科| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |    /*-'' ̄ :;; ̄''-   i  リ 
::::::::::::::::::   ,;;'"  i i ・i ..          |..田|    _____    |   ソ r(:;;:),,、i   r(;;;;;;)、  |   |  ∞〜 プーン
:::::::::::::::  ,;'":;;,,,,,, ;!, `'''i;.           |..歯|    [ 生ゴミ  ]     リ  i ;;;;;;;;   |   ::::   |  |
:::::::::::  ,/'"   '''',,,,''''--i.           |..科|     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ プーン }  <ヘ :;;;;; ノ :::   /;; >  i 
:::::::::  ;/  .,,,,,,,,,,,,,,,,,   ;i'⌒i;.         l____.|     ヾM/   ヾM/ 〜∞|  |:::l:;;;;;*`;;ー;;`ヽ: l::::|   | 
:::::::  i;"     ___,,,,,,,  `i".         |l l ll|    //ヽ~\//ヽ\... ノ  ヽ:::;;;;; l l===ュヽ ::/  リノ 
::::::: i;    ,,;'""" `';,,,  "`i_____|l l ll|__|     |    . | 彡ノ ソ;;*::;;;  -;;;;-'、,:::/| / 
::::::: |  ''''''i ,,,,,,,,,,  `'--''''"       _|  |   ヽ__/ヽ__./   { 彡  |;;;;; \.;;;;;;;;;;/  | (   
::::::: |.    i'"   ";                              ..;;,,゙゙';;;''‐*-..;;,,,,,,,;;;;;;,,,,,,....-‐-‐''~,;;,,
::::::: |;    `-、.,;''"                                   ,,,,,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,....
::::::::  i;     `'-----j

391 :大人になった名無しさん:2005/10/19(水) 02:29:01
私が小6の冬のできごと。
私には血の繋がりはないんだけど、赤ん坊の頃からよく面倒みてくれたりどこかに遊びに連れってくれたりするおばちゃんがいたんだ。
おばちゃんとおじちゃんが大好きで「お母さん」「お父さん」ってよんでたんだ。
小6の私は「お母さん」の家でゲームしてたんだ。電話が鳴って「お母さん」が出てなにやら話してたどうやら私の母かららしい。
「お母さん」は何故か声が震えてて泣きそうになってた。
私は構わずゲームをしてた。電話を切って「お母さん」がこういった。
長文スイマセン続きます。

392 :大人になった名無しさん:2005/10/19(水) 02:43:42
「お母さん(私の母)がねちょっと用事があるからしばらく〇〇(私)の事頼むって」
私「…また家出か」私の家は少々複雑、というか母は父が嫌いで家出をするのが多々あった。
「お母さん」は
「だから今日はパジャマ家からもってきなさい宿題とランドセルも」
私「うんそうする」「お母さん」は泣きそうな声で喋ってた。そんなの素知らぬ振りでまたゲームを再開した。ゲームの画面に映った「お母さん」はエプロンで目をふいてた。
私「服とりにいってくる」
外に出て私は泣いた血の繋がりはないのに私の為に泣いてくれた「お母さん」
血の繋がりはないけれど本当の母の用に接してくれた。
「お母さん」が本当のお母さんならなぁ…と何回も思った。
今でも娘の用に可愛がってくれる「お母さん」
いつか恩返しがしたいと思う。
ありがとう「お母さん」

393 :大人になった名無しさん:2005/10/19(水) 18:38:55
>>391
「お母さん」が電話切って「長文スイマセン続きます。」って言ったのかとおもた

394 :大人になった名無しさん:2005/10/19(水) 21:47:33
ハゲワロスwww

395 :大人になった名無しさん:2005/10/20(木) 08:50:15
ワロタw

396 :大人になった名無しさん:2005/10/21(金) 22:24:05
サンマの塩焼きジュウジュウ 大根おろしショリショリッ
炊き立てご飯パカッフワッ ポン酢トットットッ…

ハムッ ハフハフ、ハフッ!!

397 :大人になった名無しさん:2005/10/22(土) 03:09:01
↑???

398 :大人になった名無しさん:2005/10/22(土) 04:17:21
鼻水が出るので鼻にティッシュ詰めて読みました…
鼻の穴が広がったら恨みますよ…

399 :大人になった名無しさん:2005/10/27(木) 12:22:36
あげ

400 :大人になった名無しさん:2005/10/27(木) 18:00:56
昔、3歳下の弟とSFCのサッカーゲームをしていた。
リビングの大きなTVで、仲良く試合してたっけ。いつもオレが勝ってた。
弟は悔しそうに、時には泣きながら、「もう1回、もう1回!」とせがんできたもんだよ。
ほとんど2Dに近いゲームで、キーパーなんかあり得ないプレーしてた。
もちろん、選手の顔なんてみんな同じ。

あれから数年経って、何度か引っ越した。
高校生、中学生となって、もちろん部屋は個別に持ってた。
でも、2階のオレらの部屋にはTVのアンテナ端子がなくて、1回からケーブルを引っ張ってオレの部屋に1つだけTVを置いてた。
弟は頭が良くなくて、親がTVを部屋に置かせなかったんだ。
ゲーム機もPS2を繋いでて、(PSは引越しの時に廃棄)オレのいない時間に、弟はオレの部屋でゲームしてた。

その内、オレに彼女ができた。あまり長くは続かなかったけど、オレは都合がいい時はいつでもオレの部屋に呼んでた。
もちろん、弟はどんなに暇でもPS2ができない。
だから、弟はリビングで、偶然見つけたSFCを引っ張り出して、古臭いゲームをしてたらしい。
そしたら弟は、不定期にPS2で遊ぶよりもSFCをやる方が楽しいと思ったのか、ずっとリビングで遊ぶようになった。

そんな感じで4ヶ月くらい過ぎたのかな、オレは彼女と別れて、寂しかった。
弟はそんなオレを横目に、久しぶりにPS2で遊んでた。
しばらくして、弟はリビングからSFCを持ってきた。
「兄ちゃん、久しぶりにコレやらない?」
弟が持っていたのは、例のサッカーゲーム。
まだ持っていたのか、なんて言いながら、オレは1Pを手にする。
弟はその性格からか、ファールが多いのだが、それでもオレは圧勝する。
でも、確かに弟はうまくなってた。
「ちきしょー、めっちゃ練習したのになぁ・・・」弟は悔しそうな表情。
お前はいつまでたってもヘタだなぁ、と言いながらも、オレは弟にひどいコトをしていたな、と反省していた。

数日後、オレは弟のために中古でウイイレ7を買ってきた。
弟は最初、すげーリアルだ、とか言ってたけど、その内またSFCを取り出して、またあのゲームを起動する。
「兄ちゃん、もう一回やろ、次は勝つからさ」
そうして弟は、またオレに負けて悔しがる。

でも、そんな弟を持って、オレはすごい幸せだな、って感じた。

401 :大人になった名無しさん:2005/10/27(木) 22:23:31
弟はわかってるなぁ
弟にエミュ教えてやれよ、泣きながらうんこ漏らしてよろこぶぜ

402 :大人になった名無しさん:2005/10/28(金) 08:49:11
>>400
正直何が泣けるのかわからん。
無理やり泣ける方向に持っていこうとしてるがお前も弟もただの馬鹿かと・・

403 :大人になった名無しさん:2005/10/28(金) 10:37:34
>>402
>>400は続きを書いてくれる筈。

404 :400:2005/10/28(金) 22:27:16
>>402
少なくともオレ自身は心が張り裂けそうな思いをしたよ。
文句一つ言わずに、オレらの空間をそっとしておいてくれた。
弟は友達の家に行ったりもせずに、ただSFCをしていたんだよ。
今までウザいなぁって思ったりしてたけど、実際はオレの方が迷惑かけてた。
兄として、人間として失格だな、って思った。そしたら、何かこみ上げてくるものがあったんだよ。
身近な存在がどんなに大切か今さらわかった気がした。オレはバカだよ。

昨日書き込んだ後に、無性にサッカーゲームがしたくなった。
オレは弟を誘ってみたけど、弟はSFCを1階の引越し用段ボールにすでにしまっていた。
話によれば、定期テストの勉強があるらしい。
オレは前期期末考査が終わって一息ついてる時期だから、実際何かして遊びたいのだが、弟は自ら誘惑に負けないよう、ハードを封印したらしい。
何だかんだ言って、オレたち兄弟の生活パターンはかなり変わってきてる。
一緒に遊ぶなんて、かったるいというよりも、時間の関係でかなり厳しい。

昔は短気で、大声で泣き叫んで、ケンカしたらすぐに親に助けを求める、そんな弟だった。
今じゃオレのこと気遣ってくれただけじゃなくて、自分のなすべきことを理解して、自分1人で計画立てて過ごしているみたいだ。
「だって兄ちゃんが!」という捨てゼリフももう聞けないのだろう、ケンカもほとんどしなくなるだろう。
でも、暇ができたら、また弟と遊んでやりたいな、って思う。オレにとってはたった一人の兄弟だもん。

・・・今、弟がわからない問題を質問しにきた。今日のレスはこのくらいにしておきます。

405 :大人になった名無しさん:2005/10/28(金) 22:39:45
>>402
別に泣かなきゃいけないスレじゃなくね?
「セピアな思い出。感傷的な気持ちにさせてくれる話」って1に書いてあるし
俺は兄弟で朝から晩まで遊んでた頃を思い出してなんかじーんときたけど

406 :大人になった名無しさん:2005/10/29(土) 04:41:58
夏休み目前にして妹が死んだ。
みんな「明日から夏休みなのに」
と言いながら泣いていた
中学3年生、人生まだまだだったのに

やっと一年間が過ぎ居なくなってから二度目の誕生日が来る
悲しいよ毎日考えるし、会いたいよ

ダメだろうが無理だろうが
会いたいよ
会いたいよ




407 :大人になった名無しさん:2005/10/29(土) 07:08:41
イ`

408 :大人になった名無しさん:2005/10/29(土) 23:08:55
あなたの場所から
私が
見えたら
きっと、いつか
会えると信じ生きていく…。


頑張れ。負けるな。

409 :大人になった名無しさん:2005/10/31(月) 02:59:03
中学2年の時クラス替えしてから急にみんなから避けられるようになった。
理由は不明、いきな「臭い・汚い・宇宙人」と言われた。
小学校の時から仲が良かった子も私と仲良くするとイジメられるからって離れて行った。
女子はシカトが多かったけど、男子はあからさまにイジメてきた。
朝学校に行くと机の上に汚い雑巾や他のクラスの男子のカバンが置いてあり。
「汚ねぇ〜菌がうつる〜w」「それ誰のカバン?盗んできたんだろ?」
それを見た女子はあざ笑っていた。
そんな中、一緒のクラスになったA君他数人の男子は優しくしてくれた。
他の子はプリント配る時「汚いから」ってわざと私にだけ配ってくれなかったりしたのに
A君達は分け隔てなく配ってくれた。
私とぶつかると「うわぁ汚ねぇ!」って言われたのにA君達はイスとかがぶつかると
「ごめんね!痛くなかった?」と言ってくれた。
運良く3年のクラス替えでもA君と同じクラスになれた。
修学旅行の時なんか「荷物持とうか?大丈夫?」って気遣ってくれた。
中学卒業して10年くらいになるけど、A君のことまだ好きです。


410 :大人になった名無しさん:2005/11/02(水) 00:23:30
保守

411 :大人になった名無しさん:2005/11/02(水) 00:56:25
>>409
自分は人をいじめたことがあるだけに、文章を読んで本当に泣きそうになりました。

自分の話ですが、小学校低学年の頃、N君というクラスメイトがいました。N君の家は、見た感じとても裕福とはいえず、着ている服も汚れていました。
自分は、友達といつもN君をからかっていたと思います。
ある日の学校帰り、いつものように友達と、N君をからかいながら帰っていると、N君の家の前を通りました。するとN君が『ちょっと待ってて』と言いました。
『母親にチクるのかな・・・』自分はそう思いました。少し時間が立って、N君は戻って来ました。『ウチでとれた柿、食べてみて』N君がそういうと、自分達に柿を渡してくれました。
当時は意味が分からず、もらったその柿さえも、自分は気持ち悪がっていたと思います。しかし、今思うのは、N君への感謝と懺悔。どれだけ言っても、許されることはないでしょう。

412 :大人になった名無しさん:2005/11/02(水) 00:58:30
>>409
こんなとこで語ってないで、とっとと告白汁!ヽ(#゚Д゚)ノ┌┛Σ(ノ´Д`)ノ

413 :大人になった名無しさん:2005/11/02(水) 16:59:27
小学校に上がる前だと思う。
ある朝目を覚ますと隣で寝ている兄以外、家に人の気配がなかった。
家中を見て回るが、誰もいない。
不安になって兄を起こそうと声をかけ、肩をゆするが目を覚まさない。
どんなに激しく揺り動かしてもぐにゃり、ぐにゃりとするばかりで死んでいるかのようだ。
私は怖くなって家の外に出た。
雨が降っていて薄暗かった。家の周りを泣きながら歩き回ったが、家の外にもまったく人の気配はなかった。
泣きながらまた家に帰りぐずぐずしていると、ふいと両親が現れた。
「どこにいってたの」と聞いても答えてくれず、
「お父さんはここにいるよ」「お母さんはここにいるよ」と答えるばかりである。
訳が分からなかったが、とにかく両親は戻ってきて私は安心した。
と、そこに兄が現れた。兄の顔を見た私は息を飲んだ。
そこにいた兄は兄ではなかった。背格好は似ている。
しかし昨日までの兄、さっきまで隣で寝ていた兄と顔が全然違う。目つきがきつい。
鼻が細く高い。ほほがこけている。髪がぺたんとしている。
あの不思議な朝のようなことはあれが最初で最後だったが、
兄自体はそれからもずっと兄とは思えない男の子のままだ。


414 :大人になった名無しさん:2005/11/03(木) 10:39:22
>>413
なんか怖い

415 :大人になった名無しさん:2005/11/03(木) 11:40:49
>>414
元はオカ板だからな

416 :大人になった名無しさん:2005/11/07(月) 22:26:40
ゲリクソの音


ぶぶぶぶぶぶびーーーーーイイイイィィッィイ!!ブリッ!!ブバブビビイビビ!!!ビ!!
ビビイイビ!!ブ!!ビ!!!!プス〜〜〜。ブブ!!ブビビビイビイイイイ!!ブババババ!!ポチャン・・・・
ビビビ!!ブブブビビ!!

417 :大人になった名無しさん:2005/11/17(木) 00:29:32


418 :大人になった名無しさん:2005/11/17(木) 04:39:30
>>415 ちょ、ちょっと
セピアってオカルトから、派生した板なんですか?


419 :大人になった名無しさん:2005/11/17(木) 07:24:50
>>418
>>414がオカ板の

不可解な体験、謎な話〜enigma〜
からの古いコピペ


420 :大人になった名無しさん:2005/11/20(日) 02:00:38
もう10年くらい前になるけど、中学の時、俺には好きな子がいた。
けど、いっつもふざけあいながら、心の奥そこにある好きだって気持ち
を伝えることができなかった。
卒業式の朝、その子が制服のボタン欲しいって言ってきた。
でも、俺は恥ずかしいから卒業式終わってから渡すと言って、ごまかして
そのまま、渡さずじまいだった。
その日から、その子に会うのが後ろめたくなってしまった。
そして何年か前に同窓会があったんだけど、俺はその時に久しぶりに
その子にあった。
俺は、昔の事をいろいろしゃべったんだけど、ボタンの事を謝ろうと
考えるばっかだった。
「ほら、覚えてる?卒業式の事。。(中略)。。ボタン渡しそびれてごめん」
俺はうつむいたままだった。でも、その子は次のような事を言ったんだ。


421 :大人になった名無しさん:2005/11/20(日) 09:31:40
続き

「このハナクソ野郎!」と。

422 :大人になった名無しさん:2005/11/20(日) 11:47:58
高校のときずっと好きだった娘に告白しようとコンビニから電話した。

「…あ、あのさ。ちょっと出てこれない?」
「え〜なんで?」
「いや、あのさ、ちょっと話したいことあってさ」
「あ、もしかして、告白しようとしてる?」
「ち、ちがうよなにいってんの?」

で電話切った後このチキン!って声が聞こえてもいっかい電話。

「あああのさ、やっぱ出てこれない?」
「え〜お母さんがダメって言ってるし」
「…待ってる!来てくれるまで何時間でも待ってる!」

死ぬほど恥ずい台詞を言った後結局腹へって帰った。
今でも思い出すと泣ける。

423 :大人になった名無しさん:2005/11/21(月) 00:05:45
消防の頃。
その学校に転校してきたばかりの俺は、わからない事があり(内容は忘れた)、近くにいたNさんに尋ねた。Nさんは親切に教えてくれた。
後で知ったんだがNさんは知的障害があり、みんなからからかわれていた。
Nさんと話したのはそれきりだった。
俺は大学を卒業し、知的障害者の施設に就職した。勤務体制がきつかったせいか、必死に毎日をこなしていて、精神的にも肉体的にも参っていた。
そんなある日、施設内を歩いていたら、「あのぅ…」と俺に声がかかった。振り向くと、そこにはおそるおそる俺に話しかけるNさんがいた。

424 :大人になった名無しさん:2005/11/21(月) 00:31:58
(Nさん続き)
「○○君よね?」と聞かれて、「うん。Nさんだよね?」と俺が言うと、Nさんは満面の笑顔になった。そのまま他愛もない話をした。Nさんは俺が関わる機会のない棟に入寮しているらしい。
その時は、覚えいてくれたのが嬉しいくらいだった。

その後、一年たたないうちに俺はその施設を辞めた。世話になった上司達も「ここの勤務体制はひどい。自分も辞める。君も若いんだから、考えた方がいい。」
そして、教員を目指しますというたて前で、職場を去った。
実際は教員になりたいわけじゃなかった。ただ目標を失ってしまっていた。

施設を辞めた次の年の正月、年賀状の中にNさんからのモノがあった。
「あけましておめでとうございます。おげんきですか?わたしはげんきです。○○くん、りっぱなせんせいになってください。N」
すごく汚い字で力強く書かれてあった。

Nさんの優しさと、今の自分の情けなさに涙がこぼれた。


その後実際に講師を数年勤めた。
そして今俺は、福祉の資格取得のため勉強している。



425 :424:2005/11/21(月) 00:34:44
なんかよくわからない文になってしまいました。
スレ汚しスマソ。

426 :大人になった名無しさん:2005/11/21(月) 06:22:04
>>425
まぁ、ガンガレ。
Nさんも幸せならいいな。

427 :大人になった名無しさん:2005/11/22(火) 01:42:38
もう今となっては3年前の話です。

父親の経営する会社が潰れて○億の借金抱えました。当然実家も車も何もかもが競売に。
今まで上流とまではいかないが、まぁ裕福な生活をしてたんでドン底に突き落とされたって感じがしてた。

うちは今では珍しい7人家族で兄弟五人のうち、俺が長男。下はまだ全員学生で家にまともなお金を出せるわけもなく、 やっとの事で見つけた物件は4Kの一軒家。
前は一人一人部屋もある大きな家だったから小さな家になったけれど、 家族がどこにいるのかすぐ目で見ることが出来るようになった今の家は俺的にはすごく温かかく感じた。

でもな〜、実際に現実や責任を背負ってたのは父親一人だった。だからある日突然、蒸発しちゃった。
バイト中に母さんから着信あってその時は出れなかったんだけど休憩の時に電話してビックリしたというか
本気で目の前が真っ白になった。父さんの会社が倒産したって聞かされた時よりもショックだった。

家に帰って下の兄弟達が寝た後に母さんと話をした。でも話してもしょうがないし、とりあえず今は明日の
ご飯を食べられるように頑張ろう・・。口少ない会話の中で決めたたった一つのこと。
もうそれしか話す事なんて無かったわ。

でもさ、その晩に限って全然眠れねーの。明日も10時からバイトあるってのにさ。
そんであまりにも眠れなくてトイレに向かったら母さんがトイレの隣にある風呂場にいた。

何やってんだろ・・・なんか不安になって静かに母さんの後ろに近づいたら
母さんがタバコ吸いながら泣いてやんの。ゴホゴホ言いながらさ。

母さんがタバコを吸っている姿を見たのは生まれて初めてだしタバコは苦手で俺が吸ってると煙で
喉が痛くなるっていう母さんがタバコをだよ・・・それを見て寝床に戻って1時間位号泣してた。

父さんの責任を今度は小さな体した母さんが一人で抱えようとしている事。父さんと結婚してからずっと
専業主婦してた母さんにとってこれからの事とかお金の事は相当なプレッシャーだったんだと思う。
そして56年目にして初めてタバコを吸う程にストレスが母にのしかかっているっていう現実。
何も出来ない自分の無力さに、とめどなく流れる涙を抑えられなかった。

結局タバコ吸ってるのを見た事を母さんに告げてタバコはその場で没収。
そして家族の為にも俺と母さんが柱になって頑張らなきゃって、そんで健康には気をつけようって約束をしました。
そもそもタバコ買う為に無駄金使ってんじゃねーよって感じだしw

三年経った今も相変わらずとんでもねぇ貧乏だけど、母さんから没収したマイセンは捨てずに今も大切に取ってある。
いつかまたドン底に落ちたら、今度は俺と一緒に泣きながらそれを吸おうって約束したから。

俺もタバコなんて吸ってる金ないし、健康の為にも辞めたし今は会社員として働いてる。
貧乏になってすんげー学んだ事ってたくさんあった。家族がいてくれる幸せとか、お金の事。
兄弟も頑張ってバイトして少しずつ家に金を入れてくれてる。
きっと昔のままだったら絶対に感じられなかった「家族の絆」って奴なのかもな。

今までしてた生活にはもう戻れないけれど、今の生活してからの方が充実した毎日を送れてる気がするし。
それに既に底辺に落ちただけに、これ以上底辺に落ちる事も無い分、これからは這い上がっていけるんだって、
そう思うだけで何か頑張れる気がしてる。

最後に、コレ読んでくれてどうもありがと。俺なんかの人生経験だけど少しでも皆さんの活力になってくれたらいいな
と思って書き込みさせて頂きました。


428 :大人になった名無しさん:2005/11/22(火) 07:23:14
>>427
電車の中で少し泣いちゃったじゃないか…。・゚・(ノД`)・゚・。

がんがれ!超がんがれ!!

429 :大人になった名無しさん:2005/11/22(火) 07:38:47
たしかに貧乏な方が家族の絆が強くなることはあるな。小さい頃は貧乏で家も小さかったが、いい思い出として思い出すのは当時のことばかり。

430 :大人になった名無しさん:2005/11/22(火) 14:36:58
>>427
若いお前さんは底辺に落ちたんじゃない、ただしゃがんだだけだ。
……その方が高く飛び上がれるぜ!


歳考えずしゃがんじまったら足腰痛くてそのままのオヤジより

431 :大人になった名無しさん:2005/11/23(水) 23:50:27
昔、寮がある中高一貫の学校に行っていた。
中二の時の担任が厳しい先生だった。悪餓鬼だった俺は怒られまくったし、反抗しまくった。嫌っていたし、嫌われていただろう。中三になってもうるさかった。誉められた覚えはない。
そして卒業式が近いある日。俺は高校は別のところにいくことになっていた。
卒業式のリハを終えたら、その先生が遠くへ転勤なさるとみんなに告げられた。
ショックだった。なんかしらないけど寂しかった。この学校に来てもこの先生に会えないって思った。
そして卒業式。なんとか涙をこらえて卒業式も最後のホームルームも終了。あとは先生や友達に別れを告げるだけ。その先生のところへ行った。
泣いた。もうわんわんと泣いた。なんか急に悲しくなった。自分のために忙しいはずなのに一時間も説教をしてくれた先生。反抗してなにひとつ言うこと聞かなかった自分を最後まで真剣に怒ってくれた先生。
感謝の気持で一杯だった。
先生は「そんな泣かんでもええやん」って言いながら抱き締めてくれた。
今になって気付いたけど、全部その先生の言ったとおりになった。
先生、今俺なんとか目標持って勉強する気になった。先生いなきゃほんとのだめ人間だった。あのとき泣いてばかりで言えなかったけど、本当にありがとう。

下手&携帯からの読みにくい文章&全く泣けないつまらないチラシの裏スマソ

432 :大人になった名無しさん:2005/11/24(木) 00:03:13
小学校の時、足の悪い子がいて、ひょこひょこ歩くのが滑稽でみんなでからかうようになった。
野球なんかでもわざと取れないところにノックして、転ぶのを見て笑ったり。
でもその子はいつもニコニコしてて何も感じてないようだった。

でも、その事が先生にばれてみんなこっぴどく怒られた。
その子の親に謝まりに行った時、その子はいつもと違って泣きじゃくりながら、
「遊んでくれるだけでいい、笑われてもからかわれても遊んでくれるだけでいい」って。
それを聞いてお母さんは泣き出し、俺たちも自分たちの情けなさに泣き出してしまった。
彼の気持ちを考えると、ごめんなって言うのがやっとだった。

433 :大人になった名無しさん:2005/11/26(土) 04:18:14
泣きすぎて頭が痛い。寝る。ノシ

434 :sage:2005/11/29(火) 01:25:46
小学校最後の夏、卒業アルバムの製作で
1ページにそれぞれの似顔絵を描きこもう、っていう企画があった。

大体の奴は自分で自分の似顔絵を描いていたが、そんな中俺がひそかに思いを寄せていた女の子が友人Kのところにやってきた。
何でもKに彼女の似顔絵を描いてもらいたいらしい。
特に絵がうまいって訳じゃないKは、彼女が去ってから
「お前が描けよ。」
と図画工作5の俺に彼女分の用紙をまわしてきた。
ガキだった為にその辺の察しがつかず
「いいよ。」
と軽く請合う俺。
自分の似顔絵の何倍もの時間をかけて完成させるとその足で用紙を届けに行った。
一瞬の沈黙の後、教室から走り去る女の子。
きょとんとしつつも慌てて追うK。

状況を理解したのは教室に一人残されてからだった。
俺作・彼女の似顔絵は、細かく細かくちぎってから捨てた。

あれからもう10年経つが、今だ小学校の卒業アルバムは平常心で開けない。

435 :大人になった名無しさん:2005/11/29(火) 01:27:49
思い出したら悲しすぎて名前をsageちゃったよ・・・・゚・(ノД`)・゚・

436 :大人になった名無しさん:2005/11/29(火) 20:26:06
Kが悪いんだから良いじゃん。

437 :大人になった名無しさん:2005/11/29(火) 23:06:10
>>434
なんか…やるせない気分になったよ

438 :大人になった名無しさん:2005/11/30(水) 00:57:26
Kが悪いとかそういう問題か…?

439 :大人になった名無しさん:2005/11/30(水) 04:48:24
消防から厨房にかけての記憶。

家の近くに父方のばーちゃんがいる母屋があったので
消防の頃からそっちの家も自分ちみたいによく行ってた。
当時ラジコンブームの最後位で、俺も御多分に漏れずハマッてた。
でもラジコンやった人なら知ってるだろうけど、
あれは消防が欲しいと思ってすぐ買える値段じゃない。
両親はラジコン買ってくれた方だけど、
凝り性だった俺はすぐにノーマルに満足出来なくなった。
いいモーターとかパーツとか改造するのにスゲェ金かかった。
で、ばーちゃんの財布に手つけた。
お宮参りの金とかだったんだろうな。
ばーちゃんの部屋忍び込むんで棚の扉開けると、
古臭い金縁の財布にはいつも1万円札が入ってた。
それを繰り返し繰り返し…、総額はいくらになったかも分からない。
で、俺は到底消防や厨房では手に入らないような物を手に入れて喜んでた。
たまに友達と一緒に走らせれば、高い輸入のモーター見せびらかして
自慢気に薀蓄たれたりする日々だった。
でもそんなのが続く訳ない。
ついに親父にバレた。
俺は当然ボロボロになるまで怒られ、ばーちゃんに謝りに行った。
もう何を言われても仕方が無かった。
どうすれば許されるのかすら考えることも出来なかった。

でもばーちゃんは
「知ってたよ。でも、ばーちゃんからは絶対言うまいと思ってた。
だって○○ちゃんは必ず自分から言ってくれると思ってたからね。」
って言って笑った。

…マジかよ。
何でそんな言葉かけてくれるんだ。

ばーちゃんが死んで随分経つ。
でも俺はあの罪を償っていない。
ばーちゃんが本当は何を思ってあんなこと言ったのか、
本当の事は分からない。
だから晩年病院のベッドで寝たきりのばーちゃんにも
合わせる顔がなくて、2回見舞いに行ったかどうかだ。
その時やっと、ばーちゃんが入れ歯だったって知ったぐらいだ。

俺はあの頃どうするべきだったんだろう。
どうすればちゃんとばーちゃんの顔を見る事が出来たんだろう。
今なら仕事して稼いだ金を返せるのに。
あれから10年以上経ったけど、この思いが引っかかって未だに取れない。

440 :age:2005/12/01(木) 06:38:49
age

441 :大人になった名無しさん:2005/12/01(木) 10:41:01
このスレは、読むと「開けちゃいけない」と奥の方に押し込んでおいた記憶とか引きずり出されてくる。

442 :ピザでも食ってろニート:2005/12/02(金) 10:14:40
昔テレビの実況板であまりの悪口雑言のひどさに泣けました。

443 :大人になった名無しさん:2005/12/02(金) 21:09:25
>>439
俺も似たような経験あるよ。昔の人って、独特の芯の強さがあるよね。

444 :大人になった名無しさん:2005/12/03(土) 03:26:13
中学校のとき中途半端な別れ方をしちゃってそれからまったく口を利かなくなっちゃった人がいた。
高校もたまたま同じで、でも話すことはなかった。
それでも、もっと時間がたって、大人になって、同窓会とかなんかで久しぶりに会って、
あの頃のこととか笑って話せるようになったらいいなーとか勝手に思ってた。
笑って話しかけてみようって思ってた。

卒業して1年も経ってないのに死んじゃった。
急〜に。

来年成人式なんだよ。きっとタイムカプセルみんなで開けるんだよ。
きっとみんなで集まって飲んだりするんだよ。

後悔はしてるけどあなたの分まで一生懸命生きるから!!!!!!!
見られてても恥ずかしくない生き方するから!!!!!!!
だから上から笑いながらみててみて。

445 :大人になった名無しさん:2005/12/18(日) 07:24:20
どうしようもない話なのですが、セピアな思い出書かせていただきます。
大学生時代、私にはお付き合いしている女性がいました。
しかし、モテない私は、彼女ができたという事に舞い上がっていたため、
(むこうは、俺に惚れてるから、こっちから別れを言わない限り大丈夫)
と暴君になり、喧嘩(といっても一方的に私が怒る)をするたびに
「もうおまえとは、別れるよ。」と言い、彼女をいつも泣かせていました。

付き合って4年目ぐらいのちょうど今ごろの時期に母親から、
「お父さんが倒れた。入院したから今すぐ帰っておいで!」
と電話が来ました。
当時の私は、本当に性格が捻じ曲がっていたので、父親とも折り合いが悪く、
何年も口をきいていなかったので
「俺は行かない。」と意地を張っていました。

その場にいた彼女が、「お父さんが大変なら帰らなきゃダメだよ!」
と必死に説得しましたが、
私は、「うるさい!人の家の事に口を出すなよ!帰れ!」
と終電もとうになくなっているにもかかわらず、部屋から追い出してしまいました。
最低な私は、彼女を部屋から追い出したにも関わらず、
のうのうとベッドに入り、寝てしまいました。

朝、新聞を取りに行こうとしたら、ドアの外に彼女が座っていました。
寒さで疲れきった声で、「お見舞い行こう。行きにくかったら一緒に行ってあげるから。」
と言ってきましたが、私は、
「口出すなって言ってるだろ!もう、オマエみたいな女とは別れる!」
と言い捨て、新聞を取り、自分だけ部屋に入ってしまいました。
彼女はしばらくドアの前にいましたが、私が、
「そんなとこにいると俺に迷惑がかかるんだよ!帰れ!」
とドア越しに怒鳴ると彼女は帰って行きました。
彼女が帰ってから、内心、「どうしよう…実家に帰った方がいいかな…でも…」
と不安になりましたが、「やっぱ、行かない。」と帰りませんでした。


446 :大人になった名無しさん:2005/12/18(日) 07:25:20
次の日、外出しようとドアを開けるようとする、彼女がいました。
「お願いだから、お見舞いに行こう。お父さんと仲直りできなくなっちゃうかもしれないんだよ…」
と説得して来ました。
しかし、私は、開けようとしていたドアを閉め、
「オマエはもう彼女じゃないんだから来るな!」
と怒鳴り、追い返してしまいました。
次の日も、次の日も来ましたが、私は、
(どんなにひどい事をしても大丈夫。どうせ本当には別れないし。)
と追い返していました。

4日目くらいに彼女がアパートに来た時、私は、
「もう二度と顔も見たくない。毎日毎日来て、他の部屋の人にも迷惑がかかるだろ!」
と怒鳴ると、彼女は泣きながら走り去ってしまいました。
そんな状況でも、(まぁ、ほとぼりが冷めた頃に連絡すりゃいいだろ…)
などと横柄に考えていましたが、その次の日、彼女はアパートに来ませんでした。
横柄な私は、本当に来なかった彼女に腹が立ちました。
(もう絶対、俺からは謝らない!)と理不尽に怒っていました。

そしてその次の日、彼女がアパートに来ました。
しかし、昨日来なかった事に怒っていた私は、
「昨日来なかったんだからもう来なくていいよ!俺、他に付き合ってる子いるし。」
と嘘を言ってまた追い返しました。それ以来、彼女は来ませんでした。
私は「ま、いっか。新しい彼女探そう!」とモテないのに痛い勘違いをし、
4年付き合ったにも関わらず、簡単に清算してしまいました。

447 :大人になった名無しさん:2005/12/18(日) 07:26:26
結局、見舞いは行きませんでした。父親も無事退院したし、新しい彼女もできず暇なので、
正月、実家に顔を出しに戻りました。
母親が彼女の事を聞いてきました。
「××ちゃんは元気?アンタは全然見舞いに来なかったけど、××ちゃんお見舞いに来てくれたのよ。
 おいしい手作りのお菓子とお手紙まで持ってきてくれて。」
と言ってきたので、いつ見舞いに来たの?と聞くと、
彼女が毎日見舞いに行くように私に説得をしに来てたのに1日だけ来なかった日でした。

頭が真っ白になりました。真っ白になりながらも母親から、手紙を受け取り読みました。
「■■(私の父の名)さんへ 
 体調はだいじょうぶでしょうか?今日はいきなり来てしまいすみませんでした。
 今、お父さんと○○が話をしていないというのは知っていますが、○○も心配しています。
 ○○は、意固地になってしまう所があるので、きっと切り出しにくいんだと思います。
 本当は、人に気遣いをしてくれる優しい人です。非力ですが、私もお父さんと○○が
 仲直りできるよう応援します。そして、またみんなでお寿司を食べに行きましょうね。」

これを読んでたら、毎日追い返されて、ひどいことも言われたのに来てくれた彼女の優しさ…
その優しさを当たり前の物だと思い込んでた自分の愚かさ…
いろいろな事が頭を駆け巡り、自然と涙が出てきました。
これは、謝らなきゃと連絡をとろうとしましたが、電話には出てもらえませんでした。
数日後、ポストに手紙が入っていました。
「付き合った当初は優しかった○○君(私の名)も最近は、私のせいでイライラさせちゃってるね。
 私がキチンとしてないから、どんどん○○君が変わってっちゃったんだよね。
 本当にごめんなさい。こんな私と4年間も付き合ってくれてありがとう。」
これを読んだ時、涙が溢れると同時にあの時間はもう戻ってこないと痛感しました。

そんな私も現在では、妻と子供と3人で仲良く暮らしています。
人づての話ですと、彼女も幸せな家庭をもっているそうです。
あの頃と違い、今では妻の尻に敷かれています。
毎年、今ぐらいの時期になると思い出すので書き込んでしまいました。長文スマソ

448 :大人になった名無しさん:2005/12/18(日) 19:40:30
アホが・・・

449 :大人になった名無しさん:2005/12/18(日) 20:03:52
>>447
おれは2ちゃんでもめったに書かないが、

氏ね


なに電話で誤ろうとしてんだよ。
直接行って会ってくれるまで。ドアのとこで待ってればいいじゃんかよ。

彼女がしたみたいに。


450 :大人になった名無しさん:2005/12/18(日) 20:17:00
ちょっと胸糞

451 :大人になった名無しさん:2005/12/19(月) 07:45:15
>>447

449の言うとおりだと思う
横着で横柄な人間だな

いい彼女だったな

452 :大人になった名無しさん:2005/12/22(木) 01:14:46
>>447
これはひどいage

453 :大人になった名無しさん:2005/12/22(木) 07:40:20
>447は稀に見る糞人間

454 :大人になった名無しさん:2005/12/22(木) 19:12:51
>>447 そのウチ逃げるより先に不幸が回ってくるぞ( ̄ー ̄)

455 :大人になった名無しさん:2005/12/22(木) 19:28:56
>>447
ポカーンでやんす

456 :大人になった名無しさん:2005/12/24(土) 01:20:22
糞野郎登場で盛り上がって参りました

457 :大人になった名無しさん:2005/12/24(土) 02:08:35
ワロスqqqq

458 :大人になった名無しさん:2005/12/24(土) 15:55:15
同じく糞かもしれないけど書いてみる。


去年の12月24日に、親戚のおばさんが亡くなった。
その日家族と出かけて、欲しいもの買ってもらっておいしいもの食べて、その日幸せだった私は面倒だった。
というのも、おばさんの葬式は雪道を車で2.3時間かかる場所で行われていたから。
そして、おばさんがアルツハイマー病だったから。
去年の夏が最後に会ったときだった。子供と接する仕事に就いていたおばさんからは、兄と比べられまくった。
自分と同じ文系だとか頭が天井向いてる(空想好きって意味だと親は言ってた)と言われたもんだから天井を見つめていた。
なにより、母が電話先でおばさんを「やっかいもの」のように話しているのが、一番嫌煙させた理由だった。


次の日、葬式の会場に到着すると親戚一同が集まっていた。中には私の知らない人も多かった。
一緒に住む人も、伴侶も子供もいなかったおばさんは、寺に多額の寄付をしていた。
おばさんの広い自宅の中央に、棺に入ったおばさんを見た。それをみて、母は泣いた。
やっかいものみたいに聞こえたけど、そうじゃなかったのかな、とそのとき初めて感じた。
おばさんは今にも目を開いて、話し出しそうだった。
葬式本番では、おばさんを「恩師」という生徒(といってもおばはん)の姿も見られた。
会場の天井を見上げたら、寄付が寄せられた人々の名前が連ねられていた。

私は同じ世代の女の子と少し話をしたり、小さい子と少し遊んだ。
葬式会場は寺と連結してて、寝泊りもできるようになってたのでそこで寝た。
楽しみにしていたラジオを聞きながら。知らんおっさんが酒飲んで大騒ぎしてたうえ、枕が固くて寝れなかった。

459 :大人になった名無しさん:2005/12/24(土) 15:56:26
翌日、少し離れた火葬場に移動。食べ物や飲み物が振舞われた。
私は少し手をつけて、そのあとはMDで曲を聴いてた。母と母の姉妹が隣で話していた。
私はそのときはじめて、尋ねてみた。おばさんと自分の関連について。

おばさんは、おばさんの母親の連れ子だったらしい。今で言うと再婚だろうか。
結局再婚相手との間に子供は生まれず、連れ子はおばさんひとりだけだったという。
私はなかなか理解出来なかったけど、その時代ではよくあることだったと聞かされた。
つまり、生活の苦しさから逃れるために結婚した、お世話になった、ということ…だと思う。
母を含む姉妹は、おばさんを自分達の姉として一緒に暮らしていた。けど、後々それは嘘だったと言われたらしい。
母方のおばあさん、おじいさんは私が生まれる前に死んでいたから、うまく理解できなかった。

けどそれが、おばさんにとって苦しいことだったというのはわかった。
私は耳を塞ぎたくなって、母の話を途中でMDに摩り替えた。ヘッドフォンで聞かないようにしてしまった。
母親いわく「おばさんは自分の代で終わらせたかったんだ」という。


初めて人の骨を見た。今まで見る機会がなかった。
私は人間の臓器とか、ちょっとでも見るとビビってしまうタチだけど、骨は、白くて綺麗だと思った。
骨を箸でつかむと、思っていたより軽かった。骨はもっと、重たくて固いものだと思っていた。

おばさんは、新聞に載ったり天皇から賞をもらうくらい偉業を達成した人で
私の家にはその写真と、プレートが和室に置いてある。
私はおばさんに天井向いてるとか言われて、お前は国語はできるけど数学とかは出来ないって見事に図星つかれた。
今伝えられるなら伝えたい。血は繋がってなくても「私は文系なのは、おばさんからの遺伝のせいだ」って。

本当は今日、一回忌だったのに塾があっていけなかった。親がそっちを優先させた。
手を合わせることは出来ないけど、学校に合格したら会いにいきたい。謝りたいこともあるから聞いて欲しい。
糞スレスマソ

460 :大人になった名無しさん:2005/12/24(土) 21:21:28
951:名無しの心子知らず :2005/12/13(火) 23:42:07 ID:am/jWCGZ
すごくいい卒団式だった。
うちの息子は小2から世話になってたけど下手っぴで、6年生が10人いるから出場は代打要員。
強いチームなので、誰かが怪我や病気でも
試合にはうまい5年生2人が出るばかり。
ちっとも試合にでれなくて
正直辞めさせようかと悩んだけど、続けさせて良かった。
式で作文を読んだ時に、『夏の大会で監督が1度だけセカンドで使ってくれて嬉しかった。
だからどうしてもヒットを打って監督の期待に応えたかった。』と息子が言うと監督ぼろ泣きで
『代打ばっかりで悪かったな。それでも腐らずに頑張ったお前は偉い。
中学行ってもその根性があったら絶対大丈夫。レギュラーになれよ、今度は負けるな。』
って言ってくれた。
何故かチーム1の活躍選手が貰えるMVPの盾ももらった。
他の6年生が、うちの息子にあげて欲しいと言ってくれたそうだ。
息子よ、かあちゃん泣きすぎて酷い顔だったろーな。でも今晩くらい泣かせてくれ。
実はいいチームだったじゃん。野球団よありがとう。

461 :大人になった名無しさん:2005/12/26(月) 15:03:25
455…お前見たいなアホ見た事無いわ!

462 :大人になった名無しさん:2005/12/26(月) 15:17:32
スマヌ…445でした

463 :大人になった名無しさん:2005/12/26(月) 22:36:37
↑天に唾吐くってやつか

464 :大人になった名無しさん:2005/12/26(月) 23:03:12
445大人気だなw

465 :大人になった名無しさん:2005/12/31(土) 19:35:58
445は糞だけど458は全然糞じゃないと思う。
むしろイイコだと思う。


466 :大人になった名無しさん:2006/01/13(金) 20:29:40
年あけから随分と経つのに
俺が新年初のカキコかよw

467 :大人になった名無しさん:2006/01/14(土) 00:11:43
新年2番目ノシ
このスレ大好きなんだけどなかなか人来ないのね。

468 :大人になった名無しさん:2006/01/14(土) 01:09:26
三年前の年の瀬、市内の総合病院の四人部屋で父親の介添えをしておりました。
父親は大腸がんの末期で麻薬系の鎮痛薬の影響で意識朦朧、夜になると徘徊を
くりかえし、完全看護のはずが、添い寝を病院から依頼され徹夜がつずいてい
ました。そんな中ある晩父親がまた夜中起き上がり徘徊をしようとし、それを
抑えようとして、父親を羽交い絞めするような状況になりました。たのむ、い
い加減に静かに寝てくれよ。心のなかでさけんでいました。
同室で不機嫌そうな寝返りをうつ他の入院患者、何度もナースコールで呼び出
した看護婦、彼ら他人の目を気にしての所以です。
何度目かの押し問答のあと父親が突然、たのむよ、たのむよと二回私に叫びま
した。私にはいまだに父がなにを頼んだのか理解できません。それが私が聞い
た父の意味のある最期の言葉でした。

469 :大人になった名無しさん:2006/01/14(土) 01:37:46
その晩の後、父は急におとなしくなり、呼吸も浅く、ほとんど半覚醒
の状態になり、付き添いもかなり楽になりました。ただし癌の進行に
伴い、腸閉塞が進み、腸液?の逆流が起こり口内に吐しゃ物がたまり
、自分が様子を見ながら、口内の吸引を定期的に看護婦さんにお願い
しておりました。
ちょうど大晦日の深夜、テレビからは紅白、行く年来る年と番組が
流れつずけていました。そのころには個室に移っており、なにかやた
らと時間がゆっくり静かに流れていくようで、現実感がまったく無か
ったのをおぼえています。
何度かの吸引を依頼したあと少しうたた寝をしたようです。突然の
うめき声で目を覚ましてはじめて自分が寝ていたのに気がつきました。
一瞬で何が起こったかわかりました。
ベッドの上には吐しゃ物を喉につまらせ窒息した父親がよこたわって
いました。


470 :大人になった名無しさん:2006/01/14(土) 02:07:57
父の目は遠くを静かに見つめたままでした。とても穏やかな眼差しで
した。それからは全て機械的にてきぱきと作業は進みました。家族や
親族に連絡をとり、医師が死亡診断を行い。死亡時刻の確認がおこな
われました。朝の四時でした。ばたばたと駆けつけてきた母、妻、姉
叔父叔母。みなが泣いていました。泣いて父を送っていた。
そんな中、私は涙が湧いてきませんでした。ただ呆然として、やまし
さ、恐怖にとりつかれて泣くことができませんでした。
喉を詰まらせ窒息し、意識が薄れつつある父親。その横で異変に気が
つかず寝ている息子。自分が愛して育てたはずの息子が、死につつあ
る自分に手を差し伸べようともしない。父の無念さを思うと最後の別
れをすることも、まして父のために涙を流すこともできませんでした

三年たってますますあの時の情景が鮮明になり、頭から離れません。
父の苦しげな、一瞬のうめき声が耳に残ります。
おりにつけ、頭のなかでオヤジごめん、オヤジごめん、このリフ
レインが続くばかりです。一人になるとあの時出てこなかった涙が
今になってやたらと出てきます。

471 :大人になった名無しさん:2006/01/14(土) 02:55:08
突然失礼いたします。
お金を稼ぐことが大変なことなのは私も存じておりますが、
そんな私が発見した最新の4月更新の情報を
お送りしたいと思います。
情報は新しいほど貴重ですよね。
貴方様もお嫌でなければご覧になってください。
どなたにもできるお仕事です。PCがあれば完全自宅でできます。
今かなり勢いにのってます。
明日から「入金祭り」になります。
私は昨日だけで55,500円の振込みがありました。
詳細はhyde0917@mail.goo.ne.jpまで空メールをしてください。
ウソだと一言で済ますのは簡単ですが、見るだけ見てください。

自動返信で情報をお送りします。きっとお役に立ちます。
では失礼いたしました。

472 :大人になった名無しさん:2006/01/14(土) 03:05:58
>>471
全仏が泣いた

473 :大人になった名無しさん:2006/01/16(月) 11:11:35
看病に疲れうたた寝をしている息子をどうして恨んだりできようか。
息子よ、ありがとう。あとをよろしく頼む。
今は何一つ苦しいこともないが、ただひとつ、お前が自分を責め続けていることだけがつらい。
ようやく苦痛から開放されたのだよ。
お前が気づこうが気づくまいが、遅かれ早かれ父は逝ったのだ。
息子よ、わが身を責めるな。
前を向け。


父君の代わりに言わせてもらった。

474 :1/1:2006/01/17(火) 18:48:42
女子グループが小さな本を手に午後の優雅なひとときを楽しみ、
二人のダメ男子が意味もなく恐縮して縮こまる…
数十分が経過しても、この緊迫した状況は相変わらず続いていた。
僕はどうにかして自分達のスタンスを守ろうと
友達に小声で話しをかけ、ぎこちなく会話は再開。
しかし同世代の異性がすぐ隣りにいるとなるとそちらが気になって落ちつかない。
まぁ無理はない…青春を疾走するその他大勢の男子だ。
どこのクラスにも必ず存在する
女子と縁がなくてバカをやるしかない集団の一員にとっては、
この世の女性すべてはいくらあがいても決して手の届かない女神にみえていた。

僕はテーブル上の数ある書物の中から一冊を手にし、
ページをパラパラとめくって読んでいるフリをしつつ、
ブラウンヘアの彼女をずっと眼で追っていたよ。
水棲動物の生態に関して綴られた手元の文体は眼中になく、
友達のくだらない話もまったく耳に入らずに僕の全集中力は彼女へと向けられていた。
退屈なイルカなんかよりも、未知のあの子のことが知りたい。
遠目でみる本に囲まれた彼女もすごく素敵だったなぁ…
少なくとも、僕が在校している学校にはこんな綺麗な女子生徒はいない…(暴言

そのときさ…女子グループが腰の高さくらいの
小振りな本棚の裏側を覗き込んだんだ。
動作から察するに、裏側になにか落ちているようだった。
僕達も気になったけど近づく勇気なんて微塵もない。
女子グループはその‘ある物’を見下ろしながらしばらく談義し、
このテーブルコーナーをあとにした。
女神達が去ったことを嘆きながらも、僕達は即座に椅子から立ち上がり
マッハ7の速さで本棚へ駆け寄って壁に顔を押し当てると、
そこには相当使い込まれた裸の白い消しゴムが落ちていた。
僕は本棚に吸い込まれるように腕を限界まで伸ばして拾い上げ、
無言でテーブルへと戻り、所々黒づんだその消しゴムを
ブラウンヘアの彼女の落し物なのだと勝手に結びつけて
自分の筆箱の中に大事にしまった。。。

決して彼女に手渡してお近づきになる為の
きっかけづくりに筆箱に保管したわけじゃないんだ…
女性陣は誰一人、筆記用具なんて持ち込んでないから
消しゴムを落とすはずがない。
それを承知で大切に持ち歩いていた…
彼女の私物だと想い込みたかっただけさ…ほんと、子供の想像力は偉大だww
それに‘度を過ぎた執拗な蒼い行為’はこれだけでは終わらなかった…
僕は彼女が座っていた椅子を自分の物と取り替えたんだ…
ほかのイスと判別がつくように、たまたま学生鞄の中に入ってた
キャラ物のシールをイスの裏側に貼って目印にしてさ…
友達は突っ立って一部始終を冷ややかな眼で見ていたよ…ww
僕の羞恥な行為に呆れたんだな。

475 :2/2:2006/01/17(火) 18:49:40
この出来事のあと、単身でも図書館へ通う頻度が大幅に増えたけど
彼女と逢ったのはこれが最初で最後。
あの麗しいブラウンヘアを拝めることは二度となかった…
他校だったのが最大の難点だったな…一人ロミオ&ジュリエットさ。
でも彼女への想いは慕うばかりで、
結局、新しく筆箱を買い替えるまでの数年間、
消しゴムはずっとシャーペンの片隅に添えてあったよ。。。
筆箱を開ける度に古書の香りとともに彼女を想い出し、ぼやける淡い恋に馳せていた。。。
多分、家のどこかにある学生時代の筆箱を探せばまだ中に入ってると想う。
あの頃の気持ちと一緒にジッパーで封じられているのさ。。。

学生時代は今の僕からは想像もつかないくらいにとても活発で、
友達とバカ遊びをしつつも何度か女性に密かな恋心を抱いたけど、
実らせたことなど一度もない…可愛そうな恋達ばかりさ…
これじゃあロミオ&ジュリエットのような美しいラヴストーリーではないな…
見込みのない一方的な恋心だ…そう、僕はまるで現代に生きた孤独なウェルテルさ。。。
意中の女性が自分の前では見せたことのないような笑みを浮かべて
ほかの男と楽しく会話しているのを樹木の影から覗き、
男女二人が自分を置き去りにして輝いてゆく瞬間を指を咥えながら見上げるんだ。。。
過去もこれからもずっと片想い人生だよ…僕は本当に恋愛に奥手なのさ。。。

476 :大人になった名無しさん:2006/01/17(火) 22:46:10
なんかポエムみたいだ。楽しく読ませてもらった。
どうでもよいが名前欄の番号の振り方が変。


477 :大人になった名無しさん:2006/01/17(火) 22:47:18
変だなw
どっちも完結してるw

478 :大人になった名無しさん:2006/01/18(水) 23:45:33
1/2がないなんて……泣ける

479 :大人になった名無しさん:2006/01/19(木) 10:14:13
>473
全米が泣いた、おまいの優しさに。


480 :大人になった名無しさん:2006/01/24(火) 06:02:43
473
素晴らしい。
涙が止まらない。

481 :大人になった名無しさん:2006/01/27(金) 14:02:39
うちの父親は癌で亡くなったけど、最後は頭が壊れてしまったなぁ。現在と過去がごっちゃに
なってた。

私はちっちゃい頃から父さんが大好きで、結婚して子供を産んでからも、しょっちゅう孫を見せに
行ってた。5歳になった孫と私の区別が付かず、頭を撫でながら私の名前を呼んでいた。

いよいよダメだというとき、私が人目も憚らずに泣いていると、父さんが意識を取り戻し、泣いている
私を見て、ちっちゃい頃と同じように優しく微笑んでくれた。それから母さんを呼んで、イチゴを
食べさせてやれと言っていた。大好きなイチゴで泣きやんでいたのは5歳の頃の私だよ、父さん。

482 :大人になった名無しさん:2006/01/27(金) 16:43:17
最後のときに人生の一番幸せだった頃に戻っていたんだろうな・・・。
。・゚・(ノД`)・゚・。

483 :大人になった名無しさん:2006/01/27(金) 20:33:28
去年の六月母親が癌で亡くなりました 去年の二月頃体が怠い おしっこの色が烏龍茶みたいな色してるって言って来て病院行って視て貰って来なよと俺は言い多分疲れから体調が悪いと思ってたら即入院って事になり俺はショックと寂しさで一杯になりました

484 :大人になった名無しさん:2006/01/31(火) 03:40:40
>>482
五才の時が一番幸せで後は不幸だったのかw
カワイソス

485 :大人になった名無しさん:2006/02/01(水) 03:03:51
おまえわざと書いてんだろ

486 :大人になった名無しさん:2006/02/04(土) 07:47:38
小学校のとき、私立の中学校を受験しようとしてた。
背が低くて虐められっ子だったため、違う環境に行きたかったという大分下らない理由だったし、
遊びたい盛りで勉強の意味なんて何もわからなかった俺は受験勉強を全然やらなかったんだな。
6年生のときに行っていた塾では成績が悪くて、これではダメだみたいな話も出ていたようだ。
それでも算数とかが無駄に得意だったせいか、特にばあちゃんが随分期待してたみたいなんだ。
俺の母は子供の頃に両親を亡くしていて、6人いた兄弟だけで生きてきたという過去がある。
そういう背景もあって、夫の母親という存在には強いプレッシャーやら、複雑な感情があったんだろう。
ある日、あまりにも勉強をしない俺を叱った母は「あんたがもし中学校に合格できなかったら、私は家を
出て行かなくちゃならなくなる」、そう言って泣き出してしまった。子供だった俺にはその意味は
分からなくて、その場をどう過ごしたのかは憶えていない。今考えるとちょっと思い詰めすぎじゃないか
なんて思うわけだが、辛い思いをさせてしまったなと、ふと思い出して、書き込んでみた。

結局俺はいいところではなかったけど何とか中学校に滑り込み、一流と呼ばれる大学院を修了すろところまできた。
挫折もあったが、就職先も、母が知人に自慢してくれて全然構わないようなところに決めることができた。
父も母も祖母もまだまだ健在だ。あからさまに言葉にはしないけど、俺への愛情をとても強く感じる。
俺がどんな息子かにはよらない、無償の愛情だ。
俺がこの先どこまでいけるかはわからないが、こんな話を思い出すと、辛くてももっと頑張ろうと思えるんだ。
早く子供を見せて、母親におばあちゃんになる気持ちを味あわせてやりたいものだ。ま、相手はいないけどねorz



487 :大人になった名無しさん:2006/02/07(火) 03:56:00
太平洋戦争のときのパラオに住む老人の回想

遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
 「あそこでみんな死んでいったんだ……」
 沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。

 太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
 老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
 日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。

 やがて戦況は日本に不利となり、
 いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。

 仲間達と話し合った彼は代表数人と共に
 日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。
 それを聞くなり隊長は激高し叫んだという
 

 「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
 

 日本人は仲間だと思っていたのに……みせかけだったのか。
 裏切られた想いで、みな悔し涙を流した。

 船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。
 村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。

 しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。

 そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
 先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。

 その瞬間、彼は悟ったという。
 あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと……。


488 :大人になった名無しさん:2006/02/17(金) 21:32:43
どうしても言いたくて。
お父さん、ラーメン最後まで食べることができなくてごめん。
無理して食べようとした私に「無理するな」って優しく言ってくれたね。
その日の直後、急に事故で逝ってしまった・・
当時小3の私はすごく自分を責めたよ。ラーメン最後まで食べなかったから
死んじゃったんじゃないかって。
それから15年・・
この前お兄ちゃんとご飯食べに行った時、私また最後まで食べられなかった。
そしたらお兄ちゃんが「無理するな」って・・
そのときすごく泣けてきて、なんでか理由はわからなかったけど
その時のこと思い出したんだね、無意識だったけど。

489 :大人になった名無しさん:2006/02/17(金) 22:38:48
>>488
おまいはわるくないよ (つД`)

490 :大人になった名無しさん:2006/02/18(土) 03:29:14
>>488
自分を責めるな
お父さんは488が心の綺麗な人に育ってくれて
嬉しいと思うよ

491 :大人になった名無しさん:2006/02/19(日) 04:40:06
>>487
いい話や

492 :大人になった名無しさん:2006/02/22(水) 19:23:03
http://c-docomo.2ch.net/test/-/alone/1134730209/307

493 :大人になった名無しさん:2006/02/23(木) 04:56:54
なにこのスレ
涙で画面が見えません

494 :大人になった名無しさん:2006/02/23(木) 07:49:06
2chは本当にさ、大切なものに気づかせてくれるところだな

近頃の女子高生は自分にとって本当に大切なものとか
自分がどれだけ幸せかとか人に対しての接し方などもう一回学び直して欲しいと思う
女子高生だけじゃないが最近の10〜20代はもう猿みたいに本能で動きすぎてると思うし

17高3の俺が言えた口じゃないんだがな・・・・・

495 :大人になった名無しさん:2006/02/28(火) 08:07:06
「いつまでも綺麗で元気」と評判だった祖母が、私が高校3年の時に急に胃癌にかかりました。
年頃だった私にとって過保護と言える程可愛がってくれる祖母を多少疎ましく感じていた時期でした。

痛みを訴えないので実感がわかなかった上に
大学受験前で非常に精神不安定だった私は正直心からの心配はできていませんでした。

しかし、ふっくらしていた祖母の頬が次第にこけていき、一人でトイレに行くこともできなくなり、
遂に食事すらまともにとれなくなくなり、
気丈だった祖母の口から「痛い」「苦しい」の言葉が漏れるようになりました。

流石に心配しましたし、「部屋に一人きりで寂しいだろうから暇があったら話をしに行ってあげてね」と母に言われましたが
イメージからかけ離れていく祖母に戸惑ってしまい
うまく接する事ができませんでした。

496 :大人になった名無しさん:2006/02/28(火) 08:08:13
美大受験の為に絵の予備校に通っていた私は、ある日課題で写真の模写をしました。
目が印象的な見知らぬおばあちゃんの写真でした。
その課題で今までとれなかったAの評価を貰い、帰宅後興奮気味に両親に伝えました。
2人共大喜びで「おばあちゃんにも教えて来なさい」と言い、
私も喜んでくれるだろうと思ったので軽い足取りでその絵を持って部屋へ向かいました。

祖母はいつも通りベッドに寝ていました。

「ただいま!」と挨拶をして、良い成績をとった事を伝え、その絵を見せました。
すると祖母は「凄い凄い」と言いながら急にぼろぼろ涙をこぼし始めました。
「こんなに良い表情の絵が描けるなんてもう絶対大丈夫だよ。
良かったね。良い絵だね。」と泣きながら言います。
普段泣き顔なんて見せない人なのでちょっと吃驚したし
照れくさくって「そんな大げさな」と言いましたが内心幸せでいっぱいでした。
父が絵を部屋に貼ろうか?と提案しましたが
「見たらまた泣いちゃうよ」と祖母は笑って断りました。

497 :大人になった名無しさん:2006/02/28(火) 08:10:18
祖母は私の受験の合否を知る前に息を引き取りました。
大きな痛みもなく呆けることもなく眠るような最期でした。
その後私は無事志望の大学に受かり今に至ります。
母曰く優しい祖母は自分の体の事よりも私の受験の心配をしていたそうです。

有難うおばあちゃん。大好きでした。

498 :大人になった名無しさん:2006/02/28(火) 16:15:40
「合格本当におめでとう。これからもたくさん勉強していい絵をいっぱい描いてね。
そしてあなた自身の人生を楽しんでね。見守っているからね。」

たぶんおばあちゃん、そう伝えたかったと思ってね。
いや、余計なことごめん。

499 :大人になった名無しさん:2006/02/28(火) 19:47:39
うん、余計だから書くなよ。

500 :大人になった名無しさん:2006/02/28(火) 22:14:23
俺は消防の頃から筋金入りの野球少年だった
一応選抜みたいなのに選ばれたし、厨房のころも県の優秀選手賞みたいのも貰った。
高校入学も野球で行けた。自信もあった。自分は十分通じると思った。
しかし、練習はきつかった。そして周りは自分よりも上手い奴がたくさんいた。
俺のポジションは捕手だったが球も受けさせてもらえず、毎日走らされたり
寮の雑用ばっかやっていた。俺のプライドはズタボロに傷ついた。自分の一番自信があったものが通じないのが
これほど辛いものだと思わなかった。やがて俺は非行に走った。練習にも参加せず、毎日友達の家にいったりしていた。
やがて野球部を辞めさせられ、退学した。俺は野球をやることを諦めた。
それから俺は何もせず、二年がたった夏、新聞を見ると、俺たちの学年だった奴が乗っていた
立派に「強豪」と言われていた。そしてキャプテンのメッセージを見ると
「今まで、三年間、死ぬ気で練習してきました。辛くて辞めていった人たちもいるけど、その人たちにも僕達の野球を見て欲しい」
そう書いてあった、俺は準決勝まで勝ち進んだら見に行こう。そう思った
そして見事、準決勝まで勝ち進んだ。俺は見に行くことにした。
試合は始まっていた2−2白熱した試合だった。俺の母校の奴が守備についてる時、たまたま俺の方を向いた
そしたら利き腕である右手を上げ俺の方に拳を見せた。その時に俺は何故か涙が出た。
覚えててくれてうれしいとか、もう一回野球やりたいとかそんなんじゃなかった。
ただ涙が出た。結局泣いてるのが恥ずかしくてすぐ球場を出て行った。チームは負けた。
それからしばらくたった今、俺は一応それなりに金をもらえる社会人になった。
もしあの夏がなかったら俺はダメな大人になっていただろう。

501 :大人になった名無しさん:2006/02/28(火) 22:21:42
うーん切ない

502 :大人になった名無しさん:2006/03/05(日) 17:35:58
エリカの死の設定を、勝手に想像し、泣きますた。

イリウス「エリカ!大丈夫か!?」
エリカ「…イリ…ウス…?」
イリウス「ごめんな、エリカ。オレが、未熟だったせいで、お前に、こんな目に遭わせて…!」
エリカ「…ううん、いいの…。私が…、イリウスを守りたかったから…。」
イリウス「そんな…、どうして…!」
エリカ「…イリウスにだけは……、死んでほしく…なかったから……。」
イリウス「え…?」
エリカ「私は…もう何も失いたくなかった…。イリウスを失いたくなかった…!」
イリウス「エリカ…。」
エリカ「…ごめんね…。心配かけて…。」
イリウス「謝るのはオレのほうだ。オレが未熟だったばかりに…!」
エリカ「…もう…時間がないの……。最期に……一言だけ言わせて…。」
イリウス「…最期、だと…?」
エリカ「みんなに…、イリウスに出会えて…、私は…幸せだった。できることなら…
     私は、もう一度…生きたい…。イリウスと…一緒に生き続けたい…!」
イリウス「エリカ…!ごめんな、ずっと一緒にいられなくて…!」
エリカ「大丈夫だよ…。離れ離れになっても…、私は…イリウスのそばにいてあげるよ…。」
イリウス「エリカ…。」
エリカ「もう行くね…。母上やユミナが待ってる…。」
イリウス「待ってくれ!まだ話したいことがたくさんあるんだ!」
エリカ「イリウス…、強くなって…。私のぶんも……、生きて……。」
イリウス「エリカ!!もう少しだけ一緒にいてくれ!!」
エリカ「ありがとう……。私……最高に幸せだよ……。」
イリウス「エリカ!待ってくれ!!エリカ!!!」
エリカ「さよ…な……ら……。」
イリウス「エリカーーーーーー!!!!」

…思いっきり脚色しました。でも泣けると思います。

503 :大人になった名無しさん:2006/03/06(月) 02:03:39
( ゚д゚)ポカーン

>>502
悪いけど読むに耐えられん文章やなw

504 :大人になった名無しさん:2006/03/06(月) 15:33:51
( ゜д゜)ポカーン

505 :大人になった名無しさん:2006/03/07(火) 20:22:40
>>500
切なくなった

506 :大人になった名無しさん:2006/03/10(金) 12:32:45
電車は全席女性優先!健康な男は立ってろ
「私、すごくいいこと思いついちゃったんですけど、
電車は全席、女性と病人と老人を優先にしたらどうでしょう。
健康な男は立ってろよ。。。みたいな事明言して。
座ってれば痴漢にあう確率も低いし、その位ハッキリ決めないと、どうせ譲り合い出来ないんだから!
女性専用車両よりもこの方がよくない???」
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/train/1139274996/l100
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/lifesaloon/1129086652/l100
http://money4.2ch.net/test/read.cgi/employee/1133847378/l100





507 :大人になった名無しさん:2006/03/11(土) 21:15:19
あ?
ああ、いいんじゃない

508 :大人になった名無しさん:2006/03/13(月) 15:02:01
>>506
だめだ。身体が不自由、老人、乳幼児を連れてる人の優先はいいだろう。
女はどうかな?図々しい女がそれこそ独占するに決ってる。
そう、お前みたいな女こそやりそうだ。

509 :大人になった名無しさん:2006/03/21(火) 00:04:48
>>506
いいかお前の大切な人が毎日通勤する電車なんだぞ?
お前の愛した息子もいつかは立つ事になるんだぞ

まわりまわって自分をくるしめるんだぞ


510 :大人になった名無しさん:2006/03/27(月) 13:52:48
俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。
まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。
この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」なんて事も全然なくて、
良い友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。
こんな風に片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、
やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。

あれは俺が小学校に入学してすぐにあった、父母同伴の遠足から帰ってきたときのこと。
父は仕事で忙しいことがわかっていたので、一緒に来られないことを憎んだりはしなかった。
一人お弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれて、寂しくもなかった。
でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんがなぜだかとっても羨ましくなって、
その日仕事から帰ったばかりの父に「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」ってお願いしたんだ。
当時の俺はガキなりにも母親がいないという家庭環境に気を使ったりしてて、
「何でうちにはお母さんがいないの」なんてことも父には一度だって聞いたことがなかった。
星の形のにんじんだって、ただ単純にかっこいいからって、羨ましかっただけだったんだ。
でも父にはそれが、母親がいない俺が一生懸命文句を言っているみたいに見えて、とても悲しかったらしい。
突然俺をかき抱いて「ごめんな、ごめんな」って言ってわんわん泣いたんだ。
いつも厳しくって、何かいたずらをしようものなら遠慮なくゲンコツを落としてきた父の泣き顔を見たのはそれがはじめて。
同時に何で親父が泣いてるかわかっちゃって、俺も悲しくなって台所で男二人抱き合ってわんわん泣いたっけ。

それからというもの、俺の弁当に入ってるにんじんは、ずっと星の形をしてた。
高校になってもそれは続いて、いい加減恥ずかしくなってきて「もういいよ」なんて俺が言っても、
「お前だってそれを見るたび恥ずかしい過去を思い出せるだろ」って冗談めかして笑ったっけ。


そんな父も、今年結婚をした。相手は俺が羨ましくなるくらい気立てのいい女性だ。
結婚式のスピーチの時、俺が「星の形のにんじん」の話をしたとき、親父は人前だってのに、またわんわん泣いた。
でもそんな親父よりも、再婚相手の女の人のほうがもらい泣きしてもっとわんわん泣いてたっけ。
良い相手を見つけられて、ほんとうに良かったね。
心からおめでとう。そしてありがとう、お父さん。

511 :大人になった名無しさん:2006/03/27(月) 14:35:55
>>510
なんて素晴らしいトーチャンなんだ。そしてお前も。

512 :大人になった名無しさん:2006/03/27(月) 15:40:42
>>510
全アジアが泣いた

513 :大人になった名無しさん:2006/03/27(月) 18:54:08
>>510
映画化決定

514 :大人になった名無しさん:2006/03/27(月) 23:08:40
すまんマジでジーンときた。 ありがとう

515 :大人になった名無しさん:2006/03/28(火) 10:51:32
いい話ですね。星型のにんじん、感動しました。あたたかい関係っていいですね。510さんもそのお父さんも本当に仲がいいんですね。すばらしい。

516 :大人になった名無しさん:2006/03/28(火) 10:56:58
510の人気に嫉妬

517 :大人になった名無しさん:2006/03/29(水) 22:03:03
>>510
2ちゃんで初めて感動して泣いた。

518 :大人になった名無しさん:2006/03/30(木) 03:03:40
。・゚・(ノд;)・゚・。
ちがうもん 感動じゃないもん >>510の人気に嫉妬してるだけだもん



。・゚・(ノд;)・゚・。

519 :大人になった名無しさん:2006/03/30(木) 18:13:08
>>510
素敵だ…!

520 :大人になった名無しさん:2006/03/30(木) 20:23:21
>>510
全フィリピンも泣いた。
いい親父だな。

521 :大人になった名無しさん:2006/03/30(木) 21:39:11
俺こういうの書くの下手だから意味わかんなかったらごめんな。

俺は物心ついた時から両親がいなかった。親父の浮気が原因でお袋と離婚して
親父は浮気相手と一緒にどっかに行ってしまった。お袋は離婚のショックから立ち直れずおかしくなってしまった
だから俺は親父の親であるじいちゃんとばあちゃんに育てられた。
じいちゃんとばあちゃんは俺にとっては親みたいな存在。一緒に後楽園も行ったし、授業参観も来てくれた。
テストの点が良かったり。部活で活躍するとうんと誉めてくれたり、悪いことしたらいっぱい叱ってくれた
俺はじいちゃんとばあちゃんが大好きだった。でも中学生の時ばあちゃんが死んだ。
死ぬ寸前まで俺の高校受験を心配してくれた。高校に合格したのをばあちゃんに報告した2週間後、ばあちゃんは死んだ。
俺は悲しかったし、大泣きしたけど、じいちゃんは泣かなかった。ただ、「ありがとう」って言ってずっと下を向いてた

それから、高校生活も順調だったし、毎日が楽しかった。
やがて、高校を卒業して、就職が決まり、同僚と結婚。子供もできてじいちゃんは「ひ孫が見れた」と凄く喜んでた。

でも、じいちゃんは徐々に元気がなくなってきていた。年取ったせいか、目がしょぼしょぼして腰が曲がり
寝たきりになってしまった。でもある日、じいちゃんが急に元気になって息子と遊んだり
散歩に出た日があった。俺も嬉しくなって、じいちゃんと一緒にその夜は酒を飲んだ。
その時、初めてじいちゃんが泣いた。「立派になったなあ〜」といいながらじいちゃんが泣いた。
俺はじいちゃんが泣くのははじめて見て驚いた。
ばあちゃんが亡くなったも、就職が決まった時も、俺の結婚式の時も、一度も泣かなかったじいちゃんが泣いた。

だけど、次の日じいちゃんが亡くなった。あんなに元気になったから、ショックだった。
遺書が書いてあった。すっごい素っ気ない遺書だったけど、照れ屋なじいちゃんらしい内容だった。
「正雄、ありがとう。私は幸せでした。これからも夫婦仲良く、末永くお幸せでいてください。お願いします。」

じいちゃん!俺は幸せだ。息子は俺の影響で野球やってるし、嫁はじいちゃんが教えた肉じゃが作れるようになったよ
俺はじいちゃんみたいに立派な親になれるか解からないけど、頑張ってやってみるよ。

ありがとう、じいちゃん。



522 :大人になった名無しさん:2006/03/31(金) 14:51:40
>510
いい話だ。

523 :大人になった名無しさん:2006/03/31(金) 18:36:03
>>521
泣いた…

524 :大人になった名無しさん:2006/03/31(金) 19:44:14
>>510
>>521
感動した・・・

525 :大人になった名無しさん:2006/04/02(日) 08:39:57
母が死んだとき

..:::::::::::::      ::::::::::
:::::::::::: ::::..   ..::::::::::::: 
::. . ... .        〜

 _lL_ロ_l ̄l_л/l_


   ∧ ∧ おかあさんおそいなぁ
    (・∀ ・)      ┳ ┐
   (∩∩)     ◎┻━◎
   ::::::::::.   "   ""
  ::::::::::::.
 ::: ::::

526 :大人になった名無しさん:2006/04/02(日) 16:06:58
>>521
ドラマ化決定

527 :大人になった名無しさん:2006/04/02(日) 16:08:24
最近の子供ってカブトムシとかクワガタって興味あるんだろうか。
そんなに昔じゃないんだけど私が小学生のときはホントにそういうの好きで
夏休みとかよく探しに行ったっけ。
ずいぶん本も読んだし、それなりに工夫して飼ってたんだけど、本格的に幼虫から
そだててみたりもしたんだけど失敗ばかりしていつのまにか見向きもしなくなった。
高校生のころ家の畑に放置してたかやぶきの中からカブトムシのサナギが出てきて
感動した。私はそれをなんとか成虫にさせようと空き缶のなかにいれて埋めてあげた。
しばらくして掘ってみたらなんか角が思いっきり曲がってたけど見事に成虫になってた。
私はうれしくなってそれを飼う事にした。一匹じゃ寂しいだろうといっぱい仲間を増やした。
そしていつの間にか30匹ぐらいになったんだけどやっぱりその一匹が一番のお気にでした。
しばらくしてそのカブトムシの頭部断裂の変死体が転がっていた。

つまらなくてスイマセン。

528 :大人になった名無しさん:2006/04/02(日) 16:39:53
>>527
良かれと思ってやったことが裏目にってのはあるな。
子供のころはそういうのわからないからしょうがないよ。(´・ω・`)

529 :大人になった名無しさん:2006/04/02(日) 22:18:00
俺も保育園のころ干上がりそうな水溜りにいるオタマジャクシ捕まえて発泡スチロールで飼ったの思い出した
太陽の光いっぱい浴びたほうがいいと思って庭先においといたら猫に食べられてた。・゚・(うД`)・゚・。

530 :大人になった名無しさん:2006/04/03(月) 20:58:52
中学校の後半で喧嘩して
10年間話してないやつとこの前あって居酒屋で飲みながら話した
何故か胸のもやもやが無くなったよ・・・・・


531 :大人になった名無しさん:2006/04/22(土) 20:01:37
>>521
不覚にも目から汁が出た

532 :大人になった名無しさん:2006/04/22(土) 23:13:23
今週の水曜におばあちゃんが入院した。最近仕事が忙しくて全然あってなかったんだけど、ベッドの上で見たお婆ちゃんは、凄い痩せ干そってた。会いたかったよ来てくれてありがとうって泣きながら言われた。病室でたあと元気なお婆ちゃんを思い出して泣いてしまった。

533 :大人になった名無しさん:2006/04/22(土) 23:15:54
今からでもお婆ちゃん孝行できるかな。何か思い出に残ってお婆ちゃんが喜ぶ事をしてあげたい。もっと長生きして欲しいです。お婆ちゃんはやく元気になって下さい。

534 :大人になった名無しさん:2006/04/23(日) 15:31:41
いつのまにか久しぶりに実家に帰ったんだ。5年ぶりくらいかな。10年ぶりのようなきもする。
昔はあんなに威厳がありおっかなかった親父がなんか小さくなっててびっくりした。
最近はもう定年退職してなんどか倒れたりして寝たきりなんだという。
 しばらく実家でのんびりしてたんだけど3日目ぐらいに同じく帰省してた兄貴がなんだか帰るっぽい。
なんか向こうかえったらサラリーマン辞めて美容師になるとかならないとか。昔はおっかなかった兄貴だけど
自分の夢もってて少し尊敬してたりした。そんな兄貴を両親は一番期待してるんだよ実は。俺なんかより。。。
誰かがいなくなる朝ってのはなんであんなに悲しくて寂しいの?兄弟多いから何度もそんな思いしてきたが
何年たってもやっぱりなんか寂しいもんですな。
 そしてその日の朝兄貴が早めに起床して身支度している姿を俺は寝たふりしながらこっそり見てたりした。
すると隣の部屋もなんかドタドタうるさいんだ。そしたらいきなり音楽が鳴り出した。どうやら武田鉄矢の
「声援」のようだ。しかし歌が余命いくばくもない親父だった。どうやらカラオケしてるらしい。くさい、くさすぎる。
でも結構うまいなーなんておもいながら俺は起きて泣きながら手拍子してた。

535 :大人になった名無しさん:2006/04/24(月) 15:41:22
俺一ヶ月前ようやく貯金が貯まったからPSP買ったんだ。
で、PS版の「英雄伝説V 白き魔女」をやって以来、ずっとやってみたかった「ガガーブ3部作」
をプレイしたんだ。専門スレで「3→4→5→3の順番が一番泣ける」ってレスがあったから、
その通りになるよう、4からプレイしてった。
で、4クリアして5をプレイしてたら、3に出てきた白き魔女「ゲルド」の正体が判ったんだよね。
その後、5クリアした後で3に入ったわけよ。

もう、泣きまくったさ。ゲルドの正体知ってるから、PS版のときはなんでもなかったシーンでも泣けたよ。
そして、ラストシーンを改めてみて、人前なのにぼろぼろ泣いた。ホントに泣いた。
幼稚園児くらいの歳の頃から暗殺者に命狙われながら生活して、それでもひねくれることが無かった。
それどころか自分には全く関係のないのに、他所の人達に危機が迫ってると知るや否や、
必死に警鐘を鳴らすために旅に出る。その旅路も決して楽なものでなく、時には蔑まれ、
時には石を投げられて、挙句の果てには人々に迫る危機の要因の一人である男に殺される。
それもたった、僅か18才の時点で。
なのに魂だけの存在となっても優しさは決して薄れず、危機を回避するためにゲルドはある行動をした。
とても悲しくて、とても切なくて、そして


と て も 優 し い 行 い だ っ た 。


もう「感動」とかそんなもの超越してた。頬に雫が溢れ流れるのをとめれなかった。

そして思ったんだよ。「俺、一体何してるんだろ」って。半ニート状態の生活してて、つまらない事で悩んでて、
「自分探し」に馬鹿みたいに没頭してて。凄く情けなかった。「変わりたい、いや、変わらなきゃ」って思った。
今では自分の目指す夢に頑張って辿り着こうと努力してる。そして、ゲルドクラスまでは無理かもしれないけれど、
彼女みたいな素晴らしい人間を目指そうと思う。

ゲルド、本当にありがとう。貴女から教わったもの、貰ったもの、一生手放さずに大事にしていくからね・・・・・。
そして伝えていくよ、俺が思う「本当に大切なもの」を・・・・・・・。

536 :大人になった名無しさん:2006/04/25(火) 17:44:04
>>535
キモい

537 :大人になった名無しさん:2006/04/26(水) 23:19:02
俺はガキの頃から夢があった
『野球選手』だ。野球が死ぬほど好きで毎日野球をやっていた
だけど、家庭環境が最悪で、親父が暴力振るったり、大麻に手を出したりなどで
入っていた野球チームを辞めさせられた。高校は入れたけど、野球はやれなかった
クラスでも、同じ中学の奴に家庭環境ばらされて、省かれて、常に一人だった。
だけど、そんな俺にいつも声をかけてくれた人がいる。当時担任だった、S先生だ。
S先生はいつも俺の話を聞いてくれたり、お袋が忙しい時は一緒に飯食ったりもしてくれた。
若くて、弱そうで、情けないっぽい先生だったけど俺は大好きだった。
ある日俺は何気無く、先生に野球の話をした。そしたら先生は『お前はやれるならずっとやっていたいぐらい野球がすきか?』
って聞かれて、俺は頷いた。先生はそうか・・・って感じだった。
ある日、学校に課題を忘れた時に職員室の前を通ったら、S先生の大きい声がした。
なんだろうと覗いてみたら、S先生が野球部の顧問の前で土下座していた。
何かしちゃったのかなって盗み聞きしてみたら・・・
『○○(俺)は凄く野球が好きなんです。彼は心から野球をしたがっています、勝手かも知れませんが○○を野球部に入部させてやってください!』
って言ってたんだ・・・もう俺おお泣きで、どうしていいかわかんなくなって職員室のドア開けて
先生にもういいよ・・・先生ありがとうって言ったんだ。それでも先生は土下座をやめない。
『こいつに思い出を作らせてあげてください』って。。俺は思わず何で赤の他人にここまでできんだよ!って先生を怒鳴っちまった
そしたら先生は『その歳で夢を諦めんな!野球やりたいんだろ?』こう言われて俺もいっしょに野球をやらせてくださいって必死で頼んだ
そしたら顧問がOKしてくれて、俺は晴れて野球部に入部できた。レギュラーにはなれなかったけど
凄く満足できる三年間だった。S先生がいなければこんな満足できなかったし、きっと学校も辞めていたと思う。
S先生は白血病を煩っても、悪化して、もうこの世にはいないけど、先生が死ぬほど好きだ
野球できない時は運動音痴なのに一緒にキャッチボールしてくれたり、ノックもやってくれた。
先生、本当にありがとう、俺の人生で一番の恩師だよ。

538 :大人になった名無しさん:2006/04/27(木) 14:21:21
>>537 あり得ないぐらいイイ先生だが、先生にそこまでしてやろうと思わせたのは
>>537 もイイ子供だったんだろうさ。

いつか誰かに返せるといいな。

539 :大人になった名無しさん:2006/04/27(木) 18:53:17
>>537
おまいは恵まれてたんだな
俺の前に現れるセンコーは自分の事しか考えてないクズばっかだったよ

540 :534:2006/05/05(金) 07:58:48
・・・という夢をみた。
↑これ最後に書くの忘れてた。


541 :大人になった名無しさん:2006/05/05(金) 12:26:01
>>537
おまえは子供つくったら
自分の子供だけは幸せにしてあげなよ

542 :大人になった名無しさん:2006/05/06(土) 22:02:43
>>538,539,541
537だがありがとな・・・俺今大学3年生で教師目指してるんだ
S先生を超えるような教師になりたい!!つっても家計が火の車でお困りもんな訳なんだが

543 :大人になった名無しさん:2006/05/08(月) 09:55:31
みんなセピアをかかえてるんだね。


544 :大人になった名無しさん:2006/05/08(月) 19:40:53
俺は中学時代、クラスでは地味な存在だった。中2の頃は存在を忘れられるほど地味で、
家に帰っても1人でテレビやゲームや勉強ばかりしていた。
そんなある日、友達がある歌のコンサートに出ると言っていたので、俺も派手な人間になろうと思い、
俺はそのコンサートに参加した。そのコンサートで、俺は大洋のユニホームを着て大洋の応援歌を歌った。
そして俺は席へ戻ると、後ろには3人の若そうな女性がいた。その女性は俺にこう言った。
「あなた、ひょっとして大洋ファンですか?」
俺は思わずそうですと答えた。その女性3人は、幼稚園の先生だった。
地味で人と話すことが滅多にない俺だが、俺はその幼稚園の先生と気が合い、色々と話をした。
だが当時は中3。またその先生に会いに行きたいが、毎日補習と家庭教師の先生による勉強で
その先生に会える余裕なんかなかった。俺はせっかく年齢の差もなく話せる人と出会えたのにと残念な
気持ちでいっぱいだった。
それから4ヶ月。俺は受験勉強に必死になっていた。その先生の事はほとんど頭になかった。
そんなとある日、受験勉強の骨休めという事で俺は秋祭りに参加した。

545 :大人になった名無しさん:2006/05/08(月) 19:49:53
その秋祭りには、俺の学校の同級生も来ていた。だが地味な俺は誰からも「よお!お前
来てたのか!」と言われなかった。すると、後ろから女性の声がする。誰かと思って振り向くと、
4ヶ月前に会った幼稚園の先生だった。俺はすっかり忘れていたのに、彼女達は俺のことをしっかりと
覚えてくれていた。勿論、俺が大洋ファンだという事も。
俺は早速その先生と以前のように色々な話をした。虐められやすく、担任の先生からも色々悪口を言われ、
気が弱かった俺にとって神様のような存在だった。
俺はおもわず「実は明後日中間試験なんですよ。でも誰も応援してくれないんですよ」と話したら
「そうなんだ…。中間試験、頑張ってね」と答えが返ってきた。
今まで女はおろか、男からも「テスト頑張れよ」と言われたことのなかった俺にとって、その言葉はいつまでも
俺の心に残った。俺は帰って必死に勉強し、点も上がった。
だがどうやってこの結果をあの先生に報告しよう?と悩んだ俺はふと親の手紙を見ていたら、その先生の
電話番号が載っていたので、俺はそこに電話して、中間試験の結果を伝えた。
先生は「よく頑張ったじゃん」
俺は嬉しかった。だがこの時、親はいなかった。

546 :大人になった名無しさん:2006/05/08(月) 19:58:03
そして運動会。運動が苦手な俺は、練習で人一倍頑張ったが、それでも他の人を抜く事が出来なかった。
全校リレーの練習の時だ。俺のつけていたたすきが下にずれて足に引っ掛かり、そのまま横転した。
全治三週間の打撲だった。体育教師は早速俺を保健室に連れて行った。
だが、他の生徒は「なんだよあいつ」とニタニタ笑っていた。
俺は学校が終わると、右ひじが痛いにもかかわらず、その先生に電話をかけた。
「運動会、見に来ますか?」
その先生は「はい」と答えた。
だが俺は運動会に出るためには打撲を一日でも早く治さなければならなかった。
当然練習の間は、俺は黙って見学して、「おー白組どうしたんだ?赤組強いなあ〜」と
独り言のように言っていた。俺は白組だった。小学校6年、中学2年間の俺の運動会の勝敗は8勝1敗。
今回も勝ってその先生(これからはH先生とする)に自分の勇士を見せたいと思った。
だが、肘を曲げるだけでも痛みが走った。

547 :大人になった名無しさん:2006/05/09(火) 21:44:01
イミフ

548 :大人になった名無しさん:2006/05/21(日) 17:31:33
ageてみるか・・・。

549 :大人になった名無しさん:2006/05/22(月) 22:31:59
僕ね、付き合っても長続きしないんすよ。それにはきっと理由があって。
でもあんまり言いたくなくて。
んー、やっぱりちょっと話したいのかな。 昔にね、付き合ってた子がいて。
特にすごい好きだったわけでもなくて。
何度も喧嘩して、別れて、戻って、別れて、また戻ってみたいな事を繰り返してて。
なんだかんだ割と長く続いてたのかな。 それで、ある時喧嘩したんですよ。
なんで喧嘩したのか覚えてないくらいくだらない事だったんだけど。
でもそん時はもう許せなかったんだ。 別れようって。
同じ事の繰り返しだなって。 それで会って別れを告げようと思ったから呼び出したんすよ。
いつも会っていた近くの公園に。 ちょっと早めに着いたから、どうやって切り出そうかなって考えながら待ってたんです。
どんくらい待ったのかな。 全然来なくて。 電話しても電波が届かないし。
あぁ、もう会いたくないのかな、なんて思いながら帰ったんですよ。
で、家に着いたら母親が 「彼女の親から連絡があったよ」 って言い出して。
なんだろ? って思いながら、電話したんですけど留守電で出なくて。
親子揃ってばっくれかよ笑  って思いつつその日は寝て。
で、次の日の朝に母親が 「あんたに電話!」 って起こしてきたんで寝ぼけながらも出たんですよ。
そしたら 「事故で死んだんです。」 って言うんすよ。
「何言ってんすか?笑えないですよ。」 て僕も切れ気味で答えて。
でもほんとだったんすよ。 ドラマみたいで、漫画みたいで、よく出来た映画みたいで・・・
寝巻きで彼女ん家行って。 そしたらホントに死んでて。 月並みだけど、今にも起き出しそうなくらい綺麗な顔でさ。
別れようとしてたんだから、別に恋人じゃないんだからな! って思いながら。
でもね、彼女は最後まで僕の恋人だったんですよ。 電話で別れようなんて彼女には言ってなかったから。
僕の中でね、時間が止まってるんですよね。 誰と付き合っても、何をしてても。
僕の中では別れてるつもりだったから。 別に後ろめたさなんて感じる必要なんてないんだけどね。
あの時、変にいい奴ぶって呼び出さないで電話で別れを告げてたらなぁ、って。
そしたらお互い恋人がいて、いい思い出になってて、たまに笑い合って、懐かしいねって・・・。
だからね、誰か僕の時間を取り戻してくれる子現れないかなって思うんすよ。
甘いのかな。 自分の中で吹っ切らなきゃいけないんだろうけどさ。 今まで話した事なかったし、何より胡散臭すぎる話だから。
でもいつかホントに好きな子が出来て、この話も知ってて、それでも大切で、愛せる人が出来たら・・・
一緒に墓参りに行きたいな。 そしたらやっと
『モトカレ』『モトカノ』 の関係になれるんじゃないかな。
ちょっと暗い話でごめんなさい。



550 :大人になった名無しさん:2006/05/23(火) 16:11:34
あげてみるか

551 :大人になった名無しさん:2006/05/31(水) 08:21:58
小学校の時
下駄箱のところで体育帽ひろったら
「うろじんしのまく」って書かれてた
誰のかわからなかったし不気味な名前だったから
ゴミ箱に捨てといた

552 :熊野慎二郎:2006/05/31(水) 09:18:02
それは俺のだ。勝手に捨てるな。

553 :大人になった名無しさん:2006/06/09(金) 18:24:12
夏に帰ったとき、知り合いの居酒屋で親父と進路の話になった。法学部だったんだが、全く別のことが面白くて、その道に進みたいと言う俺に、「お前は法律家になりたくて大学いったんだろ!!」とさとされたが、反抗期みたいに言い争いになって…店を飛び出した。

それが真面目に親父と交した最期の会話になるとはミジンも思わなかったし、考える訳もなかった。

死ぬ前の日吐血をして緊急入院した。

周りも、お袋すらも死ぬなんて思ってなかったし、実際に死ぬ三時間前まで仕事の会議をしていた。


ただ、一日もたたずに逝ってしまった。

謝ることも、親父の言う通りだなと話すことも、二人で一緒に杯を交すこともできなくなってしまった。

たぶん親父の体が精神についていけなくなったんだと思った。肝、腎機能不全を起こしていても入院すらしなかった人だ。少しは分かっていたのかもしれない。



半年後、その居酒屋に行ったとき、大将に「遺言」と言うべき言葉を残しているみたいだが、果たして今、聞ける人間なのか。正直分からない。



長文、駄文スマソ

554 :大人になった名無しさん:2006/06/09(金) 20:29:22
皆さんのレスを見てて思い出がよみがえってきたんで書かせてもらいます。


中学校に入学して一年が過ぎ、初めてのクラス替え。自分は人見知りが激しくてあまり周りの人と話せなかった。そのときの自分の前の席にI君がいた。
I君は転校生でさらに一番端の前の席だったので話せる相手は自分くらいしかいなかった。だけど後ろの席の人と友達になってしまったのでI君は誰とも話さないでいつも一人だった。それでもしばらくすると少しずつ話しかけてくるようになって仲が良くなってきた。

555 :大人になった名無しさん:2006/06/09(金) 20:44:23
改行狭くてしかもageてしまってすみません…


三年になる頃には学校でよく話したり一緒に家で遊んだりするようになっていた。
夏休みに入ったばかりのある日、突然プレゼントと言ってメールで好きだったマンガのキャラの携帯用の待ち受けを送ってくれた。そのときはいい待ち受けが無かったので初期のままにしていたのでとても嬉しかった。
それからまたしばらく過ぎて夏休みの真ん中くらいになったある日。部活が休みだったので他の友達の家で遊んでいた。
そのとき突然携帯に電話が来た。
お母さんからだった。何事だろうと思いながらも電話に出ると、I君と同じクラスのN君が海で溺れて意識不明だというニュースが流れてる、という話だった。

556 :大人になった名無しさん:2006/06/09(金) 20:57:57
とても動揺して周りの人にもその話を言うとあまり仲の良くなかったA君が「俺、I君は嫌いだから死んでも別にいい」と言った。
言葉を失った…。I君は一部の人からはあまり好かれていなかった。たまにイタズラがエスカレートして嫌がらせのようなことをすることもあったからです。
すぐに家に帰ると、お母さんが泣いていた。

557 :大人になった名無しさん:2006/06/09(金) 21:28:25
「さっきニュースでN君は助かったと言ってたけど、I君は…」と言われた。まだ人の死というものがよくわからなかったので頭が真っ白になっていた。
数日後、葬式が行われた。棺桶の中で眠っているかのようだったI君の顔を見た瞬間、死というのはこういうことなんだと思った。涙が止まらなかった。
今でもあのときもらった携帯の待ち受け画面を見るとI君との思い出が浮かんでくる…。


長文・駄文で失礼しました。I君が天国で楽しく暮らしていることを願います…。

558 :大人になった名無しさん:2006/07/06(木) 09:37:09
良スレage

559 :大人になった名無しさん:2006/07/06(木) 18:03:16
>>557
全米が泣いた

560 :大人になった名無しさん:2006/07/07(金) 23:24:11
>>150

561 :大人になった名無しさん:2006/07/08(土) 00:23:43
>>391

562 :大人になった名無しさん:2006/08/06(日) 21:11:09
ほす

563 :大人になった名無しさん:2006/08/09(水) 20:21:57
幼稚園の卒園間近に、
卒園後すぐに引っ越すことになり、皆と同じ学校に通うことが出来ないことがわかった。
んで、まだ幼稚園児なので感情とかも
全然乏しかったのに、卒園式の日にそのことを先生を通じて皆に話したら、
最後に式が終わって門の前でゴチャゴチャしてる時、
友達が「またどこかで会えたらいいね」って、言って、泣いてくれた。
続いて先生もお別れの言葉と別に、自分の為だけに、違う言葉を掛けてくれた。
そこで幼稚園児ながらに感動して自分も泣いてしまった。
その後、見知らぬ土地の見知らぬ小学校に入って、入学式の時、
その幼稚園から、また自分一人の為だけに祝電が来た。 不安とかも吹っ飛んだ。
親が先生から祝電をもらって来て、
今も宝物として大切に保管しています。
長文スマソ

564 :大人になった名無しさん:2006/08/10(木) 08:18:53
>>563
幼稚園の先生GJ!!

よかったないい先生に恵まれて

565 :大人になった名無しさん:2006/08/11(金) 03:58:42
私は2人姉妹の長女で妹とは2才違いだけど、
生まれた頃から妹のほうがデカくて、幼稚園生の時は
よく妹のほうが「お姉ちゃん?」と言われることがあった。
小学校に入ると体も小さくて痩せてて健康診断では
ローレル指数がいつも「痩せすぎ」だった。
体が小さいのに加えて極度の偏食だったせいもあると思う。
男子とかにたまに「お前妹のほうがデカいんだろ?」とか
「やーいチビのガリガリ!」とバカにされたけど気だけは強かったため反論していた。
学校で保護者会や個人面談があると必ずうちの母だけが
教室に1人呼び出されて担任と話していることがよくあった。
「アンタは昇降口で待ってなさい」と言われたので素直に待っていると、
教頭や校長までが担任を交えてうちの母と何か話している様子だった。
まだ小さかった私は「何話してたの?」と母に聞くと
「ほら、アンタひどい中耳炎やって耳の聞こえが悪いから
先生に前の席にしてくださいって相談してたのよ」と。
それにしてはなんで校長や教頭までが?と思っていた。

つい最近、なんでうちの母が呼び出されていたのか知った。
確かに私は中耳炎がひどくて片耳の聴力がほとんどないけど
実はそんなことではなく、クラスの何人かの母親から担任に
「○○ちゃんが、ちょっと異常に痩せすぎている、
食事を与えられてなかったり虐待されているのではないか?
見ていてとてもかわいそう・・・」
と報告があり、母に事情を聞いていたのだそうだ。
そんな事実は全くなかったけど、その年齢の平均体重を
大きく下回っていたり「痩せすぎ」だったのを保健の先生も
気にしていて、事が大きくなってきたので校長らにも報告、
それで「虐待の事実があるなら児童相談所に通報しなければならない」
みたいなことをうちの母が聞かれていたそうなのだ。
結局、幼稚園からの親友のお母さん方からそんなことはないと
証明されたのだけど、そんなこととは全然知らず・・・
今では身長も155あり(友達はもっと小さい)、
体重も人並・・・以上あるw
最近になって知ってうちの母があらぬ疑いをかけられ
本当に申し訳ない気持ちでいっぱい、お母さん苦労をかけてごめんなさい。

566 :大人になった名無しさん:2006/08/16(水) 20:13:10
チラシ裏すまん。

こないだ亡くなったばあさんの遺品整理をしていたら、ばあさんが生前毎日
つけていた日記(の保管分)がでてきた。
家族でパラパラめくって、こんなことまで書いてる〜なんて笑っていた。

内容はほとんど仕事(農作業)のことだったけど、そのほかの内容を読んで
ばあさんの苦悩と忍耐にだんだん切なくなってきた。

仕事(農作業)のこと、爺さんに暴力を振るわれ泣いたこと、
親父の独身時代とお袋との出会い、俺が生まれたときや、闘病生活のこと。
150pの小柄な婆さんに、爺さんの平手打ちが常だったらしい。親父は子供の頃から
それを目の当りにしている。俺は実際には見たこと無かったけど。
結婚後、半世紀近く夫の暴力に耐え(←親父談、止めにはいると逆上してさらに婆さんに当たるらしい)、
昼も夜もくたくたになるまで働いた母親だったそうな。


去年婆さんが倒れ、入院→手術となったとき、癌の大元は切除したものの、
すでに全身に転移で手遅れだったらしい。
盆前、朝早くにお袋から「婆さんにまだ意識があるうちに会ってくれ」と言われ
仕事を欠勤し急遽帰省した。

病室の婆さんを見たとき、酸素吸入器をつけてやっと生きている状態だった。
ベッド横に附けられた採尿バッグの中は紫色の尿が入っていた。
足や手は冷たく赤黒い、聞けばもう血液が通ってないとのこと。
蚊が鳴くよりもかすかな声だったけど、そんな状態になりながらも「ありがとうな」
と俺に言ってくれた。

「ばあちゃんの顔見に来ただけじゃん……」

婆さんの手を握り、人目も憚らず23にもなる俺はボロボロ泣いた。
仕事が忙しいのもあり、その夜の新幹線でトンボ帰りをしたが、その途中で
婆さんが息を引きとったと連絡が入った。

長崎に住む叔父(親父の弟)も俺と入れ違いに夜、婆さんの顔を見に帰省して
その15分程後に亡くなったらしい。

体中の痛みと爺さんから解放されたんだな、よかったな婆さん。
あの世でいい人見つけて幸せになってください。
俺、また実家に帰ったときに近況報告するから。本当にお疲れ様でした。

567 :大人になった名無しさん:2006/08/17(木) 01:27:26
>>566
。・゚・(ノД`)・゚・。

568 :大人になった名無しさん:2006/08/19(土) 18:48:24
中学の時ずっといじめられてるやつがいて
休み時間になったら急いで走って便所にかくれて
家に帰ったらいじめた連中が遊びに来てその繰り返しが3年間延続いて


・・・10年ぶりだろうか そいつあったけど今度は職場の奴にいじめられてるだもの
泣ける!



569 :大人になった名無しさん:2006/08/23(水) 00:31:35
保守

570 :大人になった名無しさん:2006/09/03(日) 02:48:50
ここホント良いよな

571 :大人になった名無しさん:2006/09/03(日) 03:33:20
スレ違いだったらごめんなさい。


今日は祖父の命日です。
祖父と言っても父方の方で
父さんが6歳の時に交通事故で亡くなってしまったので
私は当然だけど会った事がない人なのですが
早くに亡くなってしまったので「父親との思い出があまりない」といつも父さん言っています。
でも、1つだけハッキリと覚えている事があるそうです。
夏に縁日で肩車をしてもらったそうです。
殆どの記憶は朧気な中で40年以上経った今でもこれだけはハッキリと。
そしてその2ヵ月後に祖父は轢き逃げでこの世を去りました。
父さんの中では最初で最後の楽しかった父親との思い出なんだそうです。

さっきまで父さんと一緒にテレビを見ながら他愛の無い話をしながら
チューハイを飲んでいました。
そうしたら、ふと父さんが
「●●(本名)も、もう飲める歳になったんだよなぁ。早いなぁ。」
と言ったので思わず泣きそうになるのを堪えてました。
父さん・・・本当は自分の父親とこうやって飲みたかったんだろうな。

572 :大人になった名無しさん:2006/09/03(日) 04:13:44
>>571
バッカ!
無茶苦茶いい話やないか!

573 :大人になった名無しさん:2006/09/03(日) 18:00:19
こんなあたたかい話が世界中に蔓延してくれれば世界は平和で幸せになれると私は思いました。 2チャンにもこんなあったかいとこがあったんですね。 566さんの話マジ泣きしました。

574 :大人になった名無しさん:2006/09/03(日) 19:41:14
泣けてきた。・゚・(ノД`)・゚・。

575 :大人になった名無しさん:2006/09/04(月) 00:11:22
3日に「祖父の命日」を書いた者です。朝、仏壇に手を合わせてきました。

会う事の出来なかったおじいちゃんへ
父さんの成人式どころか今度の1月で私が成人式です。
貴方のことはモノクロの数枚の写真と祖母の話でしか知りませんが
とっても子供思いだったと聞いています。
その心は貴方の息子にしっかりと受け継がれていますよ。


576 :大人になった名無しさん:2006/09/04(月) 18:16:44
オレの母親には姉と兄がいた。姉の方は今年おばあちゃんになった。
兄は23歳の時、大工さんをしていて、屋根から転落して亡くなった。
その6年後オレは生まれた。
オレが成長するにつれて、母親や、ばあちゃんが、死んだ母の兄の小さい頃にそっくりだと言う。
オレは高校卒業したら大工さんになると親に言った。反対はされなかった。
オレは今大工の世界でがんばっている。
まだ覚える事ばかりだ。そんなオレも今年23歳になる。
母親やばあちゃんには、どんな風に映ってるんだろうか・・・

577 :大人になった名無しさん:2006/09/04(月) 18:21:40
小さい頃、母ちゃんがパートで留守中火遊びしてたらカーテンに燃え移って家が燃えた。
助かった俺に母ちゃんは、
「一人にしてごめんね。よく一人で逃げたね。家の代わりはあっても、
 アンタの代わりはどこにもいないからね。」って泣いて誉めてくれた。

いつもパートで家にいなくて寂しかったけど、
母ちゃんに心から大切にされていることが良くわかった。
絶対親孝行するから期待しててな、母ちゃん。

578 :大人になった名無しさん:2006/09/04(月) 22:22:01
>>576,577
あんたら、いい人間に育ったなあ


579 :大人になった名無しさん:2006/09/05(火) 09:56:56
>>576
ええ話やんけ。がんばれよ!


580 :大人になった名無しさん:2006/09/05(火) 10:21:35
くたばれ(笑)

581 :大人になった名無しさん:2006/09/05(火) 20:04:00
>>580はツンデレ

582 :大人になった名無しさん:2006/09/12(火) 11:39:11
>>546はそれで終わりなん?

583 :大人になった名無しさん:2006/10/01(日) 03:20:59
スイマセン、このスレ見ていて辛抱堪らなくなりましたので、私もカキコさせて頂きます。
それは私が中学1年生の春、小学校に進学したばかりの妹が『お兄ちゃん、あたし○○ちゃん(友達の女の子)からドラえもんのマンガ貰ったぁ♪』と嬉しそうに言ってきました。

小学校に入学してから出来た友達、その友達からのプレゼントは妹にとって大変嬉しかった様です。

何気にその「ドラえもん」の単行本を手に取って見てみると、鉛筆で元の持ち主であるその友達が以前書いたのでしょう。
覚えたての平仮名でこう書いてありました。

『おとうさん、だいすきです。
おかあさん、だいすきです。』

私は当時まだ中学1年生の子供でしたが、妹にこのマンガの本をその友達の女の子に返してくる様に言いました。
妹は折角貰ったマンガなのにと残念そうな顔をしました。

あれから20年近く経ちましたが、その妹の友達である女の子が結婚した時、それは彼女にとって、またその両親にとっても大切な宝物になるだろうと私は思います。


長文及び駄文大変失礼致しました。

584 :大人になった名無しさん:2006/10/03(火) 22:54:50
小学校6年の時俺には好きな子がいた。今年成人式に出る俺の20年の人生の中で
一番好きになった女の子かもしれない。
あれは多分夏休みのちょっと前くらいだったと思う。友達数人の強引な
進めで俺はその子に電話で告白することになった。今から8年くらい前だから
まだ携帯なんてそんなに普及してないし、自宅に直接電話することになる。
さんざん渋ったあげく俺はその子に電話し、告白した。緊張で何て言って
告ったのか覚えてない。けど返事はOKだった。それから毎日学校へ行くのが
楽しみで仕方なくなった。
まぁでもそこは消防だし、休みでもその子が俺んちに来て漫画読んだり
いろんな話したりでデートらしいデートなんてした記憶はない。
けど俺はすごい幸せたった。
彼女から夏休み明けに転校すると言われるまでは。
それから俺は彼女とあんまり話さなくなった。何話して良いかわかんなかった
し今考えると本当バカなんだけど彼女がウチに来ても居留守を使ったりしてた。
覗き穴から覗いたときの彼女の悲しそうな顔は今でも鮮明に覚えてる。
そんな俺を見てた友達はしびれ切らしたしたらしく彼女の家に行って来い
と無責任に言った。奴らにしてみりゃ興味本位だったと思うけど
今思えばまぁ多少は感謝してる。俺はほぼ無意識に彼女のお気に入りの
漫画だった魔法陣グルグルを5冊持って彼女の家に走った。
インターホンを鳴らすと彼女の母親が出てきた。
「あ、あの○○(自分の名前)ですけど××(彼女の名前)さんいますか・・・?」
「あら、ちょっと待ってね、××〜○○君が来たわよ〜。」
ちょっとビックリしたような彼女の声が聞こえた後、彼女が玄関に出てきた。
「これ、あげるよ、転校した学校でも元気でな。」
そう言ってグルグル5冊を渡す。彼女は驚いて俺を見た。彼女の目は赤かったと思う。
「ありがと・・・○○君も元気でね。」  少し震えた声で彼女が言った。
何を思ったのかわからないが俺は握手を求めるように手を出した。
彼女は俺の手を握ってくれた。初めて触った彼女の手はすごく小さくて
暖かかった。
夏休みが明けると彼女はほどなく転校していった。俺に置きみやげを置いて。
あれから8年経つけどグルグル1〜5巻が抜けた本棚と彼女が俺にくれた
ミサンガを見るといつも思い出す俺の甘酸っぱい思い出です。


585 :sage:2006/10/06(金) 21:17:18
>>584
こういう学校の青春系話はマジだめだ・・・

ちょいと話変わりますが俺の話。見難くてすみません。
高校に入学した時、小学校の幼馴染のDと再会しました。
Dは小学2年の頃友達になり、何度か同じクラスになったりして、一番の楽しかった6年生でも同じでした。
当時の俺達の担任が、凄く(いい意味で)イカれていて面白くて、俺とDとその担任3人でいつもクラスを
盛り上げ、この三角形のやり取りが俺の小学校での一番の思い出です。
だから、Dとはそれで凄く仲良くなったし、委員会とかも同じでいつも遊んでいました。
Dは早くからバスケをしていて、小学校では小さかったけど運動神経抜群でした。
勉強はちょっとできる程度で、それが得意な俺が教えてやったりしていました。

俺は、中学を地元じゃなくて、理由も無く少し離れた進学校に行ってました。そのせいで、
小学校の頃の友人らとは離れてしまって、中学時代はあまり付き合いはありませんでした。
帰宅途中や夏祭りとかでたまに会っても、挨拶程度になっていました。

Dはバスケを続けていました。県内のバスケ部の俺たちの代、それだけでなく市内の先輩後輩の代でも
Dの名前を知らない奴はいませんでした。選抜にも選ばれていました。俺の学校でも、バスケ部の間で
Dのことを知らない奴はいなかったし、Dのチームは案の定全国レベルまで行ってました。
結局中体連は全国一歩手前で負けたそうですが、Dは選抜チームでも有名でした。

俺の中学校から8割は受験する、俺の高校は、県内一の進学校でとてもレベルが高いです。
俺もオヤジの勧めでそこを受け、ギリギリラインで行きました。
そこで、Dと再会しました。Dは、その学校でトップになれるほど頭もよくなっていました。
バスケも、Dは180cm近くになり、一年からスタメンに選ばれ、活躍していました。
二年になった今、Dはキャプテンになっています。そのチームは、他県からも注目されるほど強豪になってます。
Dと再会し、昔の話もしたし、一緒に帰ったりもしましたが、遠いところにいるような気がしました。
人望も厚く、運動もでき、勉強もできる。到底かなわないなーと思っていました。でも、凄くいい奴です。

俺は今、その高校を自主停学し、海外の学校に通ってます。自分の意志で決めて、単身こっちに来ました。
その高校についていけなかった現実逃避かもしれません。でも、そんなことはどうでもいいんです。
こっちに来てから、友人から知らされました。Dが、バスケの国体に選抜されたそうです。

海外にいたから余計分かりました。国体という選手の凄さが。
離れてみてから分かりました。あいつがどんだけデカイやつだったか。
俺も自分を変えようと頑張ってるのに、あいつはどんどんデカくなってる。
現在進行形であいつは進んでます。それに追いつこうと俺も必死です。
たいしたオチは無いけど、俺が色々教えてたチビがこんなに大きくなってしまった事に
ああ、もうあの頃のDとは違うんだな・・・と感傷に浸ってしまいます。

つまらない話ですけど、読んでくれてありがとう。長文駄文失礼しました。

586 :585:2006/10/06(金) 21:55:22
>>584のあまりの甘酸っぱさに名前でsageてしまった。

っていうか若干すれ違いな気もしますが、勘弁してください

587 :大人になった名無しさん:2006/10/06(金) 22:17:08
漏れが19歳の時、母が病気で入院した。
それまで一度も病気をしたことがなかった母なのですぐに良くなると思ってた
・・・が2週間ほどして父が漏れにこういった『母はもう助からない』
癌だった。中学・高校(中退)時代ぐれて暴走族だった漏れは家にも寄り付かず
家族の交流もほとんどなかった。
見舞いに行った次の日母は亡くなった。
葬式で親戚が集まる中涙は見せれないという若い変なツッパリ意識の中だった。
棺おけの蓋を閉めるので思い出の品を一緒に入れてやろうとなり
妹と母のタンスの中を整理していたら鍵のかかった箱が見つかった。
ガキだった漏れはダイヤでも入ってるのかも^^・・と思ってあけてみると
そこには漏れが幼稚園児時代に母に書いた手紙や手作りのお守り、
修学旅行で沖縄に行った時にお土産で一番安いからとの理由で買った¥300の花の香水、
初めてのバイトでもらった給料のなかからやった¥5000が封筒に入ってた。
こんなのわざわざとっとかなくても・・・と思うと同時に思いっきり涙があふれてきた。

それから死に物狂いで働いて父と半分ずつ出して母の墓を立てた。
あれから早18年、父ももういい年になってきた・・
相変わらず会話は少ないし合う機会もあまり無いが親孝行したいと思います。
(親孝行したい時に親は無し)
運命・寿命とさめてた漏れも最近になってやっと分かってきた


588 :大人になった名無しさん:2006/10/07(土) 01:35:49
ガンバレ

589 :大人になった名無しさん:2006/10/09(月) 10:07:50
今日Y市内を走っているバスに乗ったら、俺の座っている横に立っていた女の
子(消防高額念位)が、ハ・クションとくしゃみをしたと同時にブビィーと音
がした後鼻が曲がりそうなくいら臭いウンコ臭がしてきた。多分、その女のが
子ウンコを漏らしたに違いない。その子の格好は、Gパン・ジャンパーで悪臭
発生後俺と同じく3つ目の停留所で降りていった。俺は、尾行を開始した。
すると公園のトイレに入って行ったので俺もついて行くと
個室に入ったので音を聞いていた。カサカサ紙でシリ拭く音や
「うんうん ぶりー」と音が聞こえたので俺はすかさずとびらを開けてやった。
すると尻回りウンコちゃんだらけの若い小学生女がこっちを向いて尻を出したまま逃げようとしたので
個室に押し込んでやった。
「おじさん何も悪いことしないからね。わー臭いウンコちゃん漏らしたのか?」と言って
拭いてやった。肥タンゴのようなくさいにおいに逝ってしまった俺は「もういいよ」と言うのを無理矢理
手を引っ張って「このままではまだくさいから・・・そうだおじちゃんが舐めてあげよう」と言って
思い存分味わいつつお尻を舐めてやった。トウモロコシのカスがあったりして「トウモロコシ食べたのか?
そのまま出てるよ」と言って口の中に入れて味わって食べた。最後は肛門に指を突っ込んでウンコを
ほじくり出して指を舐めた。

590 :大人になった名無しさん:2006/10/09(月) 21:09:47
気持ち悪い、しね

591 :大人になった名無しさん:2006/10/10(火) 03:29:28
なんでこここんなに過疎ってるの?
他板の類似スレ盛況なのに?

592 :大人になった名無しさん:2006/10/21(土) 02:54:00
…一応保守sage。

593 :大人になった名無しさん:2006/10/29(日) 22:27:10
>>474
この人ツボ

594 :大人になった名無しさん:2006/11/10(金) 18:16:06
泣いた。本当に!
http://www5.diary.ne.jp/user/522880/
11/8の日記は泣いた!

595 :大人になった名無しさん:2006/11/10(金) 18:17:27
泣いた。本当に!
http://www5.diary.ne.jp/user/522880/
11/8の日記は泣いた!

596 :大人になった名無しさん:2006/11/12(日) 20:48:46
ここ見てたら死んだじいちゃん思い出した。


私が中学の時に、じいちゃんが胃癌で入院。
特に弱っている様子も見せず、見舞いにいけば普段と変わらないじいちゃんで、必ずうちら孫の為にお菓子を買って用意してくれてた。

しばらくしてじいちゃんは退院して家に戻ってきた。でも一ヶ月ぐらいでまた再入院。
それ以来、私たち孫は一切見舞いに連れていかれなくなった。


ある時、親から『今からじいちゃんの病院行くけど、今回はアンタも来なさい。』と言われ、一緒に行く事に。

病院に行くまでの車の中で『じいちゃんに会っても泣くな』だの『アンタは内孫の長女だから、今回は特別連れてくんだからね。他のいとこ達には内緒だよ。』だの言い聞かせられた。


大人の言ってる事がイマイチ理解できないまま病室に入ると、『誰?』っつーぐらい変わり果てたじいちゃんの姿に衝撃を受けた。

色黒だった肌は青白く、骨と皮だけになってしまったじいちゃん。
私の姿を見ると少し笑って『おぉ‥来たのか‥』と、聞き取るのがやっとぐらいの声で言った。

その途端、一気に涙が溢れた。
泣いちゃいけないと思うほど、ますます涙が出まくった。

そこで大人達の言っていた事をやっと理解した。


病室を飛び出して、トイレで泣いていると
大叔母がやってきて『アンタにはちょっと辛かったね。』と。

顔を洗って病室に戻ると、じいちゃんはいつもの様に用意していたお菓子をくれた。
涙をこらえるのが精一杯で、あとの事は憶えていない。

それから一週間位して、じいちゃんは息を引き取った。
葬式で私は泣かなかった。
いとこ達からは『泣かないの?冷たいね。』と言われたが、私にとっては最後に会ったあの時の方がはるかに悲しかったからだ。

いまだに他のいとこ達には、あの時の事を言ってない。


内容がアレな割に、長文ですいません。

597 :大人になった名無しさん:2006/11/14(火) 06:07:25
最近ばーちゃんが肺がんで死んだんだ。

思い出して泣いた…

598 :大人になった名無しさん:2006/11/20(月) 17:42:23
誰もが一度は耳にしたことがあるだろう童謡の1つに、「あめふり」ってのがある。
僕は子供時代、その歌が嫌いで嫌いでたまらなかった。

小学校にあがる少し前、母は僕の入学式に出席することができないままこの世を去った。
車での買い物の帰り道、大型ダンプと正面衝突をして、ダンプの運転手ともども即死だった。
覚えているのは人の大きさをした大きな布の膨らみと、
それにすがりつきながら「痛かったろう、痛かったろう」と大声で泣き喚く父の後ろ姿だけ。

あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめで おむかい うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン

ちょうど事故で母が死んだ日も、路面が滑りやすい雨の日だった。
この歌が雨の日の給食時間に放送で流れると
保育園に迎えに来てくれた優しい母の顔を思い出し、僕は耳をふさいだ。

その日もそんな雨の日で、ごたぶんに漏れず給食時間の放送からはあの歌が流れていたと思う。
朝の天気予報では晴れマークが出ていたので、傘を持ってくるのを忘れた僕は、
下校のときのことを想像するたび憂鬱な気分になっていた。

母の件のせいにするつもりは毛頭ないけれど、その頃の僕はおせじにも可愛い子供ではなかった。
当然友達なんかいないから傘に入れてくる人なんかいるはずないし、
父は仕事で今日も遅いから、まさか僕の傘のために仕事を抜け出して迎えに来てくれるはずもない。
むしろ当時の僕は本当に可愛くなくって、「もし父がそんな風に迎えに来てくれたとしたら、一体どんな顔をしたらいいんだろう」
なんていう風に、子供らしくないネガティブな悩みかたをしていたのを覚えている。

でもそんな悩みなんかもとから不必要で、結局父が迎えに来てくれることはなかった。
当然だ。片親で子供一人を学校に通わせるのは今思えば楽なことではない。
大工であった父はその日も屋根の上で雨に濡れながら家族のために必死に働いていたんだろう。
どんどん強まっていく雨足と、ぽつりぽつりとクラスメイトが減っていった薄暗い教室は、今思い出しても寂しい気分になる。
一度寂しいと思うと、その寂しさはどんどん膨らんでいくもので、そんな時に母の顔を思い出してしまった僕はもうどうしようもなかった。

もしお母さんがいてくれて、傘をさして迎えにきてくれたら、この雨もどんなに楽しいだろう。
そう考えたとたん、涙がぽろぽろこぼれてきて、僕はまだクラスメイトもちらほら残っている放課後の教室で泣き出してしまった。
それに気づいたクラスメイト達も何事だとこっちをうかがいはするが、もちろんなぐさめてはくれない。
やりきれなさと寂しさで胸がいっぱいになっていたところへ、担任の先生が声をかけてくれた。

当時僕の担任の先生というのは結構なお年の女性の方で、杉本先生といった。
ぽっちゃりした体型と人懐っこい笑顔に派手めな眼鏡で、生徒からはおばあちゃん先生なんて呼ばれていたけど、
本人はむしろその呼び方に愛着を感じているらしく、微笑みながら応対していたように思う。

どしゃ降りの雨がふる教室のなかで、小学校2年生の子供が泣きじゃくりながら事情を説明する言葉なんて、一体どれだけ聞き取れただろうか。
先生は膝をおって同じ高さまで顔をもってくると、僕の背中を優しくさすりながら「そうね、そうね」と独特の九州なまりであいづちを打ってくれていた。

僕がやっと泣き止むと、杉本先生は僕に「そんなら先生と一緒に帰ろうか」というと、やっぱり派手めな赤いチェックのはいった小さな傘を差し出した。
途中杉本先生の家にあがらせてもらい、色んな話をした。「今度から雨の日は先生と一緒に帰ろう」と言ってくれたのが、僕は嬉しくてたまらなかった。
なんだかんだで恥ずかしさも伴い、一緒に下校したのはそれっきりだったけど、僕はそれからは雨がそれほど嫌ではなくなっていた。

杉本先生、お元気にしてらっしゃいますか?
僕は今年、夢だった教師になることが出来ました。
先生のことを思い出したのも何かあるのかも知れない、なんていう言い訳を抱えて
実家に帰省した折にはご挨拶に伺わせて頂きたいと思っています。

599 :大人になった名無しさん:2006/11/20(月) 22:16:38
>>598
(つД`)・゚・。


600 :大人になった名無しさん:2006/11/20(月) 22:28:13
>>598
これが本当の話かとまず疑ってしまう程、俺は汚れてしまった。
けど、これが架空の主人公だとしても、その結末に惜しみないココロからの拍手を送りたい気分だ。

601 :大人になった名無しさん:2006/11/20(月) 23:00:33
>>598
立派な教師になるんだよ。最近の子供は不遇な子が多いから・・・・。

602 :大人になった名無しさん:2006/11/21(火) 00:49:22
ええ話や・・・
まるで感動系のギャルゲーのようだ

603 :大人になった名無しさん:2006/11/21(火) 16:48:19
>>602
・・・・ギャルゲー・・・

604 :大人になった名無しさん:2006/11/27(月) 21:29:33
泣けた…ありがとう。

605 :◆DmBzJffhoY :2006/12/15(金) 10:57:43
ペット ロスのお方のために 霊訓です。参考にしてください。私の友人もマンションでコーギーを
突然(キンシ)に飼い始めました、だって帰って来たのよ あの子が(ホンマカ)でした。御両親も公認とか?

シルバーバーチの霊媒です。 貴方の愛獣が亡くなった後に貴方が どうすべきか? 
疑問にお答えし又 本当の供養を書かせてください。

愛猫が死んだら 捨て猫2匹拾いましょう! ある日貴方は出会えるはずです
あの子に そっくりとは、いかないんだけども何故か あの子にです!
1匹死んだら又1匹拾いなさい 明日から 貴方が老いるまで・・・・

愛犬が死んだら 保険所へ貰いに行こう 3年後に! それでもいいし
介護犬 盲導犬の育成に 募金でもいいので お願いします。 きっと
貴方は、出会うでしょう 貴方の愛犬のあの子です。 きっとですよ!

全ての動物へ 貴方に出会えて良かった しかし 悲しい位怖い思いを抱いた
動物が 多々おります お願いです 貴方のお庭には、実のなる木を植えてください
              (都会のベランダでもいいそうです。霊医アトスより 代打Fでした。

貴方に愛がられたから霊界の利益は少ないのですよ! 哀れなペットこそ
霊界では、高級霊のペットとして可愛がられます。霊媒Fは、モルモットを
ベランダにだし元々そこに鉢植えしていた毒草にて死なせてしまいました。
哀れなり 彼女は、同じ苦しみをと夾竹桃の葉を 何枚か食べてた 愚か者です。
そんなことでは、そのモルモットは、救われない 何故なら彼の目的は、人間の役に
立つ事だからです。 そして今同じペットロスに苦しむ人間のために 書いております。
あのモルモットにとってもこれ程の供養はないでしょう!
                             シルバーバーチ 代打Fでした。


606 :大人になった名無しさん:2006/12/20(水) 03:03:17
思い出したら泣けてきて、
誰かに聞いて欲しくて書き込むことにしました。

もう二人とも成人したというのに、
何年ぶりかに、昨日お姉ちゃんとくだらないことで喧嘩をした。
苛々して近くにあった机に八つ当たりしたら手の指がちょっと切れた。
血が出たのでバンソーコーはってたらふと思い出したことがある。

まだ私が6歳のとき。
よくお姉ちゃんと、お姉ちゃんの友達と一緒に、
みんなで自転車に乗ってよく遊んでた。
ある日いつものように自転車で遊び終わって帰って来て、
私が自転車を片付けようとすると、私の自転車のタイヤに赤いものがついてた。
私は赤いものを見たら、血だと思い「血がついたー!!」と泣いた。
家に入っても私はまだぐずって、その日はずっといじけていた。
次の日、またお姉ちゃんと出かけようとすると、
お姉ちゃんが「おいで」と呼んだ。
呼ばれて行ってみると私の自転車が置いてあった。
そして、昨日私が血だと騒いだ赤いものがついていた自転車のタイヤに
バンソーコーがはってあった。
お姉ちゃんが「自転車怪我しちゃったでしょ、だけどもう大丈夫だよ。」
ってなでなでしてくれた。
私はそれで安心したんだけど、
今考えればお姉ちゃんは私が騒いだとき
「こんなの拭けばいい」とか言わなかった。
「うるさい」とも叱らなかった。
私が血だと思って泣いたことに、対処してくれたんだ。
もし私に妹がいたら、お姉ちゃんみたいに出来ただろうか。
他のお姉ちゃんは、同じことを思いついただろうか。

お姉ちゃんはいつだって私と向き合ってくれていたんだって思う。

指にバンソーコーをはりながら、
お姉ちゃんにひどいことを言ったことを後悔した。

お姉ちゃんが大好きだよ。

いつもわがままばっかり言ってごめんね。
ちっとも大人にならなくてごめんね。

お姉ちゃんに謝りに行こう。


607 :大人になった名無しさん:2007/01/15(月) 02:19:57
>>606
3Pしませんか?(*´д`)アハァン…

608 :大人になった名無しさん:2007/01/15(月) 03:34:57
父と母が離婚してから8年の歳月が経ち、私は父の住む東京に行った。

何の連絡も無しに突然の訪問だが、8年もあいた歳月で私は連絡する言葉が見つからなかった。

ただ一目見たい。

それだけの為に行った。かつて私の家族が住んでいた街に行き、そのご近所さんに挨拶をした。

私の父の住む場所を知っているなら教えて下さいと言うと。
快く承諾をしてくれたが

「そう言えば最近見ないね…」

と言ってアパートの場所まで案内してくれた。

念の為父が住むアパートの部屋の隣人に聞いてみた

しかしそのアパートの隣人は

「今年の4月くらいかなぁ?この部屋で亡くなったよ」

と言うのだ。

私は耳を疑った。

「このアパートね。壁が薄いから咳払いでもすぐに聞こえるんだ。でも、その日は何も聞こえなかったよ」

頭の中が真っ白になった。

ようやく私の頭が整理出来た時、向かった場所は警察署。

「4月頃に亡くなった○○の娘です。」

偶然、その父の事の担当の刑事がいた。

目の前に出されたのは分厚いファイル

「ちょっと見ない方がいいかもしれないけど…」

と言葉を詰まらせながら見せられたのはたった2ページの父の情報。

ほんの数枚の遺体の写真。

71年の人生をたった2枚の紙で締めくくられている父を見た時、涙がこぼれ落ちた。

アパートの部屋で亡くなった父の周りにはゴミが散乱していたが

その中に私の写真立てに飾られた私の写真があった。

涙が止まらなくなり言葉を詰まらせていると刑事さんが

「職業柄か土地柄か、貴方みたいな人はたくさん見て来てるけど、変な事だけは考えないでね。貴方は亡くなられたお父さんの娘さんなんだから…」

その言葉に少し救われた。

偶然なのか父は私の誕生日の2週間後に亡くなっていました。

私が未成年と言う枠から外れてすぐに…

609 :大人になった名無しさん:2007/01/15(月) 04:44:33
高校の頃、初めてフェリーの旅に出た
何処までも続く海
遠くに見える陸地
何もかもが新鮮だった
新しいものがつかめると思った
海から見るものは全て新鮮で感動を呼ぶものだった
海に沈む夕日も船の上からだと全然違う
飛行機や新幹線と違い時間もゆっくりと過ぎてゆく
初めての船の旅
夜は月と星が輝いていたな・・・・
そんな空を見ながら色んな友達や家族、出会った人達の事を思い出してた
何故か人って環境が違う場所に行くと心も変わるみたいだね
本当に2ちゃんねるが閉鎖ならば
新しい旅をする感覚で、また何処かへ行ってみよう
過去の約束
それは
「自分の居場所を見つける事」
僕にとって2ちゃんねるは嫌な場所もたくさんあったけど
このセピア板は本当にいろんな思い出や心のお話を聞かせてもらって感謝してる
多分、この2ちゃんねるで出会った言葉は一つのセピアの思い出として
残るんだろうな・・・・
このまま存続するなら笑っちゃうけどさ
まっ色々な思い出を聞かせてくれてありがとうな。
泣ける話では全然なくてごめんな
でも、ここでの思い出は大切にしたいんだ・・・
さよなら・・・

610 :大人になった名無しさん:2007/01/15(月) 11:53:22
24歳にもなって処女。
男性経験どころか付き合った事すらない…

そんなにブスではないんだけどな。

611 :ふう ◆Fuu/6Lut5I :2007/01/15(月) 19:29:22
>598さん、
幼い時に、母に亡くなられたら辛いよね。

俺が小4ぐらいの時かな、クラスの子と喧嘩して
相手がひっくり返って、おでこに怪我をしたんだよな。

夕方になって、相手の子とお母さんが文句を言いに来て
中1のねえちゃんと謝ったけどさ。

子供相手に怒っても気が済まないお母さんが、最後に残した一言。

「だから、母親のいない家の子はだめなんだ!!」

この言葉はキツかったなぁ。
母の思い出と、寂しさが一気に出てきて、しゃくりあげて泣いたもん。

「大丈夫、ねえちゃんがお母さんだからね」って抱きしめてくれた。
まぁ、そのねえちゃんも泣いてたんだけどね。

きっと、歳頃になりかけた少女のねえちゃんの方が、
もっと悲しかったんだろうな。

612 :大人になった名無しさん:2007/01/16(火) 17:50:10

ちょうど去年のこの日にさ、友達なくしたんだ
あれからちょうど3年前だ


ちなみに私は女です


Aは笑顔が似合う子でさ、いっつもニコニコニコニコしてて、よくボケるし、よく突っ込むし、友達が多い子でまさか死ぬなんて思わなかった

私が3年前なんて言ったらまだ高校生で、今日はAの誕生日だった

友達からいっぱいのプレゼントもらって「持って帰れないよ〜」なんて言ってたのを覚えてる

3年前の今日の夜に、Aのお母さんから電話あって、交通事故で即死。って聞いた

みんなのプレゼントを汚さないように、大事に抱えていたらしい

泣いた

そしたらさ、その日の夢にAが出て来たんだよ

Aが仲良かった子全員のところに挨拶しに行ったらしい

みんな「夢にでてきた」っていってた

仲が悪かった先輩んとこにも、ちょっとしか喋った事のない大人しい子んとこにも

めちゃくちゃいっぱいの人んとこ回ったんだなぁ

内容は人それぞれだったから聞けなかったけど、夢を見た人達はほとんど目が覚めたら泣いてたようだ

友達なかせんなよ…

お葬式には人が馬鹿みたいにきてた

友達多かったもんなぁ

みんな号泣

ここまで泣かせる奴もいないよ

3年たったいまでも、お墓にはたくさんの人がきてる

最近、Aが死んだ時見た夢を思い出した

「うちね、これからはみんなと一緒にいられないの。でもね、うちはいつまでも隣にいるから、辛い時も隣に居るから、忘れないで。誕生日プレゼント、ありがとう。めちゃくちゃ大切にするね!じゃあ、本当のばいばい。今までありがとう、大好き。」

613 :大人になった名無しさん:2007/01/29(月) 23:33:24
セピアな思い出。
思い出の中の光景は、いつも 夏だ。
俺は 田舎育ちだったから、行動範囲には
田んぼや 山や 草っぱらしかなかった。
真夏の 頭のてっぺんが チリチリ焼けるような
日差しの中で 帽子もかぶらずに 走り回ってた。
虫捕り網を 振り回して 近所のガキたち と奇声を
あげながら。
川で 魚を すくったり 貝をとったり 川えびをとったり。
あのころ 家のまわりは 俺たちガキの 王国だった。
日が暮れるまで 遊び回って かあちゃんに 怒られた。

クソガキだった俺も 今じゃ オヤジになり、
故郷には 母親が ひとりで暮らしている。
今 実家のまわりには 家が 建ち並んでいるそうだ。
昔は クワガタや カブト虫が いっぱい捕れた山も
宅地造成のために 木が 刈られ コンクリで固められた。
俺たちが 駆け回った 草っぱらには ホームセンター
が 出来、夏には 一匹 何百円かで クワガタや
カブト虫を売ってるらしい。
俺は もう 何年も 実家に 帰れずにいる……

614 :大人になった名無しさん:2007/01/30(火) 23:27:07
なぜ帰れないの?
帰ったら?顔を見せるだけで親孝行だと思う

615 :大人になった名無しさん:2007/01/31(水) 14:59:19
476 :ほんわか名無しさん :2006/03/29(水) 02:18:58 0

4月から大学生です。
でも、前期で第一志望を落ちてしまって、後期試験で第二志望の大学に行くことになりました。
今日は手続きがあって、電車で甲府まで行きました。

家を朝6時過ぎに出て、最寄りの駅に思ったより早く着いてしまって、ホームに行ったらもう電車がホームに止まって発車を待っていました。
電車に乗って待っていたら車掌さんがいたので、「この電車八王子行きますか?」と聞いたら親切に教えてくれた。
で、「朝早いねぇ。八王子に遊びにでも行くんかい?」と聞いてきたので「いえ、今年から大学に入るんで、甲府まで行って手続きしてくるんですよ」
と言ったら、「おぉ、それはそれはおめでとうございます!」と言ってくれた。

発車まで時間があったので話はすすんで、私は第一志望に落ちたことがひっかかっていて「でも行きたい大学があったんですよ。。。」と言ったら、その車掌さん。
「うーん。でもその大学に行くことになったのも運命だいねぇ♪
第一志望じゃなくても、あなたが選んで受けたんじゃないんかい?
あぁあの大学行きたかったなぁ。。。って大学生活を始めるよりも、これも運命だから4年間を楽しむぞ!って思って行った方が、卒業する時に「4年間本当によかったなぁ。」と思えるよ!
そんで4年たったら、ひとまわり成長してまたこっちに帰っておいで」と言ってくれた。

八高線の車掌さん。
あなたのおかげで、胸を張って入学式に行けそうです。

616 :大人になった名無しさん:2007/02/01(木) 20:56:11
僕のひいばぁが死んで、今日でちょうど3年たちます。

僕のひいばぁは気が強い人でばあちゃんや母さんとよくケンカをしていた。
まだ小学生低学年だった僕は、そんなひいばぁが少し怖かった。
でも、ケンカしてない時はとても優しくて、ひいばぁが栽培していた
ミカンとかを一緒に食べたり、散歩に行ったりと楽しかった。
でも、年をとるごとにだんだん身体の調子が悪くなっていって、
3年前の今日、亡くなった。89歳だった。89年って長いよね。

人の死を初めて感じた時のショックはでかかったなぁ・・・
火葬場でアレ、なんていうんだろう・・・機械みたいなのに入れられて、
骨と灰になって出てきたときは何とも言えなかった・・・

偶然かもしれないが今日、私立高校の入学試験がありました。
試験の出来が良かったのは、ひいばぁのおかげかもしれない。
県立高校の試験が終わったら、ゆっくりと墓参りしたいと思った。

長くなってスンマセン。





617 :大人になった名無しさん:2007/02/03(土) 09:57:12
大往生ならいいんじゃないか。
人の死は、人を成長させると思う。

618 :ボン:2007/02/09(金) 16:43:50
初めて2chに書き込みします。

私は去年の4月に短大に入りました。

医療秘書の資格を取りたかったので兵庫の田舎カラ上京して大阪へと引越しました。

親は受験間近まで…いや、おとんゎ私が合格しても反対してたと思う。

おかんは私のしたいことはさせてくれたからしかたなしって気持ちがあったんだと思う。

親が反対したのは、まずうちがお金なくて借金かかえてるぐらいだから

これ以上お金使ってほしくなかったってのが一番。

おとんは私が一人娘だから、女を都会に出すのが嫌だったみたい。

それでも親は『がんばれよ』って言って私を大阪に行かせてくれてん。

でも11月のある日−。

私は同じクラスの女の子に呼び出された。

私は前から自分のHP持ってて、そこの日記に愚痴を書いたのをみて

その子らがキレた。

そりゃキレるだろう。

だってその子らの悪口みたいなんのネタみたいにして書いたんだから。

言い訳っぽくなるが、私は学校でのつらかった事も嫌なことも誰にも言えずにいた。

だからどこかで解消する場所がほしかった。

その解消する場所が私のHPの日記だった。

そこしかなかったから私は学校でのつらかったこと、いやなことを書いたつもりだった。

でもそれが書けば書くほど悪口になってた。

呼び出された時ゎ1対1だったのだが途中から違う子がきて2対1で話した。

周りには高校生も通っている場で私はどなられた。

『しばくぞぼけ』

怒鳴られてもしかたないって思って、私はただ謝った。

619 :ボン:2007/02/09(金) 17:17:09
結局はしばかれずにすんだのだが、2人の女の他に後ろに4人もあっちの味方みたいなのがいた。

私はその時わけわからず家帰って泣き叫んだ。

でもその時ゎ無性に腹立った。

相手にも自分にも。

なんで私が愚痴ったらいけないのかって気持ちでいっぱいだった。

愚痴るところがそこしかないんだもん。

ってかなんで教えてもいない私のHPを他人が知ってるんだ?

いろんな気持ちが混じって涙になった。

その時、おかんから電話がかかってきた。

『もしもし?最近学校どう?』

こんなときに学校のこととかきかないで。

私『うーん…しんどいわぁ。』

おかん『なんだ?学校そんなしんどいんか?』

私『なんだろーな…うちの学校みんな授業まじめに聞かなくてやーみんな寝てやんの。そんなやつばっかで環境わるすぎる!!』

おかんに「しばかれていやな目にあった」なんていえるわけないから

明るく振るまって嘘ついた。

それでもおかんは学校でどうしてるか聞いてきた。

『毎日通ってるか?』『がんばれてるか?』『勉強大変か?』

私は『毎日通ってるよ。一応資格はちゃんと取りたいからがんばってるよ』

って明るく振るまった。けど私は学校は楽しくないってことをつい愚痴ってしまう。

そしたらおかんからこんなこと言い出した。

『だったらあんた、学校切り上げるか?』

びっくりした。

『は?なんで?切り上げても…』と言う私に対しておかんは話を進めた。

『あんた最近声おかしいから心配して毎日電話してたんや。そりゃあな、学校がんばって行ってほしいで?
でもおかあさんは別に無理して短大行ってほしくないで。おかあさんは資格とってくれたらそれでいいから。
通信でもして資格とりぃや。お父さんもあんたが学校辞めること別に反対せんやろうから。おかあさんがちゃんとお父さんに言っておくから。』

私は静かにただ泣いておかんお話を聞くことしかできなかった。

『切り上げたい。』

もう頭の中で決まってた。だから切り上げたいといった。

620 :ボン:2007/02/09(金) 17:26:11
結局それをきっかけに私は学校をやめ、

今では通信でがんばって医療秘書の資格を取るために毎週土曜日通っている。

おかん、ちゃんと医療秘書の資格とって、資格とったら地元の病院でちゃんと働いて

そのお金でおかんとおとんを幸せにするから。

だから待ってて。

私は高校ん時いっぱいおかんに反抗した。

口も全くきかなかったり、口きいても私は暴言を返したりいやな態度とるだけだった。

でもおかんは私を救ってくれた。

わがままでごめんなさい。

いまだにありがとういえなくてごめんなさい。

いつになるかわからないけど結婚式あげるときちゃんと気持ち込めてありがとういうから

それまでゎ私の面倒みてください。

すこしずつ親孝行しようって考えてるから。

だから見守ってて。

621 :大人になった名無しさん:2007/02/10(土) 01:29:42
>>620
無駄に長い。「ゎ」とかいらねぇよ。きもい。

622 :大人になった名無しさん:2007/02/10(土) 10:01:46
これからもお母さん大切にしてあげてね。今ボンさんがそう思ってるのならお母さんにも伝わってるはずやから。

623 :彗星さん:2007/02/10(土) 15:53:05
 

 
俺も昔お母さんには、迷惑かけたからなー。親孝行頑張れよ!

624 :大人になった名無しさん:2007/02/11(日) 01:23:21
小学5年生の頃だ。雪国育ちだった俺はその日学校行事のスキー教室に参加していた。
俺の親父は俺を幼少からスキーに連れて行って色々しごいてくれた。
手前味噌な上、後々起こったことを考えると言うのも憚られるのだが、当時の俺はそんじょそこいらの小学生以上のスキーの腕を持っていた。そう思いたい。
その日。真っ白な雪が真っ赤な血で染まった。
原因は俺の転倒事故。突然目の前に現れたスキー客を避けようとして障害物に激突、傾斜の強い坂をそのまま50メートル以上転がり落ちたのだそうだ。
事故の瞬間のことは今でもはっきりとは思い出せない。いや、忘れている方が良いのかもしれないけど。
全身打撲と各部位の脱臼。骨折。左目の下の頬に外れたスキー板が激突して出来た裂傷。学校始まって以来のさんさんたる行事事故だったらしい。
すぐに病院に運ばれ、手術を受けた。手術は実に8時間におよんだらしい。
そして気が付いたのはそれからずっと後のことになる。俺は事故から一ヶ月後の3月に目を覚ました。このときの両親の顔は今でも忘れられない。

でも、地獄が始まったのはここからだった。
頸椎捻挫により傷ついた脊椎から分岐している左腕の神経は手術でつなぎ合わせても感覚系に大きな障害を残していた。
初めの一ヶ月は触るだけで脳天まで響くような激痛が走った。それでも動かさなければ回復の可能可能性が消えてしまうからと、リハビリで無理矢理動かし続けていたのだ。
そのせいで当時の俺は随分とナーバスになっていた。顔に残った大きな傷に、何一つ思い通りに動かなくなった四肢。小学生の精神を追い込むのには十分すぎた。
でも、そんな俺にずっと話しかけてくる奴が居た。同じ部屋で長いこと入院しているのだというそいつとうち解けあうのにそれほど時間はかからなかった。
そいつは俺の弱音を受け止めてくれた。泣き言を聞いて慰めてくれた。元気がないと笑わせてくれた。
俺からそいつにしてやれたことは何一つ無い。彼が一方的に、それでいて親身になって俺を励ましてくれた。
ある日、俺がリハビリから帰ってくると部屋からそいつの姿が消えていた。
後になって知ったことだが、彼は末期の小児ガンだったのだそうだ。本来ならすぐにでも集中治療室に入るべきところを、「つらくて苦しんでいる、僕の最後の友達をおいてはいけない」と言って拒否していたそうだ。
泣いた。本気で泣いた。久しぶりに自分のこと以外で涙を流した。

あれから何年が過ぎただろう。今年成人式を迎えた俺の左腕は動く派動くけれども後遺症で一切の感覚を失っている。
一般生活を送っている今でも俺の傷ついた神経はいつその機能を全停止してもおかしくない。
俺はあいつに命をもらうことで此所までこれた。痛みを感じられなくなった左腕を抱えた俺は切に思う。
自分の痛みを感じられないだけ、他人の痛みを分かち合って半分を受け止めてあげよう。
今でも顔によぎっている大きな傷。鏡を見るたび思い出す。俺に生きることの大事さを教えてくれた、あいつのことを。

625 :1/4:2007/02/11(日) 05:21:11
今から数年前の秋――高校三年の体育祭。

うちのクラスは運動神経いい人が多く、毎年「獲得得点全学年総合一位」の
有力候補と言われていたが、あと少しというところでいつもその栄冠を逃していた。
(うちの学校の体育祭では、良い順位を取るごとにポイントが加算され、
最も高得点だったクラスは閉会式の時に表彰される)

受験生とはいえ、高校最後の体育祭。
やはり「全学年総合一位」という有終の美を飾りたい一心で、
みんな勉強の傍ら、各競技の練習に励んでいた。

いつもひかえめで、ちょっと困り顔で柔らかく笑うYくん。
普段ののんびりした言動からは想像できないが、クラス一、足が速かった。
彼は男子数人でのリレーとクラス対抗リレーのアンカーに抜擢された。


すみません、つづきます。

626 :2/4:2007/02/11(日) 05:22:12
体育祭当日。
うちのクラスは順調に勝ち進み、得点も次々に獲得していった。
Yくんの参加する男子のリレーも始まり、みんな固唾を飲んで見守る。
走者トップの状態でアンカーYくんにバトンが渡って、
きっと誰もがうちのクラスの一位を予想したと思う。

しかし、最後のカーブ。
Yくんは白線を踏んでしまい、派手に転倒。
次々に追い抜かれ、結果は最下位。

「ごめん、転んじゃった」とか言いながらいつもの柔和な笑みをと思いきや、
Yくんは今まで見たこともない険しい表情をしていた。
ゴールと同時に、持っていたバトンを地面に叩きつける。

Yくんが塾の帰り、密かに走って帰って特訓しているのを皆知っていた。
その際、足に専用の砂袋を巻いているのも、皆知っていることだった。
だからこそ、誰も彼に声を掛けることができない。
普段からは想像できない初めて見る怒りの姿に、皆圧倒されていたのもあるが。
審判の先生さえ圧倒されて、地面に転がったバトンをなかなか拾えなかった。

Yくんは片足を少し引きずりながら、一人どこかへ行ってしまった。


627 :3/4:2007/02/11(日) 05:26:27
最終競技であり、体育祭最大の目玉でもある学年クラス対抗リレー。
それが始まる直前に、険しい表情のままYくんは戻ってきた。
そして、高校生活最後のリレーが始まった。

二位の状態で、ついにアンカーにバトンが渡された。
Yくんは裸足で一位の選手を追う。

話の腰を折って悪いけど、私は学校行事というものが大嫌いで、
本当は「全学年総合一位」もどうでも良かった。
口では「絶対優勝目指そうね!」とか何とか言っていたが、
「たかが学校行事に、この人達なに熱くなってんの?」と冷め切っていた。
当時の性悪さには我ながら呆れる。

だけど、この時だけは違った。
転んだ時に擦りむいた足で必死に走るYくんを見て、
気付けば声の限りをつくして応援していた。
高得点獲得チャンスの男子リレーで無得点だったため、
「全学年総合一位」の夢はもう断たれていたのだが、
そんなものは関係なく、ただYくんのために応援した。
皆も必死に彼の名前を叫んでいて、初めてクラス一丸というのを感じた。


628 :4/4:2007/02/11(日) 05:28:26
最終カーブを曲がり、ゴールまでの直線に入る。
皆が見守る中、前走者を追い抜き、見事Yくんがゴールテープを切った。
順位は当然、堂々の一位。

その瞬間、グラウンドに響き渡るほどの歓声があがった。
私達のクラスだけではなく、先ほどのYくんの様子を見た他学年の生徒たちも
どうやら見守っていてくれたらしい。
Yくんはクラスの皆に揉みくちゃにされながら、
いつもの困り顔ではなく、本当に嬉しそうに笑った。

結局「全学年総合一位」は駄目だったのだが、素晴らしい思い出を貰った。
過去12年間の学生生活で一度もなかった嬉し涙も流した。
Yくんが今どうしているのか知らないけれど、
私の高校生活最後の思い出に華を添えてくれて、本当にありがとう。

泣ける話じゃなくてごめん。
長文失礼しました。

629 :大人になった名無しさん:2007/02/11(日) 06:04:38
高校最後の夏の全国高校野球大会地方大会のお話。

俺の家庭は小学校時代に親が離婚し母子家庭だった。
でも親父は大の野球好きで小さい頃は毎日のようにキャッチボールをしてくれた。
俺は親父が本心では大好きだった。本当は離婚なんてしてほしくなかった。
だけど親父は遊び人だった為、母に物凄い苦労を掛けていた。そういうところを見てると
むかついた。ある日、中1くらいの部活の帰りに、町でぱったりと親父とあった。
親父は「おう○○(←俺の名)!野球頑張ってるみたいじゃねーか」と言ってきた。
が、その日は部活で嫌なことが有りイライラしていていたんだとおもう。
俺は親父に「2度とあんたの顔なんか見たくない」と言い、走って帰った。
それ以来ぱったりと親父を見なくなった。そうあの日までは・・・。

時は過ぎ話は高校生活最後の甲子園を掛けた最後の夏
俺の学校はレベルでいうと5〜10年に一度甲子園に出る程度のレベル
俺はエースで、俺の学校はその年甲子園出場の期待が大きかった。
みんなの期待や重圧が物凄く圧し掛かった。だが頑張って勝ち進み
準々決勝まで勝ち上がった。あと2回勝てば甲子園という所だった。
結果は投手戦で試合は進んだが9回サヨナラ負けだった
皆その瞬間泣きじゃくりしばらく放心状態だった。俺はマウンドから立てなかった
でもそのときは涙は我慢していた。それでも監督などが元気をつけてくれて
何とか球場を出れる状態になった。
球場の外には格選手の応援に来てくれたおじちゃんやおばちゃん身内の
人たちでわんさかしていた。俺はエースとして負けた申し訳なさがありさっさと
帰りたかった。その時だった。どこかで見覚えのある顔の親父が俺の名前を呼び
「○○!最高だったぞ!よく頑張ったなお疲れ様」と言った。
そう。それはあれ以来あっていない俺の親父だった。その瞬間我慢していた
涙が漫画みたいにあぶれだした。俺がどこの高校とかも伝えてないのに何でわかった
んだろう。ずっと影から見ていてくれてたとおもうと泣けた。
その後何事もなくバスに乗り地元に帰った。それ以来親父には会ってない。

630 :ペット(家族):2007/02/11(日) 12:51:17
ペット愛の話。

俺の実家は、「悲しい」とか「暗い」とかそういう言葉とは、
無縁のかなり明るい家庭だった。あれは俺が高校3年の時、動物好きの母が犬を飼いたいと
いいだした。妹は大喜び。俺も内心、新しい家族ができると内心うれしかったが、
クールな兄貴を装い「いいんじゃね」とそっけない感じの返事をした。
 ただ唯一、反対とは言わないまでも乗り気ではなかったのが父。今、思えばその理由がわかった
気がする。
 数日後、かわいらしい真っ白の子犬が家にやってきた。母と妹は
「名前は何がいいかな?」「子犬だから家の中でいいでしょ?」等、うれしそうに
 話していた。  名前は「ゲンタ君」に決まった。

631 :ペット(家族)2:2007/02/11(日) 13:00:28
 ゲンタはとても元気がよく起きている間は常に動き続けているような性格だった。
妹はゲンタの写真を撮りまくり部屋中に飾っていた。
母も俺らが学校にいっている間、ゲンタとの散歩を散歩を楽しんでいた。
俺も余の可愛らしさに自分の鼻とゲンタの鼻を誰も見ていないくっつけたりして遊んでいた。
なんだかんだ言っていた父もこっそり大人になった時のゲンタの犬小屋をこしらえていた。
ゲンタは・・・本当の家族だった。

 でも、悲しみは突然やってきた。俺のせいで・・・
 

632 :ペット(家族)3:2007/02/11(日) 13:25:59
 あれはゲンタが家族になって1ヵ月が立とうとしていたころ、
俺は車の免許をとる為、教習所に通っていた。家が田舎のため教習所行きのバスに乗るには
車で送ってもらわないといけなかった。(国道から10キロ離れている)
いつものように母が「M(俺)、そろそろいくよ」と声をかけてきた。
ふたりそろって玄関で靴を履いていると、ゲンタがシッポをふりながら奥から出てきた。

 「ゲンタ君もいっしょにいこうか」と母が言うと、ゲンタをだっこして助手席に載せた。
俺は、後ろに座って可愛らしく助手席に座っているゲンタと、うれしそうに運転する
母を、微笑ましく見ていた。

 バス停は反対車線にあったので母はUターンしようとしてたが俺は「いいよ、ここでとめて」と
道路脇に停車させた。
 車の後ろはスライド式のドアなので、俺は車がきていることも確認せずに勢いよくドアを
開けた。       

 助手席に座っていたゲンタが、さっきまでの大人しさが嘘のように車から飛び出した。 

 その瞬間・・・
ゲンタは後ろから追い越そうと猛スピード来ていた車のタイヤの下敷きになった。  

633 :ペット(家族)4:2007/02/11(日) 13:46:15
 本当に一瞬の出来事で何が起きたかわからなかった。ゲンタを引いた車は走り去った。
(たぶん引いた事すらきずいていないだろう)
目の前で無惨な姿になっているゲンタを呆然と見下ろしていた。
『ゲンタ!!」 悲鳴にも似た声で叫ぶ母。
母はあきらかに即死であろうゲンタに「家に帰ろうね」「痛かったね」と
話しかけながら抱き上げると車に乗り走り去った。・・・
 俺は呆然としながらバス停まで歩いてベンチに座った。 座ったとたん涙が溢れてきた。
「俺のせいだ」「俺が車が来ていることを確認しなかったから」
まったく身が入らなかった教習所の帰り道は10キロを歩いて帰った。
家に着くと明らかに悲しみにつつまれた空気がただよっている。ただ父だけが
明らかにムリをしてテレビを見ながら笑っていた。
母は台所にいた。  「ゲンタは・・・?」 と聞くと
「助からなかったよ・・・M、歩いて帰ってきたの?電話くれれば迎えにいったのに」
  俺「ごめん」
  母「何が・・・?しょうがないよ事故だから、Mのせいじゃない」
  俺「妹は?』
  母「部屋に閉じこもってる・・・謝ったけど返事はなかったよ」
  俺「母さんのせいじゃない。おれが謝ってくる」
   
 俺は妹の部屋の前で立ち止まってノックをした。




634 :ペット(家族)5:2007/02/11(日) 14:12:15
 扉越しに涙声で
 妹「何?」
 俺「母さんのせいじゃないんだ・・・俺が・・・」
 妹「いいよ、誰のせいでもないの解ってる母さんにも謝っといて」
 俺「・・・わかった」

 その日の夕食、暗い雰囲気を打ち消すように父が
 父「いつまでもメソメソするな!!笑ったほうがゲンタも喜ぶ!」
 と明るい父らしい言葉で家族を元気づけた。
たぶん、父は遅かれ早かれ先に逝くゲンタへの悲しみが家族を暗くするのをわかっていた
のだろう。 
 10年経った今では元の明るい家族を取り戻している。でもまだ
妹の部屋にはゲンタの写真と物置小屋には使われる事のなかった犬小屋がある。
実家に帰るたびに思い出す俺のセビアな悲しい思い出。

 

635 :ペット(家族)お詫び:2007/02/11(日) 14:16:49
ごめん仕事中に描いたから誤字脱字だらけ。
でも、実話だからゆるしてください。

636 :大人になった名無しさん:2007/02/11(日) 14:19:26
>>630-634
漏れの家でも犬の死に二度ほど遭遇している
死をもって生きていることの大切さを学べたのでよかったと思う
命あるものは、いつかは死を迎える
この事実を体験できたと思う

637 :ペット(家族)お詫び2:2007/02/11(日) 14:24:04
あと変な文章になってるwww
すいません。

638 :こー:2007/02/11(日) 18:32:42
私は当時犬を飼っていた。タロという犬で 幼稚園のときからずっと飼っていて
大切にしていた犬がいた。

そんなある日
私は母と2人で旅行に行って 旅行先の映画館で映画を見て感動して帰ろうとした時
母の携帯が鳴った
メールだ。
母は画面を見るなり「はっ・・」と息を呑んでいた
私は気になってそっと画面をのぞいてみた
父からだった
「今日夕方タロが亡くなりました」
寿命だったらしい。
私は頭が真っ白になった。
母は画面を見つめながら涙をこらえていた
私は見なかったふりをして明るく
「じゃあ行こっか」
といって映画館を出た
でも

639 :こー:2007/02/11(日) 18:52:41
瞬きをするともう涙があふれそうだった
我慢しながらアイスクリームを食べていた
でも母はそんな私に気づいたのか
「どうしたの?」と聞いてきた
私は最初
「なんでもない」と
笑いながら答えたが
ついにはこらえきれなくなって
泣いた。
さっき画面を見てしまったことを言おうとしたが
号泣しすぎてうまく話せない
母はすべてを悟ったみたいで
一緒に泣いた。
人がいっぱいいるのに
2人で思いっきり泣いた。
旅行から帰ってきて
まっすぐにタロのところに行った。
もう父がお墓に埋めたらしかった。
いつもいるタロの姿はそこにはなく
しんと静まり返っていてうちじゃないみたいだ。
タロは大好きな海の砂浜に埋めたんだって。
父と一緒にいつもの海に行った
砂浜の奥の岩のそばに
こんもりともりあがった所があった
父は「そこだよ」と言った
私は手を合わせて
泣いた。
何で、何で という思いがあふれでてきた
まだ信じられないよ、タロ。
いつもの元気でうるさいタロはどこいったの?
私がいつもタロのところに行ったらうるさいくらいにほえて喜んでたじゃない。
何で私がいないときに逝っちゃったの?
最後の顔くらい見たかったよ、タロ。
でも寿命はいつかくる。しょうがないね。
タロだって、わざと私がいないときを選んだかもしれないんだよね。
最後にいっぱい遊んであげられなくてごめんね。
これからもずっと
私のそばにいてね。
私を守ってね。
私の中でタロは永遠に生き続けてるからね。
タロも私のこと忘れないでね。
さようなら。



640 :大人になった名無しさん:2007/02/11(日) 20:51:29
>>630>>638
たかが犬の話でこんなに・・・(つД`)・゚・。

641 :ごめんな ポチ…:2007/02/11(日) 21:20:06
俺が中学の時…
親が、何回も小犬が家に来るので、
親「遠くに置いてきて」
言われて、家から自転車に乗せ、ある公園までいったんだけど…
可哀想で、家の近くまで連れてきてしまった。

642 :ごめんな ポチ2:2007/02/11(日) 21:27:13
親には、
俺「〇〇公園に置いてきた…」
って言ってご飯を食べたんだけと、すぐにまた犬が戻ってきて
俺「〇〇公園に置いてきたはずなんだけど…」
親「?……おかしいね?犬の面倒みれる?」
俺「か、飼っていいの?」
て嬉しそうに言ってた…

643 :ごめんな ポチ 3:2007/02/11(日) 21:32:04
兄弟も居たけど、一番喜んでたのは、言うまでもなく…
一年位が過ぎ、運命の朝がやってきた…
あまりにも、朝から吠えるので、親が紐から解き、犬は、犬は走りだした…

644 :ごめんな ポチ 4:2007/02/11(日) 21:42:54
ポチは、一番楽しい時間を過ごしていたと思う…
家に戻ってくると、美味しそうに、水を沢山飲んでた…
少したつと、吐きだし、横に倒れた…
全員「ポチ!!」
居てもたってもいれず、駆け寄るが、かなりやばそう。
俺「病気連れていって!」
言ったが、親が、分かったでもそれまで…
て言った

645 :ごめんな ポチ 最終回:2007/02/11(日) 21:50:11
とうとう、痙攣をしてしまった!
親「変な物を食べたのかな?」
俺は何とか助けようとしたが…ダメだった…

ごめんな、俺がちゃんと、遠くに置いてきてれば…


646 :大人になった名無しさん:2007/02/12(月) 00:27:15
意味がわからなかったのは私だけ?

647 :大人になった名無しさん:2007/02/12(月) 02:35:01
意味が無いんだからしょうがないよ

648 :大人になった名無しさん:2007/02/12(月) 05:06:50
もしあの時、ちゃんと遠くの公園に置いてきたら、
もっといい人に拾われて一年ぽっちで死ぬことは
なかったかも、という後悔だとオモ

でもね645の家に来られて良かったんじゃないかな。
ノラだと保健所行き、とか、敵に食われて、とか
車にひかれて、ということの方が多いんだもの。
たった一年間でも、優しい人たちに可愛がられて幸せだったと思うよ。

ありがちだが、とりあえず貼っておく
http://www5.ocn.ne.jp/~select/Rainbow.html

649 :大人になった名無しさん:2007/02/12(月) 20:00:07
648さん
返事ありがとうございます
20年位前ですが、本当に後悔してます。
今はもう生き物は飼えなくなりました…

650 :大人になった名無しさん:2007/02/12(月) 21:40:52
>>649書き込み乙
私も同じような経験があります。
飼っていた猫が春先にネズミを捕まえてきて、それを食べて口から泡を吹いて死んでしまいました。
ネズミは毒餌を食べて死にかけていたのでした。猫もその毒でやられたのです。
喜んでネズミを捕まえて来たので、ネズミを取り上げることができずに後悔しています。
ペットが死んだ悲しみより、一緒に暮らした楽しかった日々を大切にして欲しいな。
普通は人間の方が長生きをするので、いつかはペットの死に遭遇することになります。
それは、仕方の無いことです。ペットの死を見届けられるのは、私たちが長く生きた証なのですから。

651 :大人になった名無しさん:2007/02/13(火) 02:08:07
>>649
648です。私は今まで何匹もの動物たちと暮らしました。
そしてその数だけ別れを経験しました。
飼い方が未熟で知識が無くて、今なら助けてやれたのに、
その頃の自分が助けてやれなかった子たちも
たくさんいます。その子達のことを思うと申し訳なさでて
一杯になります。

今飼っている子たちも、私の身に余程のことがない限り
私より先に死にます。その事を思うとたまらなくなります。
でも私はこの子たちと共に暮らしている今の日々を
生涯の思い出として持ち続けるでしょう。
もちろん去っていった子たちのことも同じように
生涯持ち続ける大切な記憶です。

辛い記憶も楽しい記憶も、私が生涯持っていくことのできる
大切な財産だと思っています。

652 :北斗と南斗交わる時:2007/02/13(火) 05:30:53
自分が生まれて物心ついた時から一緒に育った犬・・・
雑種だったが、真っ白でかわいかった。
自分が小さい頃、悪ガキで小便かけたりひどいこともした、
そのせいか、小さい頃はあまりなついてくれなかった。

家の犬は変な性格で、知らない人が来たら居なくなっても10分ぐらいずっと吠えてたり、
車が通ると、すごい興奮してものすごい暴れながら吠える。
そのせいで、壁に特攻して飛び出た釘に鼻がジャストミートして血が噴き出した事もあった。

滅多に散歩行かなかったけど、そのたまに行く散歩のときはものすごい力で引っ張って、
見事鎖が手から抜け出したこともあったな・・・。

俺も大きくなって、小さな頃みたいに嫌がらせとかしなくなって、すごくなつく様になってくれた。
仕事に行く時、帰って来た時、尻尾を振ってこっちにずっと遊んでくれと言わんばかりに
アピールして来た。それで、俺は1,2回撫でて、仕事行ったり、家に入っていった。

俺が21歳の時、夜中家の犬が変な声出して泣く様になった。
心配で見に行くと、横になりながら手足をばたばたさせてもがいている。
恐らく立てなくて、辛かったんだと思う。
飯も前ほどの食欲が無いし、散歩に連れてっても、前みたいに引っ張って歩かないし、
車が来てもさほど吠えなくなった。

俺と親は、「まぁ、19年も生きてるから、そろそろ寿命だな」と頭では割り切ってた。
それに、夜あの泣き声聞いて、あの姿見ると、正直楽にしてあげた方が幸せなのかもと思った。
そして、数日後仕事から帰って来たら、死んだと聞かされた。
俺は「まぁ、犬で19年も生きたんだからすごく長生きしたな。」と言った。
そしたら、家の親父が「いや〜・・・俺も分かってたんだけど、涙でちゃったな〜」
以外だった、家の親父はぶっきらぼうで、泣くとかそんな男じゃなかったから・・・。
そうこう話して、自分の部屋に入った俺も、泣いてしまった。(我慢してたんだけど)

今まで、散歩に滅多に連れて行かなくてごめん。
小さい時、ふざけていじめてごめん。
もうちょっと、かまってあげなくてごめん。

19年間、家を守ってくれてありがとう。
ずっと鎖つながれた範囲の中で飼い主以外の人間は吠えて、車にも吠えて。
ずっとその狭い範囲の中で番犬としての役目を毎日毎日やってくれたね。
毎日、同じ場所で退屈で苦痛だっただろう?ごめんな、ダメ飼い主で。
そんなダメ飼い主に文句も言わずけなげに役目をやってたお前は、立派な番犬だった。
ありがとう。

親と俺は、話会ってもうペットは買わないことにした。
正直、お前の死は家族みんな辛すぎた。
それに、家の番犬はお前だけだから。


653 :大人になった名無しさん:2007/02/13(火) 09:45:24
日本語でオケ

654 :大人になった名無しさん:2007/02/13(火) 14:20:17
うちにもコロという名前の雑種の犬がいました。
長い白と茶の毛がふわふわしてる犬でした。
私が学生の頃、学校から帰ってくる時間になると毎日、
通学路が見える場所に座って遠くから歩いて来る私を待っていてくれる利口な犬でした。
それから10年程たち、家族は引っ越さなければならなくなりました。
それは庭の狭い小さな家でしたが、もちろんコロも一緒です。
しかし遊ぶ庭が無く、17才という年令もあって
引っ越してから間もなくして、コロは足腰が弱り歩けなくなってしまいました。
しだいに目も白内障になり、耳も遠くなりました。
そして人間の認知症と同じでしょうか、朝晩の区別がつかず夜中に大声で吠えるようになりました。
狭い住宅地では苦情が来た事も一度や二度ではありませんでした。
しかし外でしか生活した事のない犬を狭い借家に上げるわけにもいかず、どうする事も出来ませんでした。
それから半年後の寒い冬の日、コロはひっそりと息を引き取りました。
18才の誕生日目前でした。いろんな気持ちが入り交じって、涙が止まりませんでした。
翌日焼き場に行きお焼香をし、最後のお別れをして火葬の厚いドアが閉められた時、目に浮かんだのは、帰りを待っていてくれたあの姿。
待ち遠しくソワソワし、一点を見つめていたあの姿。急ぎ足で帰った通学路。
コロ本当に心からありがとう。安らかに。

655 :大人になった名無しさん:2007/02/13(火) 22:45:10
>>654
全米が泣いた

656 :大人になった名無しさん:2007/02/13(火) 22:59:24
>>654
泣いた

657 :大人になった名無しさん:2007/02/14(水) 03:35:41
友達の娘が今年小学校に上がる。
それで友達から入学準備の話を聞いていたら自分が小学校に上がった時のことを思い出した。
真っ赤なランドセルは、父方のおばあちゃんが買ってくれました。
子供だったからランドセルってだけで嬉しくて価値なんかわからなかったけど
あとで親に聞いたら本牛革を使って職人が1つ1つ手作りした
10万強の高級なものだったらしい。
私は2才下の妹よりも背が低く、体も小さかったので
ランドセルを背負って見せた時には、いつもは大人しく物静かなおばあちゃんが
「ランドセルが歩いてるみたいだよ〜カバン負けしちまうよ〜かわいいねぇ」
と、いつになくはしゃいで嬉しそうに笑っていたのが印象的だった。
中学の制服もおばあちゃんが一緒に行って買ってくれた。
サイズ合わせで試着してみるとおばあちゃんは本当にうれしそうだった。
高校の入学式の日には、おばあちゃんが早朝から用意していたらしく
家に炊きたてのお赤飯が届いた、すごくうれしかった。
専門学校に進学した時も、トリマー(犬の美容)の学校なのに
叔父さんが「ばーさんの髪も切ってやってくれよw」と言うと
おばあちゃんは「バカ!犬の床屋さんなんだよ〜」
叔父さん「あぁ〜そうかぁw」と一緒に笑っていた。
思い出すのはおばあちゃんの笑顔。
今度、友達と子供と遊ぶんだけど、自分が小学校に上がる時のことを思い出して泣いちゃいそうだ(´・ω・`)

658 :大人になった名無しさん:2007/02/14(水) 16:06:02
追いかけ続けた夢
30年かかったよね。14の時に吉田拓郎の歌を聞いてぶっ飛んで、「俺もシンガーソングライターになるんだ」って
心密かに思い出してから30年やっとデビューにこぎつけたよね。
長かった。本当に長かった。途中色んな回り道をしたけど、底辺にはいっつも歌があった。
だから生きてこれたといっても過言ではない。
小学校二年生の時に、物心ついた時からの(生まれつきかな?)慢性の中耳炎で水泳が出来ない僕の為に両親がギターを買ってくれた。
子供用の小さなものだった。右用を弦を張り替えて左で弾いていた。そのときにちゃんと習っておけばよかったんだけど、
自己流で適当に歌謡曲なんかを弾いていた。今思うとクラッシックをきっちり習っておけばよかったと思う。
中学に入ってから通信教育でフォークギターの勉強をする。今は無き「エレック」だ。それである程度のフォークの基礎は学んだ。
ステレオを買ってもらい、たまたま初めて買ったLPが姉の影響でサイモンとガーファンクルだった。感動した。何度も何度も聞いた。
そのあといよいよビートルズの洗礼を受けた。もう感動のしまくり、世界にはこんな音楽があるんだってもう感動の嵐だった。
どの曲を聴いてもいい。特に俺は左利きだったので、ポールの影響をモロにうける。
そして中学2年の夏、同級生が吉田拓郎のテープを持ってきてくれた。拓郎のことは「結婚しようよ」なんかでしっていた。
そのテープに入っていたのが「おきざりにした悲しみは」だったのである。イントロを聞いてぶっ飛んだ。すごいの一言だった。
「俺も拓郎のようになる」って心に誓った。
高校に入ってビートルズ好きが集まってバンドを組んだ。もちろん俺はポール気取りだったので迷わずベースだった。
文化祭なんかでよくやった。ベースを弾きながらの「オールマイラビング」本当に好きだった。今も当時の左用のベースが残っている。
今、どんな音がするのか一度聞いてみたい。津の楽器屋さんにたまたま左用のベースがあったんだよね。今となっては貴重な一本である。
大学に入って何故か空手に興味を持ち空手部に入部する。
しかしその流派はいわゆる寸止めで実際に身体に当てたら反則というルールだった。
これじゃあ強くなれないっていうんで、退部して京都市内の空手の道場を探していたら、
高校時代から憧れていた極真会館の芦原道場があった。
けんか十段芦原秀幸である。憧れの人だった。ためらわずに入門する。それからは空手、空手の日々である。
でも、そんな中でも歌は作っていた。そして、いよいよ昇段審査が近づいたある日、
俺がリーダーでやっていた大学の拳友会のコンパの2次会で初めてディスコなるところへ後輩達と行った。
そこである女性と運命的な出会いをした。そのディスコでいわゆるナンパした女性と毎日会うようになり関係を深めていった。
空手の練習なんてどっかへ飛んじゃった。そして結局昇段審査を目の前にして空手を捨てた。女と空手で女を取ったのである。
純粋だった。今考えると十分両立は出来たと思う。でも、当時は両立は考えられなかった。でも、その女性とも結局別れることになった。
普通ならそこでもう一度空手に戻るところなのであろうが、空手に対する張り詰めた糸のようなものが切れてしまっていたために、
空手の修行の日々に戻ることは難しかった。結局最後は歌しかなかった。歌は作り続けていた。
学校を出てからいろんなバイトをした。正社員もしくはサラリーマンには絶対にならないって心に決めていた。縛られたくなかったから。
いざ歌のほうでゴーサインが出た時にすぐに対応が出来る体制をとっていた。だから生活は苦しかった。金銭的には本当に苦労した。
欲しいものも買えずに悔しい思いもした。でも、歌のためだって思ったら我慢できた。
でも、そういう苦しさのなかから出来た歌がほとんどだ。普通にサラリーマンをやっていたら絶対に出来なかった歌が出来た。
2002年9月25日。CD全国発売開始、本当のスタートはこれからだ。持っているものを100%出して思いっきり歌うだけだ。
今となってはそれが俺に出来る唯一のことだからね。

659 :大人になった名無しさん:2007/02/14(水) 16:45:49
山の頂上で邪悪な気配がする
王さまに命じられて、頂上へ探索に行くことになった勇者(主人公)
城門に行くと、王さまが呼び寄せた6人のお供
戦士、僧侶、魔法使い、盗賊、狩人・・・一人足りない
次の町の宿で待っているとの事
勇者はこの中から3人選び次の町に進むことにした(あとの2人は別行動)

ここで組んだパーティによって、この後のシナリオが変わったり、
次の町で待っているもうひとりのキャラが変わる。

流れとしては
スタート→ダンジョン→町(休憩所)→ダンジョン→休憩所→ダンジョン・・・休憩所→山の頂上
休憩所でシナリオに沿ったイベントが起きたり、パーティの入れ替えができる

660 :大人になった名無しさん:2007/02/14(水) 22:31:04
アゲ

661 :大人になった名無しさん:2007/02/17(土) 17:18:35
俺は阪神大震災で彼女を奪われた。
付き合い始めた頃の俺は社会人で、彼女は高校を卒業し、
神戸の大学に進学が決まり地元を離れることになった。
付き合っても直ぐに遠距離恋愛になってしまったが、
彼女が長期休校の時はいつも地元に戻ってきてくれたので
普段会えない分を補うくらい、いつも会うようにしていた。
そんな付き合いも2年程続いたが、ある日突然彼女から別れを告げられた。
地震が起こる1ヶ月前のことだった。理由は、遠距離であるために、寂しかったことが原因だった。
色々話し合い二人とも納得して別れたが、それからも、お互い電話をかけたりして続いていた。
地震が起こる1週間前に彼女から復縁したいと電話があり、俺もやり直すことにした。
すると彼女が連休に俺に会いにくると言い出したので、
「もう直ぐ大学が冬休みに入るからわざわざ帰らなくても」と言うと、
「もう会えなくなってしまうかも」と言ったので、俺も連休は暇だし、一緒に過ごすことにした。
2日間一緒に過ごし、大学の試験が近いので友達と勉強する約束をしてた彼女は、
別れ際「帰りたくない」と言っていた。俺は「約束は守らないと」と言って
彼女を最終の新幹線で神戸に送り出したのが最後の姿だった。あの時、引き止めておけば。
翌朝、地震の振動で目が覚めた。しばらくするとテレビで地震のことをやっていた。
彼女のところへ電話をしても繋がらない。だんだん不安になり、方々に連絡を取ってみたが
彼女の安否が分からない。彼女の実家にも連絡が無い。神戸に行きたくても入れない。
生きていることを祈りながら、連絡を待った。が、だめっだった。
彼女の下宿先は全壊し、下敷きになって発見された。うつ伏せで寝ていたのだろう、
天井の大梁が後頭部へ直撃だった。即死だそうだ。
俺が地震で目が覚めたときには、彼女は天国に行ってしまったことになる。
彼女の亡骸が地元に帰ってきたので会いに行った。眠っているようだった。
幸い、火災にもあわず、とてもきれいだった。
彼女の母親から遺留品の中に俺宛の手紙があったので受け取った。
俺が見送ったあの日、下宿に戻った彼女が最後に書いた手紙。
再会を喜び、これからの2人のこと前向きに綴った手紙。
やりきれない思いが俺の中を駆け巡った。
彼女に出会わなければ、こんなにつらい思いはしなかったかも知れない。
彼女に会えたおかげで、これからもがんばれると今は思っている。

662 :大人になった名無しさん:2007/02/24(土) 14:17:15
定期点検

663 :いまさらだけど:2007/02/26(月) 11:56:07
私の家は田舎なので、昔は飼い犬を散歩させる以外に鎖を外して自由に遊ばせてあげたりしていました。
その当時飼っていた犬が元気がないので、久しぶりに鎖を外して自由にさせてあげたのですが、普通1時間くらいで戻ってくるのにその日は戻ってきませんでした。
その犬は翌日近くの栗林で冷たくなっていました。自分が死ぬところを飼い主に見せたくなかったんでしょうか。
その後しばらくたって、小学校1年生の娘が犬が欲しいと言い出して、近くの動物愛護センターから豆柴の雑種らしき子犬をもらってきました。
メスなので、避妊手術することもかわいそうなので、散歩する以外は犬小屋の鎖につないでおきました。
誰にでも良くなついてしまうため番犬としては不向きでしたが、ちっちゃくて、頭が良くて、その上美人(犬)でした。
写真もたくさん撮りました。娘・息子・家族全員。車に乗せてドライブも。
ある日、性器のから血が出始めて自分でなめるようなことをやり始めたのですが、生理だと思って特に気にしていませんでした。
しばらくして、あまりにも長く血が出ているので動物病院に連れて行ったところ癌だと言われました。
もう手遅れで、手術もできない状態でした。
日に日に体力が落ちて歩き回ることもなくなり、性器が破裂したようになり、ただれて血というか汁というかひどい状況になってしまい、見るに堪えない状況になってしまいました。
それでも私たちが行くと賢明にしっぽを振り、差しだした手をなめようとするのです。
ある夜、子供が寝た後夫婦で話し合って安楽死させることを決めました。
次の日、子供たちが学校に行っているうちに、獣医の手により筋弛緩剤が注射されチビは静かに目を閉じました。
裏のお墓の片隅に埋葬し、学校から帰ってきた子供たちには、鎖を解いてやったらまだ帰ってこないといっておきました。
その後も何で帰ってこないのと娘が心配していたのですが、「メスだから彼氏ができて住み着いてしまったんじゃないの」なんて適当なことを言ったり。
もう3年もたちますが、チビは幸せに死んでいったのでしょうか。時々チビが静かに目を閉じていくところを思い出します。
私たちは良い飼い主では無かったでしょうね。痛かったでしょうね。辛かったでしょうね。でも、許してくれますか。私たち馬鹿な飼い主のことを。

664 :大人になった名無しさん:2007/02/26(月) 15:51:21
両親へ

もう俺が原因の喧嘩はやめてくれよ二人ともよぉ!
施設に戻ってやるから、おまえら仲良くやれや

665 :大人になった名無しさん:2007/02/28(水) 10:57:32
年寄りの犬が吠えるのは目と耳が悪くなって寂しくて怖くてで鳴いてるって聞いた

666 :大人になった名無しさん:2007/02/28(水) 18:09:13
俺が中1だったころの話。
T=俺 K=親友(クラス違う) JとN=クラスメイト(まあまあ仲いい)

ある日、体育でバスケをやっていた。Jは、バスケで足をケガしてしまい、立つのもやっとというかんじだった。
その日は、みんな「大丈夫?」などといってJのことを心配していたが、次の日からはみんなそのことを忘れていた。
俺も、あまりJのことを心配していなかったから、Jは足をケガしていることなんて忘れていた。
数日後、教室の端のほうで下をむいて突っ立っているJがいたから、俺は
「なーにボーっとしてんだよ!!」と、冗談で軽くJを突き飛ばした。
すると、Jの足はまだ完治していなかったため、Jはその場でくずれおち、近くにあった机で頭を打った。

Jは「いてえ」としか言わなかったから、頭にケガはしていないだろうと思ったが、よく見ると、Jの頭から血が流れていたのが分かった。
俺が、ヤバイと思ったころには、近くにいた担任が気づいていて、そばにいた。
担任が「どうした?」と言ったら、Jは「Tが……いきなり押し倒した!!!」とクラス中に聞こえるくらい大きな声で言った。
その後、Jの頭から、血が止まらなかったためJは病院へいった。
俺は、担任、副担任、学年主任、教頭の4人から廊下でひどく怒られた。

給食前、先生たちの説教はやっと終わり俺は教室にむかった。そのとき俺は、下をむいて、しょんぼりしていた。
いつも、俺が先生に怒られて教室にもどると、クラスメイトたちは
「何怒られてるの〜バッカじゃ〜ん」とか「どんまいどんまい」などといって励ましてくれるのだが、その日は違った。
Jは結構クラスで人気が高かったためか、俺が教室に入ってくるなりクラス中の奴ににらまれた。
遠くのほうで、「T最低じゃん」という女子の声も聞こえた。俺はそれは気にしなかったが、
一番ズキンときたのは友達だと思ってたNの「T最悪!もしJが死んだらアイツ殺人犯だな!」の一言だった。
俺は、大好きな給食を一口も食べなかった。というか、食べれなかった。

給食が終わって昼休み。俺はいつも、JやNとその友達、俺の親友のKと運動場でサッカーをしていた。
NかJが、「T〜サッカーしようぜ」と誘ってくれるのがとても嬉しかったが、その日は誰も誘ってくれなかった。
俺は教室の隅にぽつんと1人立っていた。教室内には、俺と数人の女子しかいない。
ふと運動場をみると、Nたちが楽しそうにサッカーをしていた。そこに、Kも入ってきた。
「ああ、きっとNは俺の悪口をいっているんだろう。どうせKも、Nたちの仲間なんだな。」俺はそう思って、運動場を見るのをやめた。

こんなに寂しい昼休みはなかった。俺はただ、教室のすみっこで1人立っていた。



いったん終了。

667 :大人になった名無しさん:2007/02/28(水) 18:10:19
続き。


すると、俺の教室にサッカーボールを持ったKが入ってきた。Kは、俺が怒られたことを知らない。
Kは持っていたサッカーボールをわざとらしく俺のほうにころがし、「T!とってとって」と言った。でも俺はそんな気分じゃなかったから、
とりもせず、口を開きもせず、ただ下をむいて立っていた。ふと顔をあげるとKと目があったから、俺は思わず目をそらし、Kに背中をむけた。
俺は、怒られたりしたときに、全く関係のない奴に「なんかあったの?」とかしつこく聞かれるのが一番キライだった。
Kはそれを知っていたのか、何も俺に聞かなかった。

そして、Kは持っていたサッカーボールを俺の背中にぶつけて、「ねーあそぼー!」と言った。
俺はとても嬉しかったが、素直に自分の気持ちを言うことができず、「Nたちと一緒にサッカーやってこれば?」と言ってしまった。
しかしKは、「あそぼーよー。2人でサッカーしよ!!」と言った。俺は何も言わなかった。
それからKはずっと俺の背中にサッカーボールをぶつけて「あそぼー」っと言ってきた。
俺は何も言わず、あふれてきそうな涙を必死に我慢していた。

668 :大人になった名無しさん:2007/02/28(水) 22:45:43
>>663
安楽死は難しいですよね。
苦しんでいる姿を見れば早く楽にしてあげたいと思うし
それでも懸命に生きようとしている命の火を吹き消してしまうのは残酷にも思えるし。
その子を本当に愛していて出した答えなら間違ってはいないと思うし、チビも幸せだったのだと思います。

669 :大人になった名無しさん:2007/03/01(木) 16:36:18
6年生の頃だった
体も声も大きな幹也君は、頭がよく 曲がった事が大嫌い 
流石に学級委員だけの事はあるが、少々お人よし…つまり単細胞だった
一方、すなお君は…直ですなおと呼んだような気もするが…まあいいや、そんな事

事の発端は すなおが幹也の単細胞ぶりに気がついたことから始まった
当時透明ボンドを手のひらに出して乾かすと大人のパックみたいにペローンと
はがれるのが おもしろくて流行った
そのうち すなおが空気を混ぜて透明ボンドを手のひらで作ると
唾みたいに見える事を発見した

                         続く

670 :大人になった名無しさん:2007/03/01(木) 17:05:47
続き

早速 すなおは、いそいそと制作にかかった
なるほど上手い でも今更そんな事して…誰もが思って見てた

すなおは、唾に見える空気入り透明ボンドをおもむろに幹也の机の上に
置いた
幹也が来た
 (すなお)幹也くーんごめんよー
 (幹也) なんだよー?と警戒しつつ例の大声で…
 (すなお)幹也君の机の上に唾はいちゃったんだ
 (幹也) えーーっ!!…
      ほんとだ きったねーなー おまえ拭けよなー
 (すなお)幹也君 自分の雑巾で拭いて
 (幹也) なんだよー あったま来るなー…なんでオレがこんな事
      しなくちゃなんねーんだよー…
ブツブツいいながら幹也は雑巾で拭いた

唾は ポロッとそのまま落ちた
もう我慢の限界である みんな吹き出した
すなおが涼しい顔でネタばらしを始めた

このあとは 針金みたいな すなおが 
 幹也くん ごめんよー と、くりかえしながら逃げた
顔をまっかにしながら てめー 待てよこらー と、追いかける幹也
幹也くんに追われてちょっと嬉しそうな すなおだった     

671 :大人になった名無しさん:2007/03/01(木) 17:31:12
また ほとぼりのさめたころ
朝早く すなおが上機嫌で登校してきた
当時めずらしかった食品サンプルだった
本物そっくりなウインナーパンだった
珍しくて へえーなんて感心しながらみんなの手を一周した
また 遅刻ギリギリで幹也が来た
あわてて それ は、しまわれた

放課後幹也が あー腹減ったなー と、大きな声で言った
すなおは おもむろに例のものを出した

幹也くん食べる?

たじろぐ幹也に すなおは平然と言い放った
幹也くんの為に持ってきたんだよ

まずいんじゃねー?
こんなもん持ってきたら、先生におこられるんじゃねー?

じゃいらないの? すなおがもうひと押しした

んじゃ いいか まあ おまえの善意だし…じゃ遠慮なく…

ん? 固いなー

うん 昨日買ったからね 硬くなってたかも…ごめんね

いや…いいんだよ こういうのは気持ちだからなー

ガブッ・・・???
 
すなお…?

それ おもちゃだよ たべられないんだよ

てめー すなおー オマエ名前ばっかりすなおだけど 
ちっともすなおじゃねーんだよー 
誤りながらもニヤニヤして逃げるすなお 
赤鬼の形相で追いかける幹也
最後にはボコボコにされながらも幸せそうなすなお
いつもの教室の景色だった



672 :大人になった名無しさん:2007/03/02(金) 01:50:13

僕と彼女は小学校から中学まで一緒だった。
僕は小学校から彼女の事が好きだった。
いつも軽口を言い合い、彼女といると楽しかった。
中学二年生ぐらいに何度か告白しようとした。
でもいつも勇気が出なくて言えなかった。この関係を失いたくなかったから

しかし中学卒業の時に僕は彼女に呼び出された。
そして僕は彼女に告白された。
まさに奇跡だと思った。僕は嬉しくて飛び上がりそうになったけど、付き合う事は出来ないと答えた。何故なら僕は美容師になるために大阪の職業訓練校に行く事になっていたからだ。
彼女はそれでもいいと言った。僕は髪が切れる様になったらこの街に帰って来て君の髪を切ると約束した。
彼女はそれまで待ってますと微笑んだ。

それから四年間、僕と彼女は連絡を取り合い続け、他愛もない話、辛かった話、失敗した話。電話や手紙でやり取りを繰り返した。
僕はどんどん彼女を深く好きになって、早く逢いたいと必死に練習した。
そしてとうとう故郷、彼女の居る街に帰る日が後半年に迫ったある日、一本の電話が僕宛に入った。

それは彼女が危篤で有ると言う電話だった。

その日の内に僕は休みをとり、飛行機に乗って彼女の元へ向かった。(なんでこんな事に、生きてくれ)初めて神様に祈る様な気持ちだった。

病院に着いた時、 入り口で彼女の母親が迎えてくれた。
そこで僕は彼女が死んだ事を知った。間に合わなかった。崩れ落ちそうに地面が揺れた様な気がした。

白血病だったらしい。半年前から発病したのだと言った。 僕に心配かけまいと黙っていたらしい。 僕は涙とショックを堪えて歩くのがやっとでまるででも何故か現実感がなかった。

霊安室の扉を開くと、ベットの上に綺麗に横たわる彼女が居た。

久しぶりに近くで見た彼女の髪の毛は薬の副作用で髪が所々しか生えて居なかった。
思わず彼女の頭を撫でた時に、彼女の母親は彼女は毎朝僕に切って貰うのだと言っては微笑んで、みっともなくてもずっと剃らなかったと教えてくれた。

僕は鞄からハサミを取り出して1番太い髪の束を取り出して半分切った。

隻を切ったみたいに堪え切れない涙が零れた。
後から後から溢れて来る涙を抑え切る事が出来なくて大声で泣いた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった。息が詰まって頭がぼーっとして指先が痺れた。

こんなに待っててくれたのに僕は何もしてやれなかった。気付いてさえあげられなかった。

悔しさと寂しさ自分へのいかり。いろんな涙が出た。

そしてあの日言えなかった。君が好きって言葉を言った。
鳴咽でよく聞こえなかったかも知れないけど。

ずっと好きだったんだって。

今は愛してるって。

たくさん言った。

あれから僕はずっと一人ぼっちでいる。

だって彼女より愛せる人なんて何処探したっていやしないから。

なんかみっともなくて情けないな俺。

673 :大人になった名無しさん:2007/03/02(金) 01:51:24
僕と彼女は小学校から中学まで一緒だった。
僕は小学校から彼女の事が好きだった。
いつも軽口を言い合い、彼女といると楽しかった。
中学二年生ぐらいに何度か告白しようとした。
でもいつも勇気が出なくて言えなかった。この関係を失いたくなかったから

しかし中学卒業の時に僕は彼女に呼び出された。
そして僕は彼女に告白された。
まさに奇跡だと思った。僕は嬉しくて飛び上がりそうになったけど、付き合う事は出来ないと答えた。何故なら僕は美容師になるために大阪の職業訓練校に行く事になっていたからだ。
彼女はそれでもいいと言った。僕は髪が切れる様になったらこの街に帰って来て君の髪を切ると約束した。
彼女はそれまで待ってますと微笑んだ。

それから四年間、僕と彼女は連絡を取り合い続け、他愛もない話、辛かった話、失敗した話。電話や手紙でやり取りを繰り返した。
僕はどんどん彼女を深く好きになって、早く逢いたいと必死に練習した。
そしてとうとう故郷、彼女の居る街に帰る日が後半年に迫ったある日、一本の電話が僕宛に入った。

それは彼女が危篤で有ると言う電話だった。

その日の内に僕は休みをとり、飛行機に乗って彼女の元へ向かった。(なんでこんな事に、生きてくれ)初めて神様に祈る様な気持ちだった。

病院に着いた時、 入り口で彼女の母親が迎えてくれた。
そこで僕は彼女が死んだ事を知った。間に合わなかった。崩れ落ちそうに地面が揺れた様な気がした。

白血病だったらしい。半年前から発病したのだと言った。 僕に心配かけまいと黙っていたらしい。 僕は涙とショックを堪えて歩くのがやっとでまるででも何故か現実感がなかった。

霊安室の扉を開くと、ベットの上に綺麗に横たわる彼女が居た。

久しぶりに近くで見た彼女の髪の毛は薬の副作用で髪が所々しか生えて居なかった。
思わず彼女の頭を撫でた時に、彼女の母親は彼女は毎朝僕に切って貰うのだと言っては微笑んで、みっともなくてもずっと剃らなかったと教えてくれた。

僕は鞄からハサミを取り出して1番太い髪の束を取り出して半分切った。

隻を切ったみたいに堪え切れない涙が零れた。
後から後から溢れて来る涙を抑え切る事が出来なくて大声で泣いた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった。息が詰まって頭がぼーっとして指先が痺れた。

こんなに待っててくれたのに僕は何もしてやれなかった。気付いてさえあげられなかった。

悔しさと寂しさ自分へのいかり。いろんな涙が出た。

そしてあの日言えなかった。君が好きって言葉を言った。
鳴咽でよく聞こえなかったかも知れないけど。

ずっと好きだったんだって。

今は愛してるって。

たくさん言った。

あれから僕はずっと一人ぼっちでいる。

だって彼女より愛せる人なんて何処探したっていやしないから。

なんかみっともなくて情けないな俺。

674 :大人になった名無しさん:2007/03/02(金) 01:55:28
二重で更にダメっぷり発揮スマソ。

675 :大人になった名無しさん:2007/03/03(土) 22:53:19
674は、ダメじゃないさ
充分いいヤツだよ
死なれると生き残った方はつらいよな
相手はきれいな思い出だけ残して 自分はどんどん年を取る
生きていくと醜いこともたくさんあるけどそれが生きることだと思う
もしかして・・いや絶対彼女が生き続けていたら、醜い言い合いや修羅場も
あっただろう それが生きる事だから
前向きに生きれ

676 :大人になった名無しさん:2007/03/04(日) 00:56:36
>>674 つらい経験しましたね。忘れる事は出来ないかもしれないが、乗り越える事は出来る。
軽々しく言うつもりは、
ないが、頑張ってね
>>675 あなたのレス読んだ、こっちまで励まされ
た気になりました。


まだ、世の中棄てたもんじゃないわ
オレも頑張る!

677 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 13:55:27
子供の頃、夏休みになる度に母方のばあちゃんちに遊びに行ってた。
ばあちゃんちは、車で2時間くらいの山の中の集落。
じいちゃんはとっくに死んでて、一人暮らし。近くにおばちゃん夫婦が住んでて面倒見てた。

俺が遊びに行く度に、ばあちゃんは喜んでくれて、あれこれご馳走してくれた。
俺専用のおもちゃ箱が置いてあり、プラスチックの野球セットとか虫かごとかが入ってた。
「すぐ遊べるようにおもちゃ洗っといたよ〜」ばあちゃんはニコニコしながら言ってた。
すぐ裏手が山だったので、カブトムシなんかもたくさんいて、ばあちゃんちは結構お気に入りの場所だった。

でも、それも小学校高学年まで。
学校の友達と遊んでたほうが楽しいし、まして中学に入れば部活もあったし、
自然とばあちゃんち訪問は夏休みの行事から消えていった。
最後に入ったのは小5のときだったと思う。

そんなのが寂しかったのか、夏休みが近くなる度にばあちゃんから電話が掛かってきてた。
母親から「たまに顔見せて来いって」とも言われてた。
その度に「う〜ん」と生返事をし、やり過ごしていた。少しわずらわしくもあった。
毎年、そんな感じで中学、高校の夏休みを過ごし、おれは大学生になっていた。

678 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 14:25:17
>>677の続き

大学3年の夏休み。8月になったばかりの昼頃。
だらだら寝てた俺は、母親から叩き起こされた。ばあちゃんが亡くなった。
その日、おばちゃんがばあちゃんちを訪ねたところ、台所で倒れていたらしい。
なくなったのは前日の夜。くも膜下出血との事。

ばあちゃんの遺体が夕方病院から戻るとの事で、母親と妹の3人でばあちゃんちに向かう。
車は俺が運転した。なんか、現実感がない。ぼーっとしている。
母親は助手席で黙りこくっている。妹は後ろで泣いていた。

夕方頃、ばあちゃんちに着いて遺体と対面する。
10年ぶりくらいの対面。でも、ばあちゃんは冷たくて、白くて、小さい。
泣き出す母親と妹の横で俺はやっぱりぼーっとしてる。頭に靄がかかった感じ。
涙は出てこない。(おれって冷たいのかな?)そんなことを思ったりしてた。




679 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 14:59:16
>>678の続き 連投ごめん

なんとなく居たたまれなくなって、庭に出てみる。
庭の隅にある、ばあちゃんの納屋。子供の頃、よくここで遊んで怒られた。
中に入ってみると、いろんなものが置いてある。
全部、埃まみれ。この埃の匂いは子供の頃と変わらない。

足元に俺のおもちゃ箱を見つける。
プラスチックのバット、ボール、虫かご、ミニカー・・・
「?」・・・次の瞬間気付いた。
これ、ひとつも埃が付いてない!

慌てて、箱を抱えておばちゃんのところへ駆け出す。
「おばちゃん、これ・・・?」
おばちゃんは最初怪訝な顔をしてたけど、俺の聞きたいことに気付いて
「それねぇ、ばあちゃんが毎年、夏になると洗ってたのよ。
Mちゃん(俺)がいつ来ても遊べるようにって・・・。
もう、そんな年じゃないよって言ったんだけど、きかないのよねぇ。」
おばちゃんは泣いたような、笑ったような顔だった。

初めて泣いた。
もう、箱を抱えて、座り込んで大声で泣いた。

10年もばあちゃんは俺を待ってた。
俺のおもちゃを洗いながらずっと待ってたのに
「遊びにおいで」何十回もばあちゃんは言ってたのに。

なんでこんなに人は人のことをこんなに想い続けられるんだろう?
そして俺は、そんな想いを、こんな風に形にして目の前に出してもらわないと分からない。
自分が本当にくだらなくて、愚かな人間に思えた。

ばあちゃん、ごめんなさい。
いつでも会えるんだから、と後回しにしてた。
ばあちゃんがいることが当たり前だと思ってた。
それが、ずっと続くことが当たり前だと思ってた。

ばあちゃん、ほんとにごめんなさい。



680 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 17:47:00
俺も祖母孝行しないとな・・・

681 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 18:59:08
>>675>>676

ちゃんと読んでくれてありがとう。

すぐに前向きにはなれないが、しっかり今出来る人生を生きる事が彼女への償い?って言うとおかしいけど、そんな気持ちです。

スゲー嬉しかった。ありがとう

682 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 20:59:01
>>681
のような椰子が家庭を持つべきである
あせらず探せ
きっと神様がぴったりな伴侶を用意してくれているはず
なぜならここに祈ってる675がついているから
彼女できたら知らせろよ みんなで一緒に祝おうな(^Д^)

683 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 21:04:59
同棲を始めて間もない夏の日、仕事中の彼氏から電話が。
大はしゃぎで「猫飼うぞ!」。
仕事場の人が子猫を拾って、それを私達が飼うことになったんです。
大量の猫グッズと一緒にやってきた猫。
ほんとに小さくて、薄汚れてたけど可愛かった。
いまいち猫との接しかたが分からない私にもすぐ懐いてくれた。
私がベットで雑誌を読んでるとチョコンと横に座ったり。
遊びにきた彼の友達たちに人見知りして私の後ろに隠れたり。
異変が起きたのは四日目の夜。

684 :続き:2007/03/05(月) 21:24:14
部屋の中で突然倒れたんです。
すぐ夜間空いてる病院を探したけど遠くて断念。
ご迷惑とは知りながら近くの動物病院の先生を起こし診ていただきました。
注射をして元気になった(ように見えた)ので、翌日検査をすることになり一旦連れて帰って。
でも明け方に容態が急変。午前中、病院が開くと同時に駆け込みました。
検査の結果は先天性の白血病で先は長くない。
その数十分後、診察台で息を引き取りました。
ごめんね、と繰り返す私たちに先生は静かに「この子は幸せだったと思います。
一人ぼっちで短い一生を終えるより、
最後に心ある人たちに出会えたから。ご飯もらって、病院にも連れてってくれて…。」
その言葉を聞いて涙が溢れました。
たった四日間だったけど、あなたは私の初めての飼い猫だよ。
今ではすっかり猫バカです。
ろくに名前も決めてあげれずごめん。

685 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 21:39:26
>>677-679
(´;ω;`) ブワッ


>>683-684
(つД`) ウッ

686 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 22:36:42
>>684 マザー・テレサの伝記に同じような話があったような・・・。

687 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 23:22:44
>>686
パクリすか!?がっかり〜(´・ω・`)

688 :大人になった名無しさん:2007/03/05(月) 23:57:20
>>687 絶対にパクリではありませんよ
「人生の最期が幸せであることが大切」という共通点があるということなのです。
がっかりは無用だよ

689 :大人になった名無しさん:2007/03/06(火) 12:19:21

僕には好きな人がいる。

別に僕の彼女ではないし、話したこともない女子で、
ただ、同じクラスというだけだ。

僕は、いつも明るく笑顔で笑っている彼女が好きだった。

僕は彼女に片想いをしていた。



ある日を境に、彼女は学校に来なくなった。
先生や友達の話では、
下校途中に、信号無視の車と事故にあい、今は、病院で入院しているらしい。
少し前まで、危険な状態だったようだ。

僕は友達ではないから、お見舞いに行くことはなかった。恥ずかしかったんだ。



690 :大人になった名無しさん:2007/03/06(火) 12:51:19
>>682
本当にありがとう。

出来たら報告します。



691 :大人になった名無しさん:2007/03/06(火) 14:53:34
数日後、部活から帰ってきた僕は、疲れて寝てしまった。
その時、彼女が夢にでてきた。
いつもの笑顔で笑っていた。

目が覚めたとき、まだ、30分しか寝てないことに気付いた僕は、病院に走った。

なぜか焦っていた。



病院に着いたとき、まだ面会時間があった。
僕は受付の人に、
「○○○○さんのクラスメートの○○です。」
と言った。看護士さんは快く部屋を教えてくれた。

彼女の部屋に入ると、彼女は驚いた顔で僕を見ていた。

まぁ、話したこともかない男がいきなり入ってきたら、誰でもその反応をするだろう。

彼女の身体中包帯が巻かれていた。
頭にも包帯が巻かれていた。

この日、彼女と初めて話すことができた。
いつの間にか面会時間は終わっていた。

僕が帰ろうと扉に向かったとき、彼女に止められた。

「ありがとう」

いつもの明るい可愛い笑顔で彼女は言った。

692 :大人になった名無しさん:2007/03/06(火) 14:54:21

次の日、登校し教室に入ったとき、

…彼女の机に花が置いてあった。

僕は信じられなかった。絶対にありえないと思った。


授業が始まるのにも関わらず、僕は病院に走っていた。

もう一度、会いたい。
もう一度、話したい。
もう一度、笑顔がみたい。

…君に思いを伝えたい。

様々な思いが、脳裏をよぎりっていた。

もう一度、
もう一度、

病院内も走っていた。

彼女の部屋に入ったとき、僕は立ち尽くしていた。

そこには、綺麗にされたベットがあるだけだった。


693 :大人になった名無しさん:2007/03/06(火) 14:56:22

受付にいた看護士さんが、僕を追いかけて来ていた。
看護士さんは、優しく話してくれた。

「あの子、友達が来たときはずっと笑っていたけど、友達が帰ったあとは、痛みでずっと泣いていたのよ。あれだけの傷だから普通なら我慢できないのに。君が帰ったあと、容態が急に悪化したの。」

「僕が昨日行かなければ。」

「ちがうのよ。あの子は、君が来てくれたことをとても喜んでいたわ。容態が悪化したのは、夜に水の入ったペットボトルを取ろうとして、ベットから落ちてしまったの。そのときに、頭を打ってしまったのよ。」

僕は、いつの間にか泣いていた。教室では、まだ生きてると思っていた。彼女が死んだなんて嘘だと思っていた。この部屋に入り現実を目にしたときには泣いていたのだろう。


看護士さんは静かに部屋から出ていった。僕はしばらく、その部屋で泣いていた。


部屋からでて、受付に戻っていた看護士さんに軽く会釈し、病院から出た。


僕は、痛みに負けずに一生懸命に笑っていた彼女を覚えていようと思う。彼女が最後に僕に向けてくれたた笑顔も。






僕からも言いたい。


「ありがとう」


694 :大人になった名無しさん:2007/03/06(火) 15:00:00
>>689
>>691
>>692
>>693
は、話がつながってます。

695 :大人になった名無しさん:2007/03/06(火) 18:00:53
>>677
ばーちゃん子だったおれは、ばーちゃんネタはほんとにヤバい(´;ω;`)

696 :大人になった名無しさん:2007/03/06(火) 19:40:28
iihanasidane.








697 :大人になった名無しさん:2007/03/07(水) 18:56:18
>>677 久しぶりにあたたかい涙が出た

698 :大人になった名無しさん:2007/03/07(水) 23:29:13
>>690
はぁはぁ 今来た!
あなたのようなやさしく
律儀な方には、かならず
将来可愛い嫁になる彼女が、出来るよ!
こんなデクノボーな676ですら家庭持てるんですから
きっとイイコトあるよ!
彼女できたら教えてね。


699 :大人になった名無しさん:2007/03/08(木) 01:01:17
>>676=698
なんてイイヤツなんだ!
おまいとおまいの大切な家族の幸せも祈ってるぞ
家族が増えたら報告キボンヌ

みんなで大喜びしようナ〜(^Д^)〜

700 :大人になった名無しさん:2007/03/08(木) 11:27:40
このレスを見たあなたは確実に交通事故に会います



逃れる方法はただ一つ
↓このスレに行き
http://game12.2ch.net/test/read.cgi/gamerpg/1172831417/



デア・リヒター最強



と書き込んでください。書き込まなければ確実に明日交通事故にあいますよ


701 :大人になった名無しさん:2007/03/08(木) 15:16:22
↑あほス

702 :大人になった名無しさん:2007/03/09(金) 22:51:41
>>699
あなたにもイイコトありますように…。
698が祈ってますよ。
家族増えたら教えるよ
>700以外のヒト、
週末ハッピーでありますように!!

703 :大人になった名無しさん:2007/03/09(金) 23:31:12
702が最後の2行で特にイイコトを言った

704 :大人になった名無しさん:2007/03/17(土) 09:51:06
小2の時の身体測定で、間違ってねぇちゃんのパンティを履いて来た僕は すごい焦って、スボンを脱げずにいた。
すると、先に測定を終えたA君がどうしたのって声をかけてくれた。
僕はもじもじしながら訳を話すと、Aは僕を便所に連れて行き、自分のパンツを脱いで僕に差し出して「うんこは付いてないからな」って笑った。僕はそれを履いて測定に無事臨んだ。



705 :大人になった名無しさん:2007/03/18(日) 00:48:01
>>673
俺も同じ病気で彼女を亡くしました。>>673さんと同じように俺も彼女が世界で一番大切でした。
しかも俺も彼女の死の間際に立ち会えませんでした。
あれから約三年になりますが女性から告白されても断り続けていました。

でも今は彼女を忘れることに決めました。
それは第三者に指摘されて気がついたのですが、愛と執着は違うものだということを実感したからです。
そして、お節介なのは重々承知しておりますが、もし>>673さんが彼女の立場だったらどう思われますか?。
自分のことは忘れて早く新しい恋人を見つけて幸せになって欲しいと願うのではないでしょうか。

俺も>>673さんには心底幸せになって欲しいのです。勿論未婚故に幸せではないとは思いませんが、
独りが寂しく感じられ、恋人と楽しく生きたいという思いが少しでもあるなら新しい人を好きになってください。

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